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歩く人と鉄仮面

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 此処は帝都の大通り。
 毎晩繰り返されるエロスの槍に耐える私と、疲れ知らずなブルー、それに使用人の三人は馬車に乗って観光がてらのショッピングを楽しんでいた。
 御者のユージンはそれが仕事であるため馬車で待機しているが、イザベラとマリーはまるでドラクエのように後ろをついて歩いている。
 貴族社会の現実ジョブ、『ただの荷物持ち』に徹してくれてればいいのに、二人とも横から茶々を入れるのだ。

「千聖様には色もデザインも少々落ち着きすぎかと。そちらもお色が似合わないのでは?」
「そうですよ。あっちに並んである方がお似合いです」
「だってコレわたし用じゃないもーん」

 なら誰になんだとメイド二人揃って眉をひそめるが、貴女達二人のに決まっているではないか。
 私のものは十分選んでくれたのだから今度は私が選ぶ番。ブルーには昨晩話はしてあるし別に問題は無い。いつもお世話してもらっている感謝の気持ちなのだ。

「公爵家で待っている皆にも買ってくつもりなんで、それはお手伝いお願いします」
「それは……勿論ですけれど……まさか一人ひとりに買っていこうとか考えていないですよね……」
「え……思ってましたが……」
「何故!?」
「何故って……!? いやだって、少数精鋭で毎日掃除してもらってご飯食べさせてもらってお世話してもらってるのに!」
「それが仕事なんですっ! 菓子折りで十分です!」
「菓子折りは領民のお爺ちゃんお婆ちゃんに買ってくの!」
「何故!?」
「何故て! ここまで来てるんだからお土産ぐらい買ってくでしょう! なんなら温泉の改装してる業者の方にも買ってくつもりなんですけど!?」
「はい!?」
「マリー。諦めろ、無駄な努力だ。これが彼女の文化だ……」
「申し訳御座いません旦那様。淑女教育だけで常識の共有が至らなかったです」
「ベラさんまで! 私がおかしいの!?」

 店の人は私達の会話を微笑ましく聞いている。
 少し声が大きかったかなと申し訳無く思っていると、カランカランと入り口の鐘が鳴り「千聖さん!」と聞き慣れた声。それは神官であるグレンの声だった。

「あれ! グレン君! 着いたんだね!」
「今からホテルに向かうところでしたけど見覚えのある馬車が停まってたもので!」
「やぁグレン。相変わらずだな」
「どういう意味ですか公爵様? ていうか僕は貴方に話し掛けてないんですけど」
「あはは、まぁまぁ……」

 カレンの婚約パーティー(二回目)にはグレンも参加する。
 何故なら、ウォーカー家は運送業を営んでおり、ガルシュタインの会社と提携しているからだ。歩く人ウォーカーというより運ぶ人キャリヤーなウォーカー家。
(つかグレン君の名字ってそんなんだったっけ、って感じ)

 本人も以前愚痴っていたが、確かに長男であってもグレンには運送業は継げそうにない。ウォーカー運送の代表でもあるグレンの父は、自ら走り回って届ける人で相当な脳筋らしい。
 グレンは母似たが、経理や労務管理、経営判断などの頭の良さは全て薬へと注がれてしまった。
 父は脳筋であるが故に貴族同士の『お話』が苦手らしく、パーティーには必要なとき以外は絶対に参加しないのだとか。

「わっ、グレン君のお母様ですか!? まさにこの親にしてこの子あり! お綺麗なひとですね!?」
「ふふ、そりゃあグレンの実験台ですもの。母のミモザです。初めまして千聖様、息子からよく話を聞いているわ」
「本当ですか、変な話じゃなきゃいいですけど……。こちらこそ改めてお願い致します! ところでお父様は……」
「父が来るわけ。今頃弟と一緒に走り回ってるんじゃないですか? って言っても弟はまだ三歳なんですけどね。あと、僕は別に変な話なんてしてないですからねっ!」
「本当にホントですかぁ~??」
「本当にホントですっ! 真似しないで下さいっ!」

 仲が良いのねとグレンの母は笑い、学園に通っていた時でさえこんな風に女性と仲良く話しているのは見たことがないと言う。
 確かに言われてみれば、私の婚約パーティーで女の子たちに囲まれていたがあれは完全な外面だった。
(人のこと言えないんだけど……)
 ブルーと一緒で、顔が良いだけに罪な男だと思う。

「そうそう。千聖様のね、企画書を見て驚いちゃったわ! んもう、今からでもうちの嫁に来れないかしら?」
「はい??」
「お母様。たとえ千聖さんが嫁に来たとしても会社には渡しません。ずっと薬の研究を手伝ってもらいます」
「グレン、貴方にはちゃんと神殿に仲間がいるでしょう! お母さんが倒れでもしたら誰が会社を回すのよ! 人を上手く動かす千聖様が必要よ!」
「お母様が倒れないように僕が薬を作るので安心して下さい」

 こりゃまぁよく似た親子だ。
 というか私はグレンと結婚してたらずっと薬の研究に付き合わなければいけなかったのか。それは辛い。
 相手が彼で良かったと安心しつつ苦笑いで親子の会話を聞いていると、ブルーが待ったの一言。

「そもそも別れる気などないが?」
「ブルー君っ! そこを何とかっ!」
「ミモザさんのお願いでも聞けません。それと貴女の旦那様に面倒な絡みをされるので距離感はなるべく遠めでお願い致します」
「んもう~、良いじゃないのよちょっとくらい!」

 まさかの『くん』呼びとは驚き桃の木である。気になって思わず聞けば、ミモザは学園の先輩だそうだ。
 当時新入生だったブルーの学園案内担当だった彼女。ミモザは才色兼備なうえに己の可愛さを上手に活かしながら周りを転がすような人だったらしい。
(ほんと、この親にしてこの子ありだな……)
 何人もの男に求婚されながら、卒業と同時に選んだ相手が脳筋男とは。ライバルもさぞ驚いただろう。

「はぁ……いい加減宿泊先へ向かったらどうですか。ミモザさんと言えど私達の邪魔をしないで頂きたいのですが」
「仕方ないわね、分かったわよっ! ふふっ、でもまさか鉄仮面君が選ぶ相手が千聖様だったなんて当時の女の子達は思いもよらなかったでしょうね」
「その言葉そのままお返ししますよ」

 ミモザはニッと笑って、「脳味噌まで筋肉だと楽でいいわよ~」と言い残して親子は店を出て行った。
 最後のはただの悪口なのかそれとも愛なのか。呆れるグレンの表情かおが恐らく“答え”だろう。
 また今度会ったときにでも、聞いてみようかな。

 それから店内は落ち着きを取り戻し、ハント公爵家一行は再びお土産選びを始める。
 しかし──、明後日のパーティーでまさか赤の他人にあんな暴言を吐くとは、知る由もない私であった。
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