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黄金の囁き
しおりを挟む「いいえいいえ奥さま! そんなのでは駄目です!!」
「そーですそーです! 奥さまにはもっと視線を掻っ攫うぐらいのドレスじゃないと駄目なんです!!」
「いやでもぉ……駄目なんてこたぁ……」
「「駄・目・ですッッ……!!!」」
王族主催のパーティーで纏うドレス。
輿入れのときに旦那様が何着か用意していたからそれのどれかで良いんじゃないかとクローゼットを開けて言うと、メイド達は頭を抱えて崩れ落ちた。
「いーーわけあるかいな!!」と総ツッコミを受けて。
「んだいッたい何ですかこの趣味の悪いドレスは!!」
「どーー見てもクリスティーヌ様が着るドレスじゃないですか!!」
「えー? でも可愛いじゃない? ほら、これなんかふわふわでひらひらしてて」
「だーーもう全ッ然、奥さまったら奥さまのこと分かってないですよ!」
「え、ええ~? そうかしら? 都会の貴族令嬢って感じで素敵だと思うんだけど……」
「勘弁して下さいよ奥さま。奥さまは唯一無二の奥さまですよ!? こんな、こーーんなありふれたドレスで満足しちゃいけませんよ!! あと似合いません!」
「ううっ、似合わないのかぁ……そうかぁ……。…………似合わないのかぁ……」
「ブティック、行きましょう。ブティックに。じっとしていられません。あと二週間も無いんですから早く仕立てないと」
「そーですそーです。そーと決まればシルバーさんに報告です!!」
「ええ……? 今から行くの……?」
「「当たり前ですッ!!」」
「お天気も良いし釣りの方が……」
「「駄目ですッッ!!」」
がっくし肩を落とし仕方なく連行されるわたし。侯爵家の皆は私に似てきたと思ったけどついに超え出したかしら。いやむしろそのポテンシャルがあったとしか思えない。
潮風の強い地元では綿麻のラフなものしか着ていなかった。
ここに嫁いでからパーティーとかお茶会も未だ参加していないし。外行きのドレスには袖を通してもいない。
「二人とも。わたし行くのは良いけどパーティーのドレスなんてからっきし分からないわよ……!?」
「ふふふ、ご安心下さいな奥さま。アンナに任せておけばもうバッチリですよ」
「フフン。お任せ下さい!」
聞けばメイドのアンナは以前ブティックで勤めていたらしい。数々のご令嬢を相手にしてきたからコーディネートもオーダーメイドもお手の物だとか。
因みにもう片方のナタリーは元美容師とのこと。二人とも侯爵家で新しく使用人を募集していた際に転職したんだって。
(つまり同期?)
「私は男性のコーディネートもやってみたかったので思い切って転職しました。もうじきご結婚される次期侯爵様。結婚すれば子が産まれる。侯爵家を継ぐには男児が必要でしょう? 男の子が産まれたらお洒落のお手伝いをするんです! 若奥様とお揃いのお洋服! 嗚呼なんて素敵!」
「私はドレスに合わせたスタイリングを毎日のように出来ると思い転職を。若奥様ともなればパーティーや茶会は必須! 産まれた子が男児でも女児でも大歓迎です!」
「なんか予想と違ったなぁ、って感じ?」
「「ええ本当に……」」
まさか旦那様に恋人いてそのまま不倫し続けるとは。そしてまさか妻をパーティーに連れて行かぬとは。そしてまさかまさかトンデモナイ事実が発覚。
二人が以前勤めていた職場の同僚らによると、クリスティーヌ様が妻の代わりにパーティーや茶会に参加しているらしい。
「ええ!? ちょっと待ってどういうこと!?」
「奥さまとご結婚される前からもジョセフ様のパートナーとして振る舞っていたことは知っていました。それが変わらず続いてる、ということです」
「ご結婚されてから恐らく……パーティーが一回、茶会が二回あったかと。ブティックや、それこそ美容室なんてプライベートな話を聞きますから」
「何処へ着ていくドレスだの、何処の誰とパーティーへ行くから髪をスタイリングしてほしいだのと。ね? アンナ」
