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公爵の憂鬱【帝国とのパーティーにて】
しおりを挟むやっと話ができたのに。やっと彼女の近くに居れるのに。
ほんの一瞬だった。また遠くで見守るしかない──。
パーティーが始まり、久し振りに帝国軍と話が出来たから私も夢中になって話し込んでいた。
気付けば帝国の王であるハロルド様の隣で千聖はディナーを楽しんでいる。本来ならば、千聖はメグと共に帝国の大臣らと隣同士のはずだが。
それとなく聞き出すと、ハロルド様の妹君、ハンナマリ様がメグと話したいと言いだし、急遽席を変えたようだ。
ハンナマリ様は帝国の流行を作っていると言って良いほどお洒落好きであるため、メグとは相性がいいのかもしれない。ただ口の聞き方だけはどうか気を付けてほしい。
席を変えたことに関しては別に良いのだが、どうにも近すぎじゃないか? 周りが五月蝿いから仕方ないのかもしれないが会話するだけだろう。先日のメルヴィンにもまだ腹が立っているのに。
ハロルド様は私より歳下で未婚である。
参加している貴族たちは未婚の娘をなんとか嫁がせようと一家総出でアピールしている。こうやって蚊帳の外から眺めていると中々滑稽だな。私も普段はあんなだったのか。
これだけ遠くから見ても、今夜の千聖は美しい。
もしも帝王に気に入られてしまったらどうしようかと、そんな心配ばかりしてしまう。
いつもと違う化粧と祝の席では着ないブラックのドレスが、こんなにも千聖の色気を増すものだとは思いもしなかった。私が見惚れるぐらいなのだから、他の男だって彼女を見るだろう。
一方メグは正反対なホワイトを纏っているが、ウェディングドレスのそれとは全く違う。
ブラックドレスとホワイトドレスを纏う彼女らを、ハンナマリ様は異世界人が一度死亡していることになぞらえ「まるで天から舞い降りた少女と冥界の女神みたいね」と褒めていた。
その言葉は帝国の令嬢達にも影響する。
ディナーが終わり、千聖の元へ行こうとしたがクラリス率いる帝国軍・第一部隊に引き止められてしまった。既に酔っているようだから話が長くなりそうだ。今は千聖を視界の端に留める程度の事しかできない。
帝国軍の人間は自分達の国では見慣れない魔物について、我が国の騎士達はバルドー帝国と敵国ラステールとの状況について互いに情報を交わす。
滅多に会えない私達だからそれ以外の下らない話も大いにある。普段の私なら団員を叱るところだが、今日くらいは許してやろう。
毎度会うたびに思うことだが、クラリスがうちの国にも居たならばもっと女性騎士が増えるのに。
クラリスのような女性は我が国の騎士団にも護衛騎士にも居ないから、話していてとても参考になる。歳も近いので打ち解けるのにそう時間は掛からなかった。
私が帝国へ外遊した際、初めてクラリスを見たとき衝撃が走ったのを今でも覚えているし、女性でも部隊を指揮することが出来るんだと勉強にもなった。
男性優位なこの社会にしばしば疑問を抱いていたが、成し遂げる女性がいれば良いだけなのだ。
実力でのし上がることが出来れば問題はない。しかしそれを権力で握り潰すような組織ならばいつか終わりを迎える。あと数年もすれば恐らくクラリスが帝国軍のトップになるだろう。
どうか、権力に潰されない組織であって欲しい。
因みに千聖の世界では男性優位なんてものは時代遅れらしく、「ついて来れない古い人間はどんどん置いてっちゃえばいいんですよ。どうせ老い先短いんだから」と言っていた。
全くもって口が悪いが、確かにその通りだ。
同時に感心もしたし、千聖は別の世界の人間なのだなと改めて思う。私はどうしたって彼女の生まれた世界をこの目で見ることも感じることも出来ない。
どんな場所で生まれ育ちどんな景色を見てきたのだろう。千聖が過ごした人生のほんの一部を聞いたときは、思いきり抱き締めたいと思った。
けれど私は手を握ることさえ躊躇ってしまい、千聖に本気で惚れているのだと思い知らされただけだった。
そしてクラリス達と談笑しているとき、目を離したほんの一瞬──、彼女は何処かへ消えてしまった。
なんとかタイミング良く会話から抜け、やっと見つけた場所はすぐ側のテラスだった。
反対側のテラスの方が明るく照らされハーブの香りが心地良いから、皆そちらで休憩したがる。
今回の主役だというのに千聖は暗がりの中グラスを二本も持ち込んで、ひっそりと休んでいた。
やっと二人きりになれたと思ったらハロルド様に先を越されていたようだ。帝王に対してとても失礼だが、嫉妬してしまう。
千聖は無理に会話するでもなく、酒を飲みながらただぼうっと夜空を眺め、エネルギーを溜めているようだった。
私はそんな千聖を眺め、ただ二人でいるだけで十分だったのに、その時間はあっさりと終わってしまう。
何も伝えず抜けたからクラリスが探しに来てしまったのだ。
私は戻らねばならないが、千聖はまだここで休むというので彼女の姿が見える位置でクラリス達と会話の続きを楽しんだ。
もちろんクラリス達との会話は楽しいのだが、本音を言うならば私はもっと千聖を眺めていたかった。
グラスの縁を撫でる指や、頬杖をついたときに動く肩甲骨。だるそうに組み替える脚に唇のかたち。
早く自分のものになって欲しい。こんな事を考えてしまうようになった自分は大馬鹿者だな。
暫くしてグラス二つを飲み干したのか彼女は席を立ち、腕を上げて背筋を伸ばしている。
無防備な後ろ姿があまりにも美しいから、窓越しだが思わず見惚れてしまった。
周りの様子を伺いながらホールに戻ってきた千聖。目が合ったが、離れていってしまう。
私が軍の者達と話をしているから邪魔をしないようにしているのだろうか。
ならばこんなパーティーなど早く終わってほしいものだ。
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