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月夜の逢瀬【国王視点】
しおりを挟む息子であるエリックがあろうことか婚約者を見繕うために開いてやった舞踏会をコソコソと抜け出したらしい。
宰相であるデートリヒが言うのだから間違いないだろう。デートリヒは私の古くからの友人だ。
勿論、息子のエリックがこっそり隠れて何処へ行ったのか知るため、使いをやった。
「ええ、それはもう美しい娘でした」
使いの男は静かに唸る。
「娘? エリックが女と会っていたと言うのか?」
「はい確かに。裸でしたから」
「なんと」
「エリック様に女性の影があったとは……。しかも もうただならぬ関係、ですかな?」
宰相のデートリヒが“親”の顔を伺う。
「全くだな……、言ってくれればこの様な舞踏会、開く必要などなかったのに」
親として、心配はしていた。
もう24歳にもなろうというのに浮わついた話のひとつも無い。エリックが貴族の女特有の、見栄張り合戦も嫌いなのは知っている。しかしそれでも、後継ぎは残してもらわねばならんのだ。
私自身、未来の王妃売り込みにウンザリしたとかそんな事は一切無い……と言い切りたい。
「で、それは何処のお嬢さんかな?」
「いえ、それが……、貴族の子女で見たことは……。あれほど目を引く娘ですからデビュタントしていれば話題になるかと」
「しかし聖なる泉に居たのだろう? 泉に居たということは王宮の敷地内に入ったということだ」
「それに聖なる泉は何人たりとも足を踏み入れてはいけない決まりです。王族は勿論、身分あるものなら誰でも知っているはずでは?」
「全くもってその通りだ。ま、私もその泉の聖なる価値が分からぬがな」
「はっ、もちろん娘の後を追うつもりでした。しかし……」
苦虫を噛み潰したような表情をする使いの男。
「しかし、消えたのです」
「消えた? 何戯けたことを」
「い、いえっ、それが、本当なのです……! 私も目を疑いました。エリック殿下の目の前で……こう、光が消えるかのように、ふっ──と、消えて居なくなったのです」
「目の前で?」
「っ、はい。何故か娘が手に持っていたエリック殿下の上着、それだけが地面に落ちました」
「嘘は、言っていないな?」
「誓って。そして、エリック殿下は娘が消えたことに驚きもせず、上着を拾って、舞踏会に戻られました」
「……ふむ。分かった、お前はこのままエリックの様子を見てくれ」
「御意」
それから数日──。
使いの報告によると、エリックはここ最近、王立図書館に頻繁に出入りしているらしい。
調べるものといったら、妖精だの聖霊だの月に関する魔術書……。正直我が息子ながら、頭がおかしくなったのではないかと思った。例のあの娘とも会っていない。
──しかしその約一ヶ月後。月の美しい晩、また泉で例の娘と逢瀬したと報告があった。
エリックは愛しそうに その娘の頬に触れ、そして大笑いしていたと言う。
驚いたことに"エリックが"娘に触れたと言うのだ。あのエリックが。女に変な期待をされないようにと日頃から行動に気を使っている、あのエリックが。
嘘ではないのかと何度も問うた。
けれど、紛れもない事実です、と。
嗚呼、ようやく愛を見付けたのか。親として一安心だ。
だが肝心な相手が未だ分からない
一国の王としては、それが許される愛なのか。
然るべき時が来れば、息子も真実を語ってくれるだろう。
今はただ、親として、見守る事としよう。
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