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公爵の憂鬱【サンゴウの上で】
しおりを挟む女性と話すのはこんなに楽だっただろうか。
ふたりきりで居ると彼女はまるで昔からの顔馴染みだとでもいうように少し砕けた喋り方をする。
淑女ではあり得ない言葉遣いに、私が聞いたことのない言語。
貴族の女の、あの喋り方が嫌いだった。
媚を売り、自分を弱く可愛いく見せようとする猫撫で声。本心は全く別のことを考えているのかと思うと、どうしても好きになれない。
ハーディー公爵家のカレン嬢はハッキリ物を言う性格だったので結婚するならばああいう女性が良いなと考えていたのだが、カレン嬢が学園を卒業し成人して直ぐ、アーサー殿下の婚約者となった。
殿下には勿体無い女性だなと思うのと同時に少し残念に思えたが、こればかりはどうしようもない。陛下がお決めになった事だ。国を背負う上で、息子であるアーサー殿下だけでは不安なのだろう。不貞や隠し事を許さない頭の良いカレン嬢なら素晴らしい国母になるはずだ。
それからは特に興味をもつ女性はいなかったが、来年で私も30歳。いい加減腹を括らねばならない。公爵家の跡取りだって必要なのだ。父と母が繋いできたものを、私の代で終わらせるわけにはいかない。
結婚後の面倒を考えて、伯爵あたりの地味で静かな気の弱い女性ならと探していたところに、メグが現れた。
瞬く間にメグはカレン嬢の場所を奪い、些か不安だが、次期王妃はメグになると日に日に噂は広まっていく。
実際それは事実で、アーサー殿下もメグを気に入ってるようだった。陛下は婚約解消に未だ唸っているが、あの王妃様もメグを気に入っているのだからカレン嬢の隣が空くのは時間の問題だ。
ならば私がカレン嬢を娶ればいい。そうすれば丸く収まるし、私が思い描いていた通りカレン嬢と結婚できるのだから。
そこにまた新しい来訪者、彼女が現れた。
私の思い描いていた予定も虚しく、彼女と婚約した。
けれど不満は無い。
私は他の面倒な女よりよっぽどマシな彼女と婚約したから良いものの、そうすればカレン嬢は誰と結婚するのかと心配になる。それを本人に言うと、きっと“何様のつもりですか。貴男に心配されるほど弱くありません”、とでも言って強がるのだろう。
本当は誰よりも弱いのに。それを分かってくれる素敵な男性と出会ってほしいものだ。
婚約者、天宮 千聖。
彼女は約3週間前から私の婚約者だというのに長い会話をしたのは初めてだった。これほど楽なら初めから会話をしておけばと後悔するものの、過去を振り返ったって仕方無い。
折角こんな機会だからと彼女を観察していると、案外感情が顔に出るタイプのようだ。
メグほどわかり易くはないが、彼女が紡ぐ言葉も裏表を感じない。という事は笑っていないときは本当に興味がないのだろう。つまり私には興味がないという事だ。それは余計に楽で良い。
だからなのかと、納得した。
彼女が、私に興味が無いから、会話するのが楽なのだ。
自分好みの男を探しているのかと思えば面倒事に巻き込まれたくないからだと言うし、言葉遣いは本当になっていない。
話せば話すほど疑問が湧く。
地位と名誉と金と顔、揃っている男性と普通なら何らかの繋がりを持ちたいはずだ。少なくとも今までそうだった。国境を越えても大概がそうだ。
そう、“普通の”婚約者なら王妃教育から逃げたメグと私が執務室で二人きりだと知れば怒るだろう。
けれど怒りもせず、あの女らしいと軽く笑って受け流す。そもそも面倒事を避けたいというわりに、面倒事の原因であるメグの心配をするのだから、おかしな話だ。
神官の男ともたった2時間で打ち解けていたし、アニーや、護衛騎士のカイとも彼女はすぐに打ち解けていた。
メイド長や執事の報告も特に悪い意見は聞かないし、元々真面目な性格にコミュニケーション能力の高さとその優しさから、彼女は純粋な人たらしではないのか。
人を寄せ付けないようにしているこの私でさえ、悪い印象がないのだから。
サンゴウを撫でながら「可愛い奴め」と後ろで呟いている彼女。
本人は口に出しているつもりはないのだろうが、思わず口に出してしまうほど動物が好きなのだろう。愛犬を飼っていたと言っているし、馬をプレゼントすれば喜ぶかもしれない。ただ名前のセンスだけはあまり無いように思う。
前の世界では恋人が居たようで、別れてから直ぐだというのに恋人の悪口などは一切言わない。身体の関係があったというが、とすると彼女は処女ではないのか。
己の身体まで許したのに、なぜ別れるのだろう。
それに自分には持て余すほど優しいというその恋人だが、どんなふうに優しかったのだろう、そして二人のどこが合わなかったのだろう。
今まで生きてきた中で、恋人はその男だけだったのだろうか。その恋人達と私は、全く違う人間なのだろうか。
もっと知りたいような気もするが、それを聞いたところでどうなるのか。あまりしつこく聞くのも不躾ではないか。
前の世界を思い出させて悲しませるかもしれない。
彼女と触れている背中が温かい。
先程、神官の男とも寄り添っていたが、彼女の世界では男性と触れ合うことに抵抗はないのだろうか。まだ、私には分からないことが多すぎる。
それを知ったからといって、何にもならない事は解っているのだが。
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