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束の間のひと時

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「あ゙あ゙あ゙~~~、も゙ぉ゙~~、つかれたっ!」
「んまっ、奥さまったら淑女が出す声じゃありませんよ」

 屋敷に着きソファーに項垂れるとマリーゴールドが「めっ」と叱る。
 散々着て脱いでして、肝心のパーティーで纏うドレスを仕立てるためドレスのシルエットと生地を決めてそれから採寸して。新しく買ったドレスを着て店を出て、サンプルの生地を合わせながら化粧品と髪飾りを選んで、ってそりゃあこんな声も出ますよ。

「私は淑女に程遠いことが分かったわ……、だから大丈夫!」
「なんにも大丈夫ではないのですが?」
「アハハ~、いやぁ~でも本当に都会の淑女って大変ね……。流行りってどんどん変わるでしょう?」

 沢山のお店から自分に似合うブランドを見つけて、更に流行も気にしなきゃいけないなんて、そんなの覚えることが多すぎる。
 なのにアンナは、本当のお洒落さんは流行りものを纏うというよりこれから流行るものを着ていると思いますよ、なんて難しい事を言う。

「ま、大体は店内入口の一番目立つところに陳列してある商品が最新作なので、迷ったときはそれを買っときゃ間違い無いです」
「くぅぅ……さすが元ブティック嬢……! 頼りになりやすぜッ……!」
「でもあんまりにも無知だと流行遅れのセール品を定価で売ってくるような悪徳オーナーに引っ掛かっちゃいますよ」
「っふん! ならセール品でもなんでも着こなしてやるってもんよ!」
「きゃっ! それでこそ奥さまっ! カッコイイ!」
「んもー奥さま言葉遣いがテヤンデイになっております!」
「あらぁ~、ごめんあそばせ~!」

 いつものように皆で和んでいると、コック帽を握りしめた初老の男性が「あのう……」と輪に入ってくる。このふくよかなボティと柔らかそうな口髭と優しそうな垂れ目! そしてこの制服!

「料理長! 結婚式以来だわ!」
「申し訳ありません奥さま……。わたくしのせいでご心配とご迷惑をお掛けしまして……」
「そんなことないわよ! ここに居る誰のせいでもないんだから! ぜーーんぶ旦那様のせいだから気にしないで!」
「ふふふ、奥さまのご様子はネイサンから伺っておりました。侯爵家へ嫁いでくださったのが明るい御方で本当に良かった……」
「なっ、……んもう。照れちゃうじゃない」

 涙をほろり流し褒めるので、素直に嬉しくて顔を赤くしてると「奥さまかわい~」と茶化される。
 旦那様もこれぐらい可愛いこと言ってくれれば良いのに。そうしたら少しは興味持つかもしれないわね。

「奥さま、漁師町では魚が新鮮なため殆ど生で食されると伺いました。今夜は内陸部流、定番のポアレをメインにしたメニューで御座います。やっと奥さまに振る舞えると思うともう……涙が……!」
「ちょっとちょっと! 泣くのはまだまだ早いわよ! ふふっ、でも楽しみだわ! 都会に来るだけでも時間もお金も掛かるし、それに内陸部のレストランって結構なお値段するから……。それが毎日味わえるなんて幸せね! 私もいっぱい勉強したいわ!」

 だけど食事はいつも独りなのよね。皆傍に控えてはいるけど、やっぱりワイワイ大勢で食事する方が楽しいわ。品よくお淑やかに、なんてそもそも向いてないもの。
 今はまだ嫁いだばかりだから良いけど、実家のレストランが懐かしい。
 旦那様の言う通り早く子供を作った方が賑やかかしら。

「あ……そうだわ。シルバーに確認したいことがあるんだった」
「はい、何で御座いましょうか奥さま」
「私が実家に帰りたいって言ったら、いつでも帰れる?」
「!!!??」

 私がそう問うとシルバーは、料理長とは正反対のキリッとした口髭をびゃんと逆立ててぽっくり倒れてしまった。
 “ぽっくり”だと死んじゃったみたいに聞こえるが、白目も剥いてるし本当にぽっくり逝ったかと思った。

「ちょっと!!? え!? シルバー!!?」
「つ、ついに……この日が……今や今かと……」
「え? シルバー……? 生きてる……?」

 どうしよう、と周りを見たら何と皆まで倒れているではないか。
 理由ワケが分からなくて揃いも揃って怖いし、これが侯爵家流のおもてなしなのかなとか考えちゃってしばらく何も言えずに居た。
 するとシルバーがボソボソと「ついに……奥さまが……奥さまが……」と喋るから耳を傾けてみると、「離婚したいと仰るなんて……」などと申す。(旦那様風)

「ちょいちょいちょーい!! そんなこと言ってないから!!」
「はい……?」
「ただね! お祭りの時期になったら実家に帰りたいなぁ! ってお願いしたかっただけなの! 漁師町じゃ祭り命だから!!」
「「「「なんだぁ!」」」」

 途端に息を吹き返す侯爵家の使用人たち。そして「んもー奥さまったら紛らわしい言い方して!」と何故か私が叱られる。

「うぉっほん。まぁそういう事でしたらもちろん構いませんよ。しかしあの長い道のりを祭りのために行き来されるのですか? 些か大変では……」
「いーの! だって祭り命だから!」
「さ、左様ですか……。さすが奥さまが育った場所だけありますね……」
「うーん。褒めてる?」
「ううむ。一応……」

 なんだか微妙な顔してるけどここは黙って納得しとく。

「あの奥さま、提案なのですが。奥さまも船を買われてはどうですか?」
「えっ? 船を?」
「ええ。メイドの二人から聞きましたがそれはそれはもう華麗な乗りこなしだったと」
「あぁ……聞いちゃったのね……」
「はい。それはもう事細かに」

 ジロリ視線を向ければサッと目を逸らした二人。まさか水着姿でかっ飛ばして慌てて停められた話まではしていまいな。

「船舶免許もお持ちですし、何よりクリスティーヌ様が利用している船を奥さまに運転させたくはありませんので。我々一同、快く思いません」
「そ、そお?? か、買ってもいいの……?」
「はい。港から港へ船で行くほうが早く着けますし、毎年何泊もしてご実家に帰られる旅費を長ぁ~~~い目で見れば安いものかと。そもそも奥さまは散財される御方ではないので船ぐらい買っても許されます。旦那様が怒ってもわたくしが叱ります。マリーもそう思うでしょう?」
「はい勿論ですわ! 旦那様より高い船を買いましょう!」
「お、おお……」

 やっぱり侯爵家·裏の二大トップは恐ろしいんだと実感した瞬間だった。
 そして何かお願いするなら裏の二大トップに頼むのが早いなと悟った私であった。
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