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少しの変化

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「お父さん、お酒辞めたんだって」
「そうなのか」
「それで、今はお母さんとまた一緒に暮らしてるんだって言ってた、昔みたいに。私が生まれる前みたいに」
「そうか」
「みんな私が結婚しただなんて信じられないって言ってました」
「そりゃあな。思うまい」
「……天気、良いですね」
「ああ。そうだな」

 なんというか、心の整理がつかない。
 久しぶりに聞いた皆の声を、言葉を、忘れないようにひとつひとつ刻み込むのに必死だ。前の世界に思い残すことなんて無いって、そう思ってた。
 だって、ゴンは死んだし父の酒癖は悪いし母は放ったらかしだし大学ではセクハラされるし友達みたいに夢中になれるものは無いし悠真はウザいし電車は五月蝿いし人混みはうんざりだし。こんなにも思い残すことが沢山あった。

 幸せがあった。
 側にあるものに気がつけない。それが人間だ。
 私がそうだ。
 大概失ってから気付くもの。私は気付けてるフリしてた。
(こりゃあ仏の域には到底届かねーなぁ……!)

 みんな変わらなかったけど少し変わってた。
 私が死んで、少し変わってた。
 人の死は若干なりとも価値観を変えるのだろうか。そんな価値観ならば変わってほしくなかった。

「ブルーさっ、ごめんなさっ……わたし、泣いてもいいですか……??」
「泣くのに許可など要らんだろう」
「そうですよねっ……、すみません変なことっ……わたし、ホントは皆に会いたいんです、会って皆と話したい……! 皆に会いたいよ……!」

 ここ最近本気で泣いたのは、母方の祖父の葬式と、ゴンが死んで以来かな。
 人前でこうも泣けない。面倒臭い女代表みたいな泣き方をする私を、ブルーはただ、優しく抱きしめて背中を擦るだけだった。
 こんな弱いところなんて見せたくないのに。弱ってるところにそんな風に優しくされると好きになってしまうではないか。

 嘘。
 ならない、こんな事で人を好きになんてならない。
 だってそうでしょう?
 そんなのただ自分に都合のいい男ではないか。ブルーに失礼だ。ブルーは、私にとって都合の良い男なんかじゃない、そんなんじゃない。

(絶対……そんなんじゃない、こんなので好きになるなんて人として終わってる……)
 そう否定しておきながら、背中を擦る大きな手に安心を覚えてしまうのは何故だろう。



 ──「落ち着いたか?」

 泣き疲れた私にブルーはそう言った、ひどい顔だと笑って。

「家まで送るから今日は大人しくしてろ」
「はい、すみません……」
「泣きたい時は泣けばいい。私がいつでも受け止めよう」
「…………はい」

 そんなに優しくしないでほしい。どうか私を甘やかないでいて。そんな事されたら私が私でなくなるし駄目になる。
 私は落ち着いていて年齢のわりに大人で他人の意見を聞けて大抵のことは自分で解決できるしっかりした人間なんだ。一人でだって生きていける。
 だからそんな風に甘やかさないで。
 駄目になるのが怖いから。
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