165 / 172
最終章
新たな幕開け
しおりを挟む────約三ヶ月後。
永世中立国ジュネス、国軍会議所にて行われている、国際裁判でのこと。
「被告人ニコライ·シューベルトは有罪とし、懲役20年6ヶ月と処する。執行猶予5年、ただし、被害者側の強い要望により5年間奉仕活動に専念すること」
「…………」
「シューベルトさん。汗水垂らしてきちんと生きること。これが貴方に与えられた罰であり、罪でもあるのですよ。それをお忘れなきよう」
「…………」
「……。では、これで閉廷します」
初審から僅か一ヶ月。国を巻き込んだ裁判は呆気なく終わった。
私自身が、彼に裁きを下す気がなかったからだ。
難しいことだけれど、仏のような御心で赦してみた。犯した罪は許してないけど。
名誉はとっくに地に堕ちたんだと現実を突き付けられたニコライ·シューベルト元大将は、途端に否定を止め、素直に罪を認めたそうだ。
聞くところによると、取調中は心にぽっかり穴が空いたように、ただ空を見つめていたらしい。
心理カウンセラー曰く、現実を受け止めきれず考えるのをやめているんだとか。でもいつ心が暴走しだすか分からないから気を付けるようにと忠告された。
「本当にこれで良かったんだな?」
「うん」
「何度聞いてもこればかりは意見を曲げなかったな。あんなことをされておいて……。千聖は、まるで、聖女だな……」
「や、それだけは絶対ないから」
ブルーは、私が「もういいの」と言ったから無理やり赦した感じで、実際はシューベルトのことを全く赦していない。
滅茶苦茶に怒っているし、怒りの矛先が無いから、ひたすらトレーニングしたり十兵衛を無駄に突っついてみたり、アヌビスに餌付けして気に入られようとしたり、ウザいぐらいに抱き締められて苛められて、そしてやっぱり犯されたり。
あ、あとミハエルもついでにイジメられたりして。(決して男色の意ではない!)
私が居なかった反動と、感情の上書きをしようとしているのか、ここ最近は暴走している。
団長の尊厳もちょっと地に堕ちそうかも。
「ねっ、ブルー。一個だけきちんと言っておきたいことがあるんだけど。良い?」
「ッ、なんだ……?」
「いやそんな構えないでよっ。……あのね、本当に居てくれて良かった。有難うございます。これからもどうぞ宜しくお願い致します」
鳩が豆鉄砲食らったみたいに、驚いて、耳の先を染めて、そして温かい腕で包み込んでくれた。
後悔しないためには伝えなきゃ。死んでからじゃ遅いんだから。
「此方こそ。千聖の“モトカレ”の分まで幸せにすると誓ったしな。それに、ずっと私の側に居て欲しいから。これからもお願いします」
「えへ、なんか照れるんですけど」
「千聖が照れることを言うからだろう」
呑気な話をしているが勿論これで終わりではない。
二週間後に控えたシューベルトの奉仕活動に備えて、最終確認をせねばならない。
ニコライ·シューベルトの元部下、特にその家族からは大いに批判を喰らった私の幼稚な思い付き。この世界の人間じゃないしそう卑下するしかないのだけど、彼にも愛を知ってほしいと思った。
助けあい、支えあい、色んな愛があるけれど、ニコライ·シューベルトはそんな単純なものまで忘れてしまっている。
彼に与えられた罰はこうだ。
『葡萄農家で葡萄を育てること』
ただそれだけ。
シューベルトが奉仕活動をする場所は、国越トンネル前の葡萄農家。我がルースト国・四大公爵家のひとつ、ボトルス家の領地だ。
ボトルス家は大昔から葡萄を育てており、戦時中は捕虜を働かせていたそうだ。
因みに領地シンボルの魔物は猿で、大食らいの魔猿に大損害を与えられた葡萄農家とは此処のことである。
この場所は私が希望したわけだが、それについてもちゃんと理由がある。
元々捕虜を働かせていただけあって受け入れる基礎があり、そして戦時下を生き抜いたボトルス公爵家の爺も未だ健在。
一番の決め手は、以前魔物について国民に意見を聞いて回ったとき、ボトルス家含め領民の反応が良かったから。
