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ブルータス。

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「あれ? もしかして千聖様ですか?」
「へ?」

 ブルータスと仲良く乗馬していると、横を通り過ぎた騎士が言った。
 声の主は護衛騎士のカイ。隣には男性がもう二人、屋台が城に来ていた時と同じメンバーだ。
 こんにちは千聖様、と今日はまともにご挨拶される。
 先日、神殿へ向かう途中見かけた際も同じメンバーだったから仲が良いのだろう。

「どうしたんですか、もしかして騎士団に入団したんですか?」

 嫌なものでも見るように私の格好を眺めるものだから、「いえいえ、乗馬するのに借りただけです」と答えると、そうですかとホっと胸を撫で下ろす三人。
 騎士団と護衛騎士はあまり仲が良くないらしい。
 仲が良くない、というか共に対抗心を燃やしているそうだ。

 二つの騎士達が喧嘩をすると対人騎士である護衛騎士が勝つのだが、より命の危険がある騎士団の方が給料が良い。
 しかしどれだけ給料が良くても、令嬢を護衛する機会が少ない騎士団は出会いがないので結局金を使う機会が無い。
 給料では負けるが、男女の出会いの差は大きい護衛騎士。
 確かに溝は埋まらないだろう。互いの無いものが可哀想になるぐらい、無い物ねだりなのだ。

 カイの隣で「騎士団の制服より護衛騎士の方が絶対似合うよな」と友人が呟いているあたり、なかなかバチバチだと思う。
 正直大して変わらない。目立って変わるのは色ぐらいだ。
 騎士団の制服は自然に紛れる緑色が多いが、護衛騎士の制服は護衛する方のドレスや洋服を目立たせるよう黒色が多い。
 騎士団も護衛騎士も、それぞれ場所や相手によってカラーは変わるらしい。
 因みにハント公爵は、基本ダークブルーを纏っている。

「あ! そうだカイさん! この前お話したお願い事なんですけど!」

 ブルータスも居るからなとウキウキした気持ちで言うと、「あぁ城下町ですか?」なんて私の表情で分かったのか爽やかに微笑むカイ。

「はい! ハント公爵様からこの子をプレゼントして頂いたので来週辺りに行けたらなと」
「えっ、公爵様が?」
「この馬を?」
「あの冷徹公爵様が?」

 三人口を揃えて面白可笑しいことを言うから、そりゃあ笑ってしまう。
 なんと酷い言われようか。
 血も通っていない(と思われている)ハント公爵が、誰かにプレゼントをした事がそれ程驚かれるのだから、あの人もたまったものじゃないな。

 少し可哀想に思うも、可笑しいものは可笑しい。
 ケラケラ笑っていると「も、申し訳ございません……!」なんて謝るのだが、たぶん今更謝ったって遅い。カイ達の後ろで睨むハント公爵が見える。
 会話が聞こえていたのだろうか。しかも私に謝ったところでどうしようもできない。私は意地が悪いから弁解などしてあげない。

「そ、そのっ! 千聖様のご都合に合わせますので! 護衛騎士とは元よりそういう仕事なので……!」

 話題を必死に軌道修正するカイの横で仲間の二人は、後ろから放たれるオーラを感じ取ったのか恐る恐る振り返った。止めとけば良いものを。
 そして案の定、メデューサでも見てしまったかの様に固ったのだった。

「んーー……、じゃあ丁度来週、城門前で待ち合わせましょう! 時間は……何時ぐらいがお勧めですか?」
「そうですねぇ……何をしたいかによりますけど……朝市などは活気がありますよ。アニーもよく行ってますね」
「わ、それ行ってみたいです!」
「じゃあ朝早いですけど、6時でいいですか?」
「はい! もう今から楽しみですよ~!」
「千聖様はまだ公爵家と城壁内しかご覧になってないですものね」

 呑気に駄弁っていたが、そういえばカイ達は仕事の途中だった。
 邪魔して申し訳無いと謝ると、不思議そうに首を傾げる。

「もうランチの時間ですよ?」
「え!? うわマジだ。全然気付かなかった!」
「あはは! 練習場は午後から護衛騎士が使うんですけど、私達は早めに終わったので荷物を置きにね」

 時計塔を見ると時刻は12時手前だ。夢中になってブルータスと戯れていたので全く気が付かなかった。
 時計を見ると途端に腹が鳴る。

「やば。私も片付けなきゃ……!」
「夢中になり過ぎですよ! なぁ? いくら公爵様が側に居るからって……、ってお前らどうした?」

 両隣でずっと固まっていた仲間にやっとこさ気付いたカイ。
(時間に気付かない己は棚に上げといてだけど)
 二人も声を掛けられて公爵の呪いが解けたようだ。蛇に睨まれた蛙とは正にこのこと。

 それはさて置き、誠に遺憾である。
 私がここまで夢中になっていたのはブルータスのせいだ。決してハント公爵が側にいるからではない。
 実際ハント公爵は強いのだろうが、それで安心なんかしていない。可愛いブルータスが全ていけない。

 お前のせいで勘違いされたじゃないかとブルータスの耳をちょいっと引っ張ると、ぴこぴこ耳をはためかせくすぐったそうにしている。
 その反応がまた、可愛かった。
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