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足りないのは、

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 ──時は過ぎ、季節は秋となった。
 宣言通り一週間後、ブルーは帝国へと旅立ちもうすぐ二ヶ月。いつ帰ってくるかは未だ分からない。
 風呂屋の改装も終わったし、執事のマルコと共に領地経営も滞り無く進み、団長の居ない騎士団も皆が力を合わせ運営している。

 ただ、主人が居ない組織は統率が取れないこともしばしば。
 私も公爵夫人として社交に参加してみるも、陛下やハント公爵が居ないのを良いことにチクリチクリと面倒なイビリをされる。別にいちいち気にするような性格ではないから今まで通り適当にあしらうが、相手も立場があるため一応なりとも言葉を選び、神経を使う。
 今の私には、徐々にすり減った神経を埋める『何か』が足りない。

「十兵衛は今日もかわいいねぇ~~! そして皆、今日も可愛くて非常に偉い!」
「千聖さんは最近調子乗り過ぎなんですけど……!」
「ミハエルさんは今日もうるさい!」
「ちょっと!? 心配してるんですけど!? この光景が日常になりつつある自分も恐い……!」

 なんて他人をとやかく言いつつ、私もブルーが居ないのを良いことにミハエルを使いアヌビスやネフティス達と親交を深めている。まるで足りない『何か』を埋めるように。

 何が足りないかだなんて、そんなのとっくに分かってる。だってこんなにも彼のことが好きだから。愛しているから。
 かつてこんなに人を愛したことがあっただろうか。
 会いたくて、こんなにも会いたくてたまらない。電話口だけの声だけじゃ物足りない。

 人なんかもう愛さないって、人間なんか相手にしたって疲れるだけだって、そう思ってたのに、もふもふだけが居ればいいって、そう思っていたのに。
 彼無しじゃ生きられないとか、彼の為なら死ねるとか、そんな重いものじゃなくて、心の底から彼と共に生きたい。
 この感情は紛れもない愛だ。

 もふもふが居て、彼が居て、その隣に私が居る。これ程素晴らしいものはない。それ程輝くものはない。
 とにかく早く会いたい、この溢れ出る感情を早く伝えたい。

 日が経つほど想いは募る一方で、足りない愛を埋めるように、アヌビスや十兵衛の首に顔を埋める。
 もふもふの毛が皮膚をくすぐって、獣臭い香りを存分に嗅いで、今日も愛を埋めていく。
 隣では相変わらずミハエルが煩い。

 そしてブルーと離れている間、私はひとつ歳をとった。
 遥々帝国から贈られてきた夫からの誕生日プレゼントは、丁寧で美しい刺繍で再現されたゴンのタペストリーだった。早速自分の部屋に飾る。
 ぶちゃかわいい表情までそっくり再現されていて、たまに十兵衛を抱っこして「これがゴンだぞ!」と紹介している。
 今や真っ黒な闇しか映さなくなったスマホの画面だというのに、いつの間に手配させたのだろう。電源が切れる前だとしても三ヶ月以上前だ。
 直接贈れなかったことが悔しいと電話口でぼやいていたが、私だって嬉しくて抱き締めたい。

「千聖さん! そろそろ行きますよ!?」
「はいはい分かりましたよーーだ」
「ハイは一回って言ってるでしょうっ!」
「はーーい」
「あーあー……十兵衛は良いとしてもレベル5の魔物達もこんなに懐いて……あーあーもーー……ほんっとヤダ!」
「今度は背中に乗ってみようと思う」
「は!? 本気で何言ってんですか!!?」
「私、サンになる」
「それなんです!!?」
「んもう! ミハエルさん煩い!」
「貴女が訳分かんないこと言うからでしょうがーーっ!!」
 ──「グルル」
「ひぃっ!?」
「ほらぁ~~、ミハエルさん煩ーいってアヌビスも言ってますよー?」
「本当にそう言ってるんですかねぇ!?」
「言ってますよー。ねーー?」
 ──「うわんっ!」
「ほら」
「そ、そんなぁーーっ!」
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