149 / 173
2
公爵の憂鬱【ジュネス国にて】
しおりを挟む「──何故わざわざ此処まで来て貴方達と話し合っているのか、今一度その意味を考えよ、寄生虫の如く居座り続ける老害めが」
「貴様!! 侮辱罪で訴えるぞ!」
「貴方は戦前からその席に座り続けているではないか、この事を知らぬとは言わせん! 城で指示するだけの世間知らずめ。お前では話にならんミネルヴァ元帥を此処に呼べ! この場に現れたのは最初の一回だけではないか!」
「大して長生きもしていないくせに知った口を聞きおって! ミネルヴァ様は無駄な会議には参加なさらない!」
「無駄だと!? 戦争に関係の無い千聖は今もルースト国で魔物のバランスを正すため、民の署名を集めているというのだぞ!」
「ハッ! そもそも異世界人という存在すら疑わしいわ!」
「我々が作り話をしているとでも言うのか!」
「そう捉えられても不思議はないだろう! 見てもいないものをどう信じろと?」
「ふざけるな!」
「ふざけてなどおらんよ。帝国の若き王よ、ならばその異世界人とやらを連れてきて彼女の口から説明願おうか。異世界人とやらが、この! 資料を発見したと言うならば! 本人の口で説明出来るだろう? 天宮 千聖なる人物を召喚するならば私達もミネルヴァ様をお連れ致しましょうぞ」
「クッ……」
「すまないブルー……」
バルドー帝国の王であるハロルド様が私に謝ったのは、雪がちらつく一月のことだった。
口を開けば証拠が不十分だとラステールのシューベルト大将は言い、話し合いは一向に進まず。
責任を全てラステールに押し付けようとしているわけではないが、聞く耳持たぬシューベルト大将に、ハロルド様は日に日に苛立ちを隠さなくなった。
ラステール国の悪いところは軍事国家に加え、時代の変化に置いていかれた者達が未だに権力を振りかざしていることだ。
そんなラステールであるが、ここ最近変化の時が訪れた。
戦前から居座っていた元帥が死に、全く予想もしていなかった人物がその座を奪ったのだ。
歳は45であるが、年寄りが権力を振りかざしている組織では異例のことだった。
カミラ·ミネルヴァ、しかも女である。
我々の国、ひいては帝国よりも男性優位社会だというのに、女が一番上に立つとは。
聞いた話では孤児院の支援や、道路整備、農機具の寄付など国民の支持を着実に集めた上、彼女が気に入らないからと暗殺を企てた上層部の男達をその瞳に涙を浮かべ心が恐怖に染まるまで、丁寧に一人ひとり追い詰め手中に収めたという。
あの蔓延る寄生虫を恐怖で支配する人物となると、本気で敵に回せば恐ろしい相手だろう。
恐怖に耐えきれず己の仕事を放棄し、国外逃亡した者は必ず殺されるという。軍国家だから為せる制裁か。
カミラ·ミネルヴァに期待を寄せるハロルド様に、変わりつつあるラステール。
上手く行けば和平を結べるかもしれないが、話し合う相手が寄生虫では意味が無い。
そうして彼女をジュネスへ召喚することとなった。
思っていたよりも早く会えることには喜べるのだが、結局千聖を巻き込む羽目になってしまい申し訳なく思う。
まぁ私よりも責任を感じているのは叔父であり国王であるオースティン陛下と、バルドー帝国の王、ハロルド様なのだが。
「ブルー、一ヶ月振り。もう見るからに疲れてるじゃん」
「千聖に会えれば疲れも吹き飛ぶ」
上手いこと言って、と私には笑わない女だった彼女が私にだけ見せる表情で笑う。
千聖がジュネスに入国して顔を合わせたのは、日を跨ぐ少し前、ジュネスの国賓室だった。
ルースト国とバルドー帝国、ラステール国の国賓に其々一人ずつ部屋が用意されている。
ここジュネスは永世中立国であるため、如何なる戦争にも加担せず、己の身は己で守る国だ。
我々の国も中立国であるから、ジュネスとは少し似ている。
ただ我々の国には『魔物』という結界があるが、ジュネスにはそれが存在しない。
大国と帝国に挟まれる国だけあって、なにかのキッカケで侵攻などされればひとたまりもないだろう。
ジュネスは徴兵制度によって国民の殆どが軍人で、普段から武器を所持しており、いつでも己の国を守る覚悟を備えている愛国心の強い国なのだ。
ジュネスの首都には国軍会議所があり、国同士の裁判所としてしばしば活用されている。
故に国賓をもてなす場所は首都周辺に多くある。
千聖にも個人部屋が用意されていて、一晩を共にするならばジュネス国軍の許可が必要だ。
これはジュネス国内で他国の個人的会議を防ぐためである。
「陛下にはもう会ったのか?」
