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出逢いの満月
しおりを挟む父が死に、一年が過ぎた頃──。
御役所で配給される食料と泉から採取したものは全て己に使うようになり年相応の体型になった。歳はもう15。
流行りの疫病のせいで周辺の住民も殆ど命を落とした。
死体がそのままだと腐って酷い臭いだったので、エラは父親同様、土に埋めた。
皮肉にもその死体達が栄養となって、埋めたところにだけ綺麗な花が咲いている。
エラは泉に潜ったからか病気知らずで過ごしている。
むしろ今まで摂れていなかった栄養が全て己の身体へ吸収され、段々と女性らしい身体付きになっている。
御役所の人達の目付きも変わってきた。あれは『女』を見る目だ。胸も膨らんできたし、このままいけば身体で稼げるようになれるだろう。しかしこの国の法律では、身売りは16歳から。あともう一年は泉に頼って生きねばならない。
あと一年も泉が現れるかどうか定かではないのだが。
そんなことを考えながら、今夜も待ちに待った満月の日。
今日の月はやけに大きい。
まるで、一年前の父が死んだあの日のようだ。
泉の底から摘んだ花も泉に投げ還したのに、何事もなかったかのようにまた底で月の光を浴びている。
いつもひとりで泉に包まれながら満月を眺めていた。
今日もその筈だった。
父親のために、せっせと材料を集める時間も、今はもう無い。ただ独り、泉で満月を眺めるだけ。
「誰だ……!?」
これからもそう過ごすんだ、って思っていた。
この時までは。
「此処で何をしている……!!」
心地良い静寂を破った男性の声に驚き振り返る。
驚いて飛び散った水飛沫が、満月の光に照らされてまるで妖精の粉のようだった。
実際見たこともなければ妖精が本当に居るのかどうかも分からない。けれど、きっと妖精の粉はこんな風なのだろう。
何処かの国では普通に漂っているらしいが、この国では妖精を見れるものはもう居ない。
妖精が見えるものは遥か大昔に迫害され、別の国に移ってしまったらしい。そういう言い伝えだ。
「女性……?」
白い馬と、金糸の刺繍が施された見るからに高価な衣服。それに負けぬほと美しい金の髪、泉の底の輝く石をはめ込んだような蒼い瞳。その全てが、満月に煌々と反射している。どこからどう見ても貴族。
「っ……ぁ、」
問われているのに普段から誰かと会話しないせいで上手く言葉が出てこない。
まさかこの沼地は貴族様の私有地だったのか。
いやでもまさか。今までそんな事。ああどうしよう。最悪絞首刑、いや、それとも奴隷か。
何にせよ、カースト下位の私たちが貴族様の気に障ることをしてはならない。許されるわけもない。
何か言わなくては。
でも怖くて震えて、余計に声が出ない。
「君は、だれ、なんだ……?」
月夜に輝く白馬を降り、此方に近付くその御方。
すると、ふっ、と泉の端が雲に隠れた。輝く男性も闇に飲まれる。
──いけないこのままでは月が隠れてしまう!
そう思い、反射的に男性とは真逆の方へと逃げてしまった。
「待って……!」
雲で陰ったところは既に沼地に戻っている。
急がなくては。満月が隠れてしまう前に泉から上がらなければ。
もしこのまま居たらどうなるのだろう。けれど己の本能が“泉から上がれ”と言っている。
貴族様は私を捕まえようとしているのか華麗に馬に跨がると、泉の縁に沿って走らせた。
「っ、あ、の、ごめんなさい……っ!」
唯一出た言葉がそれだ。
貴族様相手に失礼だったと、エラは言葉にしてから後悔した。けど結局は捕まってしまうのだろうし、それよりも早く泉から上がらなくてはいけないという思いが強かった。
間一髪のところで泉から上がり、目の前にはまた沼地が広がっている。貴族様が来るのを今か今かと待ち構えていたのに、馬の足音さえしていない。
辺りを見回しても人は居らず、いつも通り、ただ独り。
己は幻でも見たのか?
この泉同様、あの美しい貴族様も幻なのかもしれない。
そう言い聞かせるしかなかったのだ。
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