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別れの満月
しおりを挟むそれから満月の夜を幾度となく過ごした。
そして分かったことが多々ある。
一つ目、
泉の水の成分がとても良いのか汚れも綺麗になるだけではなく飲むだけで身体の疲れがとれること。
二つ目、
泉の周囲に自生している植物も、どれもこれも素晴らしい効果があること。
例えば木の葉を煮詰めて飲むと免疫力も上がり風邪だって直ぐに治る。虫によって悩まされていた痒みも取れて、葉を傷に当てれば翌日には綺麗に治っている。
落ち葉や枝を燃やせば窓が割れているにも関わらず丁度良い温もりで部屋は保たれ、害虫も寄ってこない。
花の絞り汁は肌も髪も美しく輝かせ、まるで貴族のような高貴な香りを漂わせた。
しかし何れもこれも泉から採取して保存できる期間は三日。水は五日程すると瞬く間に腐って消えていく。
この三年間私なりに研究した。
一ヶ月に一度ほどの満月。
必ず満月の光が沼地に当たらないと泉に変わらない。曇や雨の日は沼地のままだ。
もし泉に浸かっている間に月が雲などで隠れてしまったらどうしようかといつも不安で仕方ない。けれどそれよりも得られる物の方が遥かに大きい。
だってあんなに痩せて、今にも死んでしまうのではと思ってた父が、顔色がこんなにも良い。気持ちばかりだが肉付きも良くなった。
いつかまた起き上がれるようになれば。
そんな想いを馳せ、いつかまた親子で、周辺の家と変わりないような生活が出来るんじゃないかと、そう夢に見て、泉で採取して使えるものは父に使った。
己の身体は相変わらず痩せ細ったままだった。
けれど意図せずとも泉に浸かり水浴びしているからか、体調も良いしそれに身体の汚れも綺麗になる。
ひとつ難点を挙げるなら、泉で水浴びをした次の日は御役所での配給の量が減る。
役人が気持ちを上乗せしているのか、満月の前の汚れきってる方がほんの少し多く食料が貰えるのだ。
大抵の貧しい家庭は言葉は話せても読み書きが出来ない。
学校に通う金など無いし、そもそも学校に通う暇があったら働いた方が金になる。読み書きが出来なければ馬鹿にされる仕事しか出来ないが、それでも子供は一家の働き手だ。
だがエラは違った。
本来働く時間は父の看病、それに食料の調達。家族で分担する業務を14歳の子供たった一人でこなしていた。
──可哀想な子
──母親から身体の使い方も教えてもらえないで
──父親の為に毎日ねぇ
そんな会話が時折聞こえてくる。
なら少しぐらい助けてよ。
なんて事は思わない。此処に住む人は皆等しく貧しい。
貧しさは其々だが、誰かを養う余裕は無い。
私だって泉が現れない時はそりゃあやっぱり、死んだ方が楽なんじゃないか、なんて。そう思ってしまうぐらい心が折れ、疲れ果て、でも、それでも、私は生きることを諦めなかった。
私だけじゃない。周りを見れば分かる。
皆必死に生きてる。いつかは死ぬけれど、でも今じゃない。
目の前の事を受け入れ、必死に生きる。
私に出来るのは、ただ、それだけ。
だって、生まれたのならば生きるしかないのだから。
そして、14歳の私が産まれたとされる日。
父が、死んだ──。
流行りの疫病は貧しい人ほど重篤になる。
目の前には、受け入れなければならない現実。
己の掌には、泉の底から摘んできた花が握られたまま。
疫病が蔓延し自身も呼吸するのがやっとだった。そして待ちに待った満月は、美しく、雲ひとつ無い空に大きく浮かんでいた。
いつだったか泉の底を見に行った。
泉の底には綺羅綺羅と色取りの輝く石が沈んでおり、そのひとつひとつが月光を反射させている。
輝く石が積み重なった頂上にその花はあった。
反射した月光を一身に浴び、それを食べれば不死の魂が得られるのではないか。
そう思わせてくれるほど、たった一輪の花が輝いている。
私は、何の根拠も、どんな結果になるかも分からないが、月光を一身に浴びたその花を、息も絶え絶えに摘み取ったのだ。
けれど、無理やり口に含ますことだって出来た筈なのに。私はそれをしなかった。
久し振りに聞いた父の声は優しくて。
久し振りに呼ばれた名前は眩しくて。
きっと一生記憶の中で生き続けるだろう。
「エラ、お前は優しい子に育ってくれた。何にもしてやれなかった。今まで有難う。今なら幸せに死ねそうだ」
今なら、幸せに──……。
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