「あ、そうそう。陛下にもハロルド様にも挨拶したし、偶然通路ですれ違ったラステールのシューベルト様にも挨拶したよ。なんだかバイト先の先輩が得意そうなオジサンだった」
「は?」
「だから先輩を真似してみた」
「は?」
「いや、そんな事よりあの謝らないといけないことが……」
「果たして流しても良い話題なのか……」
「えー、あのえぇーっと。時間がないので簡潔に言いますけれど……」
「なんだ、突然畏まって、どうしたというのだ」
あくまで一晩を共にするならばの話で、3~40分程度であれば特に許可など要らない。但し、扉の外にはジュネス国軍兵が待機しているので居心地は相当悪い。
千聖は私の部屋に入り扉をしっかりと閉まったことを確認すると、なんと土下座をした。
「申し訳御座いません、この国の軍人さんにキスをされてしまいました……」
「……なに?」
「いやキスと言っても手の甲なんですけど、」
なんだ手の甲かと一安心し、畏まり申し訳なく土下座する千聖をまたひとつ好きになる。軍人ならば敬愛の意味で手の甲にキスをするというのはよく見られることだ。
私達の結婚式では互いに手の甲だったが、通常ならば相手を敬い口づけをする場所。
千聖が異世界人だから敬愛の意を表したのだろう。と、そう思っていたのだが。
「いやそのあの一目惚れをされたらしくてその」
「…………何だと?」
「け! 結婚してますって言ったんですよ!? で、でも貴族って分かった途端、なら良かったって行っちゃって……!」
「それは、何処のどいつだ……?」
「こわい! こわいよブルー……! 一回落ち着こう!?」
これが落ち着いていられるか。
明後日の会議よりも一大事じゃないか。
0
お気に入りに追加
169
あなたにおすすめの小説
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】捨てられた双子のセカンドライフ
mazecco
ファンタジー
【第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞作】
王家の血を引きながらも、不吉の象徴とされる双子に生まれてしまったアーサーとモニカ。
父王から疎まれ、幼くして森に捨てられた二人だったが、身体能力が高いアーサーと魔法に適性のあるモニカは、力を合わせて厳しい環境を生き延びる。
やがて成長した二人は森を出て街で生活することを決意。
これはしあわせな第二の人生を送りたいと夢見た双子の物語。
冒険あり商売あり。
さまざまなことに挑戦しながら双子が日常生活?を楽しみます。
(話の流れは基本まったりしてますが、内容がハードな時もあります)
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
後宮の棘
香月みまり
キャラ文芸
蔑ろにされ婚期をのがした25歳皇女がついに輿入り!相手は敵国の禁軍将軍。冷めた姫vs堅物男のチグハグな夫婦は帝国内の騒乱に巻き込まれていく。
☆完結しました☆
スピンオフ「孤児が皇后陛下と呼ばれるまで」の進捗と合わせて番外編を不定期に公開していきます。
第13回ファンタジー大賞特別賞受賞!
ありがとうございました!!
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。

「君を愛するつもりはない」と言ったら、泣いて喜ばれた
菱田もな
恋愛
完璧令嬢と名高い公爵家の一人娘シャーロットとの婚約が決まった第二皇子オズワルド。しかし、これは政略結婚で、婚約にもシャーロット自身にも全く興味がない。初めての顔合わせの場で「悪いが、君を愛するつもりはない」とはっきり告げたオズワルドに、シャーロットはなぜか歓喜の涙を浮かべて…?
※他サイトでも掲載中しております。
私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。
石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。
自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。
そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。
好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。
この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる