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公爵様のお馬さん

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「では帰りましょうか公爵様。今日はちゃんと帰るんですよね?」
「ああ。そろそろ私も休まねばな」

 なんとなく、この人と一緒に帰るのだろうなと思っていた。
 先日登城した際はミハエルに送ってもらったが、今回ミハエルは居ないし、騎士団長であるハント公爵が直接迎えに来たぐらいだ。どうせ帰る家も一緒なのだし。

 暗くなりかけた空。こういう時間帯を逢魔が時というのだろう。草花を奏でる風が心地良い。そういえば公爵様の馬に乗せてもらうのは初めてだったっけな。
 乗馬も勉強の一環として習っているから、もうひとりで乗りこなせるぐらいにはなった。とはいっても貴婦人座りがメインなのだが。
 私もそろそろ愛馬が欲しい。そうすれば文句も言われず撫でくり回すのに。そして華麗に森を駆けたい。華麗に駆けれるのかと問われればいささか不安だが、私だけの馬をでたい。不純な動機だけど可愛いから『正義』で許されるはず。

「そういえば。公爵様の馬の名前ってなんですか?」

 ミハエルノウマが衝撃的すぎて今まで聞きそびれていたが、やっと名前が聞ける。ハント公爵によく似合った、芦毛あしげの馬だ。灰色がかった白っぽい毛に、凛々しい顔つき。
 可愛い、その言葉に尽きる。
 因みにミハエルノウマは栗毛で、手足の先に白いソックスを履いた模様だ。こちらも可愛いの言葉に尽きる。語彙力がなくなるほど動物は本当に可愛い。

「こいつの名前か。ミハエルノウマより面白くないぞ」
「いや面白さ別に期待してませんよ」

 小屋から手綱を引いて愛馬の鼻先を撫でるハント公爵。
 撫でる手に擦り寄って、とてもよく懐いている。

「こいつはサンゴウだ」
「………はい? サンゴウって、1とか2とかの3号ですか?」
「ああ、私の人生で三代目の馬だ。分かりやすいだろう」
「貴方も大概ですね。なんですかサンゴウって、分かりやすいけども」
「ふん、皆そんなもんだ。歴代の好きな女の名前を付けている奴よりマシだ」
「まともな奴が居やがらねぇ」

(あ、口の聞き方)と思ったときにはジロリと深い青の瞳が向いたので、わざとらしく視線を斜め上に逃した。

「早く乗れ」

 呆れたように言うハント公爵は、私がいつも男性の前に座っているから今回もその様に誘導する。最初の頃は乗馬の二人乗りなんてした事なかったから、落ちぬようにと後ろから包み込まれるかたちで乗せられていたのだが、淑女の嗜み教育が結構役に立っている。

「あ、たぶん私もう後ろでも大丈夫です。後ろに乗ってみてもいいですか?」
「振り落とされないようにしろよ」
「別にそのまま置いてっても構いませんよ?」
「元よりそのつもりだ」
「まじですか、冗談ですよね」
「どうだか」

 ハント公爵とこれほど長く会話をしたのは初めてだが、驚くぐらい会話が自然に進む。
 公爵が頭の中で何を考えているのかは分からないけれど、なんだか波長が合っている気がするのは私だけだろうか。「サンゴウ頼むよ~、落とさないでね~」とおしりを擦ればステップを踏むサンゴウ。可愛い奴め。

「そういえば人のネーミングセンスディスっといてなんですけど私も愛犬の名前を馬鹿にされたんでした」
「愛犬?」

 置いて行くだなんて言いながら、ハント公爵は私が振り落とされないように丁寧にサンゴウを走らす。
 こんな人だから、いくら見た目が恐くても団長が務まるのだろう。ミハエル達はいい上司を持ったものだ。

「はい、もう死んじゃいましたけど、名前はゴンです」
「ゴン……」
「ゴンっぽいからゴンって名付けたら、可愛くないって友達にも恋人にも言われました。チョコとかクッキーなんかよりよっぽど可愛いと思うんですけどねぇ」
「…………恋人が?」

 少し間を置いて聞くものだから気を遣っているのかもしれない。けれどハント公爵が気にすることでもないから、ちゃんと説明しておけば大丈夫だろう。こんな恋バナをするのも、なんだかもう懐かしい。

「とは言っても私が死ぬ2ヶ月前に別れているので他人も同然なんですけどね。でも学校同じだし、取ってた授業も同じなので毎日顔は合わせてましたから。まぁ……、深めの知り合い……みたいな?」
「………すまない、思い出したくなかっただろう」
「いえ全然! お互い普通に話してましたし、……その、友達とはまた違う、身体の関係を持った人でしたから。別れてからも悩み相談とかしてましたね」
「それが、お前の世界では普通なのか?」
「いやー、人によるんじゃないですか? 私の場合は喧嘩別れとかじゃなかったんで。ただ、恋人じゃなくなった、ってだけの人なので」

 そういうものなのか、と呟く公爵の背中。正面はどんな表情かおをしているのだろう。
 興味はないけれど、私の心の息抜きに話を聞いてくれているのだろうか。それとも何か違うことを思っているのか。
 私には、全く想像がつかない。

「それに……、彼の両親は共働きだし5人兄妹の一番上だったから、超世話好きの大お節介焼きでしたね。頼られるのが好きな人なんですよ。私には少し鬱陶しいぐらいでしたけど」
「性格の不一致、というやつか?」
「あー、まぁそうですね。…………私には、勿体ないぐらい、すごく、優しいひとでした」
「それ……………いや、そうだったんだな」

 それなのに何故別れたのか、とでも聞こうとしたのか。公爵は途中でやめた。
 これ以上聞くとしつこいとでも思ったのか。彼なりの優しさなのだろう。触れ合う背中が温かい。
 190cmはありそうな男性の背中に、何故か私は安心感を覚えたのだった。
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