更には今回受け入れてくれた報奨としてボトルス家領地には国から補助金が入り、国全体でもごく僅かなワインの輸出を優先的に行い、犬型の魔物を準備が出来次第無償で貸し出すこととなった。
極秘裏にボトルス家の爺にアヌビスを紹介してみたが、昔の人にしてはすんなり受け入れてくれて安心した。
私が言うのもなんだけど、犬は猿避けにもなるし葡萄は犬にとって毒なので葡萄農家で飼うには向いてると思う。
あとは私の犬愛をフル活用するだけ。立派な番犬に育ててやろう。
(もちろん完全に魔素に侵された魔物に反対する家族もいたけど、こういう時ばかりは権力ありがてぇ……。当主の権力やべぇ……)
シューベルトや魔犬がボトルス家の領民を傷付けやしないかと心配ではあるが、あそこは本当に思いやりのある素敵な人たちばかりだから、きっときっと大丈夫だろう。
馬車から窓の外を眺め、色々と考えていると、あっという間にホテルへと着いた。ジュネス・国賓用のホテルだ。
いつだったか私に想いを寄せていたジュネス国軍のゴードンなんて奴も居たっけな。懐かしい。今頃どうしているだろうか。
あんまりにもウザいから、ブルーに想いを寄せていたクラリスをしれっと紹介してみたのだが。
(すんごい悪い事してるって自分でも解ってるよ!? でもゴードンさんが私に惚れた理由って“強く気高きレディ”でしょ!? それ当てはまんのクラリスさんじゃねーっ!? クラリスさんも情熱的な人が好みっぽいじゃん?? わりと相性良いと思うんだけどなぁ~……! いやマジでごめんって感じなんだけどさ……私もブルーも結婚してるから他の相手探してもらわないと困るし……)
「千聖、」
「うん? なに?」
「一段落したから、抱いていいか」
「………。それはぁ~……どっちの意味でしょうか??」
「ううん……。何方もだな」
「はい?? 今の今までで興奮する要素はなかったと思うのだけど??」
「ふん、取り敢えず口を噤んでキスでもすればいいさ」
「え、ちょっ、まっ、んッ! ぁ、んっ」
「可愛い」
「あッ、ぶる、まって、い、いっかい、いっかい待って……!」
「何だ」
「さ、先にシャワー浴びよ……?」
1
お気に入りに追加
169
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
交換された花嫁
秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
「お姉さんなんだから我慢なさい」
お姉さんなんだから…お姉さんなんだから…
我儘で自由奔放な妹の所為で昔からそればかり言われ続けてきた。ずっと我慢してきたが。公爵令嬢のヒロインは16歳になり婚約者が妹と共に出来きたが…まさかの展開が。
「お姉様の婚約者頂戴」
妹がヒロインの婚約者を寝取ってしまい、終いには頂戴と言う始末。両親に話すが…。
「お姉さんなのだから、交換して上げなさい」
流石に婚約者を交換するのは…不味いのでは…。
結局ヒロインは妹の要求通りに婚約者を交換した。
そしてヒロインは仕方無しに嫁いで行くが、夫である第2王子にはどうやら想い人がいるらしく…。
【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
わたしは婚約者の不倫の隠れ蓑
岡暁舟
恋愛
第一王子スミスと婚約した公爵令嬢のマリア。ところが、スミスが魅力された女は他にいた。同じく公爵令嬢のエリーゼ。マリアはスミスとエリーゼの密会に気が付いて……。
もう終わりにするしかない。そう確信したマリアだった。
本編終了しました。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
アルバートの屈辱
プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。
『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる