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「なんか食材見てると料理したくなってきますよね~~。ここではいつも作ってもらってますから何だか甘えてる気分です」
「わぁ! さすが千聖様。御自分でお料理もされるんですね!」
「異世界の料理! 気になります!!」
「いやいや、食材の見た目だけ違っててそんな変わんないですよ。しかも私の料理スキルなんて城の賄い料理にも及ばないし。それに料理するのも言うほど好きじゃないですから!」

 アニーとカイのお陰で腹も膨らみ、そんな会話を交わしながら朝市に活気づく街を歩く。
 母は家事全般が大の苦手で、逆に父は得意な方だった。
 そのせいで私は父と暮らしていたのだが、本当にお酒さえ飲まなければとても良い父だっただろう。何だかんだで私の家事スキルは父から学んだ。
 飲酒できる年齢になって分かったが、アルコールって本性を晒す手っ取り早い方法だと思う。
(父親があんなだから酒なんて飲むか! って思ってたけどやっぱ遺伝なのかな……お酒って美味しいや……)

 父の場合は幼少の頃の体験や愛情不足が原因っぽいから少し他とは違うけど、暴力的な人はやっぱり怖い。
 私は成人に近づく度、父は己の行動が間違っていると解っていてでもアルコールによってそれが抑えきれなくなって溢れてしまうんだなと、理解していった。
 それを思うと父は普段、相当感情を我慢するタイプだったのだろう。そういう所も遺伝なのかなって思う。

 もし、私が死なずに生きていればいつか本当の家族としてやっていけただろうか。仏のように大きな心で包めただろうか。
(…………いや。きっとあそこであのまま生きていても、まだまだ気付くのに時間が掛かったかもな)
 今こうしてそういう風に思えるのも、私が死んで、心に余裕ができて、とても優しい人たちに囲まれているからだ。

 色んな人とお酒を楽しんだが、酔い方も人それぞれなんだと判ったのも成人してからだった。
 泣き上戸や笑い上戸だなんて色んなタイプがあるけど、お酒をのんで暴力的になる人とだけは、たとえ同性だろうが絶対に近付かないし付き合わないと決めていた。
 大学のときの元彼だって、告白されてから他の友達と共に何度もお酒の席を設けてもらい、ちゃんと確認して付き合った。
 結果、世話焼きがより世話焼きになるような人だったから素直に安心できた。

 因みに私はいつも他人を確認する側だから、記憶を無くすぐらい酔っ払ったのは一度だけ。
 その時の様子を友達と元彼にいくら聞いても教えてくれないから、自分が『何上戸』なのか未だに分からない。
 教えてくれないってことは物凄く恥ずかしい姿なのだろうと思って、もう酔っ払うもんかと決意した。そんな私を面白がって酔わそうとしてくるのだから悪い奴らだ。
(……私ったらまた昔を思い出してるや。未練ったらしいなぁもう。やだやだ)

 昔の思い出(といっても私にとってはここ2·3年ぐらいの記憶なんだけど)と、料理の話をしていたら「あーあ。チヂミ食べながらビールでも飲みてぇ」と思ったことをついついポツリ。父の得意料理で母も大好きだった。
 ただ私がチヂミと言うと、「プチムゲな」って父親に訂正されてたっけ。チヂミはどっかの方言らしいけどチヂミはチヂミだからチヂミで良いでしょ。つうかお好み焼きだし。
 ポツリ呟いた私に、カイとアニーは「なんですかそれ!」と食い付いてくるのだが、知らない人がもうひとり。

「俺もそれ気になる」
「わっ! びっくりした誰ですかあなた」

 ぬうっと私の顔の横に現れるので当然驚いた。
 オールバックスタイルのグレー味がかったブラウンの髪に、それに似合うグレーの瞳、落ち着いて優しい雰囲気の男性。

「あはは、ごめんごめん。なんだか見たことある顔だなぁと思って近付いたら料理の話をしてたもんで」

 美しく鼻筋の通った男性は、その雰囲気と同じく大人の余裕のある優しい笑みで「つい、ね」と前屈みになっていた姿勢を正す。ハント公爵と同じぐらい背が高い。
 この雰囲気、大人の余裕と優しそうな微笑みがかなり私のタイプだ。声も話し方も落ち着いていて、結構ドンピシャかもしれない。
 同年代から大人だよねと(嫌味も含め)言われる私だが、やはり年齢を重ねて出る余裕には勝てないし、そういう人に惹かれてしまう。
 本当はセクハラしてきた大学の先生も入学した時から素敵だなぁと憧れていたのだが。言うまでもなく幻滅だった。
 素敵だよねぇと一部の同級生にこぼしていたせいもあって余計に噂が広まってしまい、もう今度から素敵ぐらいじゃ信用できる人以外絶対言うもんかと決めたのだ。

 私好みのその男性は、「街着だし遠くからじゃ分からなかったけど千聖様でしょう?」と言う。
 記憶を引っ張り出してみてもこんな素敵な男性とは面識がない。会ってたら絶対覚えてる。

「メグとはよく話すけど千聖様とはご挨拶はまだだよね。わたくし、シェフのリカルド·ウエストと申します」

 つま先を揃え、片手を胸に添え会釈するリカルドに、「リカルドさんは私たち平民の星なんですよ! なんてったってしがない街のシェフが今や王族付きのシェフなんですから!」とアニーは自慢気に紹介する。

「ああ! たたき上げのすごい人か! 初めまして、天宮 千聖です。私もメグちゃんと同じで呼び捨てにして下さい。私だって平民なんですから」

 メグのことを既に名前で呼んでいるあたり、やっぱそれなりに“乙女ゲーム”しているのだろうか。
 メグの事だから可愛がられているんだろうなと考えると、すこし羨ましい。
 私が歳下らしく振る舞うと、リカルドは歳上らしく「じゃあ千聖って呼ぼうかな。よろしくね」と気さくに対応してくれた。さすが大人の余裕。
 ついでに「二人も呼び捨てにしてくれても」とアニーとカイを見るが、それは流石に駄目らしい。
 役職も無いメイドとただの護衛騎士だから、他の人に示しがつかないんだとか。残念。

 というかメグのこと言っといてなんだけど私もまた“攻略対象者”みたいな人と知り合ってしまったな。
 それにリカルドはどうしてもチヂミが気になるらしく、今度城の調理場においでと誘われた。二人きりだとたぶん緊張してしまうので、メグも一緒ならとOKした。
 まあどうせメグの方が可愛がられるんだろうけど、ってメグの名前出したくせに心の中で捻くれてみたり、でもリカルドが素敵だからやっぱり仲良くもなりたかったり。
(ってやべぇな。私まじ面倒くさい女じゃん。きもいきもい。やめやめ)
 そんな私の生意気な願いが通じたのか、それから暫くリカルドも朝市巡りに同行した。そしてやはり私の好みドストライクだったのだ。
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