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__人魚と鱗粉
しおりを挟むどうして此処に──!?
二人が驚くが周りも黙っていない。
ジョセフの友人は「旦那様?」と呟き頭を傾げ、アデレードは「あぁこの人がそうなの」と納得している。
「君は一体、なに、何やって……!」
「な、何やってるもないです! お話を聞かなかった旦那様が悪いのです!」
ジョセフは『妻』の頭の先からつま先までジロジロ眺めて、物凄く嫌そうな顔をする。
ウエディングドレス以来だった。彼女が着飾った姿を見るのは。こんな姿を他人に見せて良いワケがない。
「えーっと、ジョセフは知り合いだったのか……? 旦那様ってことは……お前ンとこの屋敷で働いてるのか?」
「え、いや、あの……」
ごもっともな解釈だが、すぐさまアデレードに否定される。
「そんな訳無いでしょ。何言ってるの、この前結婚したんだから妻でしょ」と真実をサラリと述べられて。
「結婚……って、お前……、この女性と?? ジョセフはクリスティーヌ様と結婚したんだろ?」
「いいいやそれは、」
「なあに? 一体どういう話? クリスティーヌってどなたかしら?」
「っそれはその、」
双方から責められる『夫』の焦る姿を初めて見た『妻』のエマ。その情け無い姿に[コマンド:投げ飛ばす]とかそんなもん忘れてなんだか冷静になってしまい、フフと笑いが込み上げる。
さすがに不謹慎な気がしてグッと堪えるが、危うい様子。
エマのふるふると震える身体がどうやら周りから見ると泣いているように見えたらしく。アデレードは察した。
「ああエマ……、あたしの可愛い妹よ。なんて可哀想に……。よぉ~~く分かったわ。このあたしでさえ、こんな! 羨ましいおしりに! 恵まれた妹なんかより!? ずぅ~~っとイイ女なんでしょうね! そのクリスティーヌって御方は!」
「いえあの!」
「言い訳は結構よ! まず夫を呼んでくるから待っていなさい」
「ちょっと待ッ……!」
アデレードの夫といえば誰もが知る有名人だ。太陽のアデレードが惚れた男、として注目を浴びたのは確かだが、普段は気弱で腰が低いのに法廷に立つと人が変わる優秀な弁護士として、元々界隈ではその名を轟かせていた。
そんな人を呼ばれてしまってはいよいよことが大きくなる。離婚なんて話になればいくらジョセフが拒否したところで無駄だろう。
事実──、不倫していたのだから。
アデレードが離れると、ジョセフはふと視線を感じた。
さすがは太陽のアデレード。何処にいても輝くさまは人々の注目を浴びる。
そうでなくともジョセフだって歩けば女性の視線をさらりと奪うのだ。更には同じ太陽の赤毛がもうひとり。
ただの内輪の会話だったのに、いつの間にやらスキャンダル好きの恰好の餌食だった。
だがしかし、未だ都会に馴染めない女が居る。
モチのロン、我らが人魚、大海原な性格の持ち主エマだ。
「くく、くっ……アッハハ! あー可笑し~!」
「エマ……?」
「本当にクリスティーヌ様と結婚したって思っていたのね! どれだけ皆が勘違いするほどアピールしてたのよ……!」
「ッ、それは……」
「は~~、も~~、旦那様って本っ当にどうしようもないのね! アッハッハッハ! ひー! やだもー可笑しーーっ!」
悲劇と愛憎この上ないのに、当のエマはカラリと笑い飛ばす。
ジョセフの友人は驚いて言葉を失うが、同時に強く惹かれもした。怒りの欠片もなく、こうも笑い飛ばせるものなのか?
都会の令嬢とは違う、手折れそうな花ではなく、なんと大きな輝く海のような女性だろう。
──「お待たせジョセフ。お話はそろそろ……あら?」
そんなところへ渦中の人物、クリスティーヌが戻ってきた。
これにはジョセフの友人もヒヤリ肝を冷やす。今までだって何度ジョセフの取り合いを見てきたことか。
学園では常に何処かで争いが起こっていたから、女同士の諍いが一番恐ろしいとも思っているほどだ。
ジョセフもジョセフなのだが、こう見えてそうそう恋人を作らない男だった。付かず離れず上手に距離を保つから、見えないところで争いが起こってしまう。
いざ恋人が出来ても確かに誰もが納得するような美人だった。決して目立つわけでもなく、お淑やかで品があった。たとえどんなに内面が醜くとも最後の最後まで隠し通す頭の良さもあった。
今しがたのやり取りを知らぬクリスティーヌは、やめとけば良いものを、「うふふ、こんばんはエマさま。素敵なドレスですね、何方とご参加なされたのですか?」とジョセフの腕にするりと絡まって首を可愛く傾げてみせる。
エマが本当の妻でクリスティーヌが不倫相手だと知らなければ、ただの知り合いで普通の会話に聞こえたかもしれない。
でも今は違う。
愛らしい女性の、本当の姿が曝された瞬間だった。
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