「ええ。正直に申し上げますと私てっきりクリスティーヌ様がご結婚される相手だと思ってました。何度か以前の職場に来店されてますからその様子から察して。……ああでも。公爵家のご令嬢だけは“あり得ない”と仰ってましたね」
私が想像した通り、社交界では有名なカップルだったのだ。突然現れたのは私の方。
婚約したときに旦那様が驚いたぐらいだから、そりゃ周りだって勘違いしててもおかしくない。結婚式もほぼ身内だけだったし。
初夜にあんなことがあったからこれ以上傷付けてはいけないと思い今まで黙ってたけど、王族主催のパーティーに行くと決めたらいざ尋常に勝負してほしい。らしい。
「まっ! 我らが奥さまなら勝負せずとも明白ですけどねぇ~~!」
「ですよね~。旦那様の面子もベコベコに潰してほしいっていうか」
「あなた達最近働き出しただけあって旦那様に義理も人情も無いわね」
「旦那様にはありませんが奥さまにはありますよ!?」
「ですです!」
──そんなこんなでやってきた洒落たブティックが建ち並ぶ大通り。
馬車の中から覗くと、明らかに紳士淑女の場。自分でも分かる。
「いや場違い過ぎる……! どうしよう……!」
こちとら旦那様が輿入れの際に用意した一番マシなイエローのドレスを極限までフリルとリボンを削ぎ落としてやっと着てきたのだ。むしろ似合わなすぎて感情が無になったぐらい。
(まさか自分でもこんなに似合わないとは……。ハンガーに掛かっていたときはあんなに可愛かったのに……)
そのままのドレスを着てシルバーに見せたら彼も無になってたものね。それでひとこと上限金額だけ残して消えたわ。
己の衝撃的な姿を鏡で見たばかりに眼の前のハイブランド達に緊張で呼吸が浅くなってしまう。だってこんな場所、人生で初めてなんだもの。
駄目ダメ。こんなんじゃ溺れてしまう。一旦深呼吸よ。
「はぁ~~~……ふぅ~~~…………」
「ふふふっ! 奥さまっていつも大胆不敵でカッコイイのに可愛いとこもあるんですね!」
「だって見てよぉ~、人種が違いすぎるわ」
「全くもう! そんなんじゃパーティーなんて出られませんよ! 女は度胸! なんでしょ!」
「ッそうだわ! おっし! 女は度胸!」
勢いに任せて馬車から飛び出ると目に入ってきたのはなんとも可愛らしいショーウィンドウ。ひらひらでふわふわであまあまな女の子が好きそうなデザインと男の子にモテそうなコーディネート。
「わ! 見てよ二人とも! このお店とっても可愛いわ!」
「何言ってんですか奥さま。貴女さっき全然似合ってなかったでしょう」
「グフ……」
「ああ、あれシュガーシュガーバンビーナだったんですか。勘弁して下さいよ奥さま。この店クリスティーヌ様が好きなブランドだしよく旦那様を連れて貢がせてる店です。それを嫁いできた妻に寄こす旦那様も頭オカシイですけどね!!?」
「ゲフ……」
「奥さまはあっち! サウンズゴールドです!」
「それって最近出来たサウンズブルーの姉妹ブランドの?」
「そう!」
「ちょちょちょ……全然分からないんだけど……??」
二人の話に全くついていけない侯爵家の新妻。まっことに申し訳無いが分からぬものはどうしたって分からぬ。
アンナの説明によると、サウンズブルーは“トラディショナルな雰囲気を残しつつも、一線で活躍する女性に向けたシックでクールなデザイン”がコンセプト。その姉妹ブランドにあたるサウンズゴールドは、そんな女性がパーティーでゴージャスに着飾るためのレーベルとのこと。
はて。さっぱり分からぬ。
「はい! 分っかりました、奥さまはどうぞ大人しく着替えて下さい!」
「そうですね! アンナも居ますし大人しくしてて下さい!」
「おう……。もう任せたよ……」
虎でしょナウとかよく分かんないし、従うしかない新妻であった。
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