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これ正に、ただの犬の散歩。

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「アヌビス、わたし謎の草探してるからね、絶対離れないでね? 分かった? 一人にしないでね!? ね!?」
「うわんっ!!」
「はぁ~~~ん、なんていい子ぉ~~~!!」

 にぱりと笑うアヌビスの頬に顔面をこすりつければ、また抜毛が鼻をくすぐる。
 犬用のブラシを追加で買って、今度ブラッシングでもしてあげよう。二刀流すれば幾分かは速く終わるのではないか。
(とか言いつつゴンのブラッシングめちゃくちゃ時間掛かってたけど……)

 ダブルコート特有の抜いても抜いても毛が出てくるあの現象は何なのだろうか。まさにエンドレス抜毛である。

 ともあれトンプソンが残した絵を片手に、魔魚が怖いから水際からは少し離れて魔素を浄化する草を探す。
 絵と説明によると、ハート型の葉で初夏には白い花を咲かすという。魔窟周辺では一年中常に生えているらしく、私も瘴気を吸わない程度に近付いてみた。

「えー……“日陰で湿気の多いところなら何処でも生えている、魔窟周辺ならば尚更”って書いてあるけど…………あったわ。ふつーに。は? まじで?」

 魔窟の入り口から約10メートル離れた場所、そこら中にハート型の葉が生茂っている。白い花とやらは時期的に咲いていないが、絵と見比べてみても間違いなさそうだ。
 日記によると、摘み取れば独特な臭いがするらしい。あと、神官ではないのでこの葉が何なのか分からない、とも書いてある。

「トンプソンが調べてくれてたときは戦争中だったからなぁ……。神官の人に見てもらうまで辿り着かなかったんだ……」

 試しにプチリと葉を摘み取ると、思わず「くっさ」と呟いてしまった。
 いやはやこんなに簡単に見つけても良いものだろうか。もっと何日も掛かって『やっと見つけたー!』てな感じのやつではないのか。

「えー……、アヌビスーー。どうする、見つけちゃったよ。え? 帰る? もう帰る? なんかもっとこうさぁ、なんかさぁ……ねぇ?」

 つまんなくね? とアヌビスを見ると、一心不乱にツンツンしたイネ科の草を食う巨大犬。
 私の作業なんてそっちのけ。全然付いてきていないではないかこのイッヌめ。

 全く。そんなところも可愛いから罪な生き物だ。
 これまさに、道草を食う犬。
 何処の世界でも犬は草を食うのか。そしてその後どうせ吐き出すに違いない。
(おやつあげすぎたかな……)

 むしゃりむしゃりと草を食い続けるから、吐き出すまで少し魔窟の観察でもしようかな。
 ちょっとずつちょっとずつ入り口に近付いて、息を止めて中をちらりと覗いてみた。
 ちょうど魔窟内部に陽の光が差し込んで、青黒い瘴気は鮮やかなコバルトブルーに色を変え、とても言葉には出せぬほど(いや実際息止めてるから出せないんだけど)、それはそれは美しいものだった。

 鉱石なのか水晶なのかは判らないが、きらりと反射し合って危うく青の世界にそのまま吸い込まれそうになる。
 ずっと見ていたいけれど息が続かないから、急いで離れて大きく息を吸った。
 本当にあんな美しいものが人の命を削るのだろうか。

「と言いつつ命削られたら洒落になんねぇ……。さっさとサンプル採取しよ……」

 ナウシカばりに湖の水や土、周囲に自生している草花、溢れ出る瘴気を小瓶につめていく。
 これをグレンに差し出したらどんな反応をするだろう。喜ぶだろうか、それとも怒られるだろうか。

 アヌビスの事だってまだほんの一部の人しか知らないのに。
 先日の外遊や、今度永世中立国のジュネスで開かれる会談だって、国民の殆どは『ラステール国が戦時中に騎士団のいしずえを築いたマーシャル·P·オルスタインと魔石の移動を行い、魔物バランスを崩し我がルースト国のみならず、バルドー帝国にまで被害を及ぼした』という事について話し合っているだけだと思っている。

 まさか私が魔物をイイコイイコしているだなんて思うまい。
 そしてあわよくば魔物と共に歩む未来を築こうと企んでいるなどとは知る由もないのだ。
 それを知っているのはハント公爵家の皆と、ミハエルとメグ、王族、一部大臣ぐらい。
(で、ついにグレン君にも真実を伝える時が来たのか……。薬の研究はグレン君に居てもらわなきゃ困るもんなぁ……)
 可愛い仮面を被った変人が居れば百人力。

 昼過ぎまでには必ず戻るとブルーに約束したから、そろそろ此処を発たねばならない。屋敷に戻ったら城の執務室に必ず電話をしろとも言われた。

 本当に心配性な男なんだから。
 別に逃げも隠れもしないし、アヌビスに食べられもしない。
 こんな良い子が私を喰うわけない。
(アッ、魔魚には喰われそうになったっけ……)
 草を食って満足したアヌビスはまだ一回も吐いていないが、やることやって採るもの採ったし、心配する彼の為に帰ろうかな。

「アヌビスー、そろそろ帰るよー! おーい! こらー! アヌビース! アーヌーぅうんん??」

 そう声を掛けたときに気付いた。水を飲む巨大犬の足元に何だか綺麗な石が数個転がっている。
 手に取ってみると、瘴気と同じに青黒い石だった。何だろうなぁと何気なく朝日に翳してみると光が透けた。
 水辺だから硝子が摩耗して出来たシーグラス的なやつか。

「きれー……。ってお前はいつまで草食ってんだいっ!」
「うわん?」
「はあかわい。うわかわい。あーかわい」

 よく分からないけれどアヌビスは可愛いし石は綺麗だしサンプルと自分用のお土産としてふたつほど持って帰ろう。
 それから、帰宅途中の獣道でアヌビスが嘔吐したのは言うまでもない。
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