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一年目の夏

9. 身近なところから味方を増やしたい

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 顔を洗ったあとセイリオスは、カペラがクローゼットから取り出してくれた服に着替えた。
 カペラの姿はない。セイリオスが着替えている間、準備していた朝食を取りに厨房へと行っているのだ。以前はセイリオスの手つきが若干怪しかったからか、着替え終わるのを見守ってくれていたが、最近は安心したようで着替えている間に朝食の準備をしてくれるようになった。おかげで、着替えが終わるとわりとすぐに朝食にありつけるので、セイリオスとしてはありがたい。
 素材はわからないが柔らかい手触りのシャツに膝丈のズボン、それに少し薄手のベスト。首元にはしっかりとリボンを結び、上から薄手のジャケットを羽織る。最後にふくらはぎまでの長い靴下を履いて、ちょこっと厚底の靴を履けば完成だ。
 子供の小さな手指で硬く小さなボタンを幾つも嵌めていくのはなかなか骨が折れる作業で、自力で着替えようとした当初はまごついたが、慣れればどうということはない。
 セイリオス個人としては、これはまだ年齢一桁だからギリギリ許されるファッションだと思っている。すね毛の生えるような年頃になったら、確実にアウトだろう。日本では確か、スカートの裾と靴下のわずかな隙間を絶対領域と呼んでいたが、男のなんぞ見ても面白いことなんてひとつもないとセイリオスは思う。
 寝室と続いている小さなダイニングの椅子に腰かけ、足をぷらぷらさせながら少し待つ。数分も経たないうちに、扉を小さくノックする音が響いた。返答も待たずに扉が開けられ、カートを押したカペラが姿を現す。
「そうだカペラ、この服、昨日よりちょっと薄着になった?」
 昨日まではかなりどっしりとした重みのある、いかにも冬物、といった感じのジャケットだった。
 つんつん、と裾を引っ張りながら問いかけると、微かに眉をしかめたカペラがええ、と頷いた。食事の用意をする手をいったんとめて、足早に近寄ってくる。
「本日より風待月になりましたので」
 柔らかいカペラの手が、セイリオスの首元に伸びる。どうやら、セイリオスが自分で結んだリボンが、気に入らないらしい。一度ほどいて、丁寧に結びなおす。
 今まであまりリボンを結ぶという経験がなかったためか、毎回いまいちうまくいかない。気を付けているはずなのに、毎度毎度、なぜか歪んでしまうのだ。
 それに比べ、カペラが結びなおしたリボンはさすがである。上下左右のバランスも整えられているし、ちょっとやそっとでは崩れないよう、きっちりと結ばれている。
「……えーと毎回ごめん」
「いえ。次からはお気を付けくださいませ」
 ともあれ、今は暦の話である。
 風待月エル・シオーネ。新年から数えて6番目の月。つまりは6月。この国では月の名は、英語と同じように、数字ではなく異名で呼ぶのが一般的なので少しばかりややこしい。
 日本では初夏、梅雨入りするかしないかといった時期だが、この国に梅雨はない。じめじめした天気が続くせいで洗濯ができず、作り置きのカレーに白いコロニーが発生する――そんな事態が起きないのは、たぶん良いことだろう。もちろん農業を営む人にとって、梅雨が貴重な水源確保の時期だと知っているが、都市部の人間にとっては正直、ひたすらに鬱陶しい時期だった。
「……風待月ってことは、もうじき夏になる……んだっけ」
「はい。朝晩はまだ涼しいですが、じきに昼間は暑くなります。日光を浴びすぎて倒れたりしないよう、気を付けてくださいませ」
 カペラの言葉に、セイリオスは素直にうなずいてから、少しだけ難しい顔をした。
 夏になれば、両親の仕事がひと段落つく。……できれば、その前にアルファルドたちとの問題をある程度は片付けたいと思っていた。
 結局、先日夕食の席で両親と顔を合わせたときは、アルファルドたちをどう思っているのか聞くことはできなかった。仕事で疲れきっているであろう両親に、デリケートな質問をぶつけるのは忍びなかったのだ。それ以前に、なんだかセイリオスの感情がパンクしたというのもあるが。
 かといって、放置しておくのも不味い気がして仕方がない。人間関係なんて時間をおけばおくほど、どうしようもなく拗れていく。対処をするならば、なるべく早いほうがいい。
 それに、あの両親の人柄から、アルファルドたちの隔離は本意ではない気がするのだ。もちろん、実子に見せる顔と庶子に見せる顔が異なるなんて珍しくないだろうが、それにしてはいろいろとちぐはぐな印象を受ける。そもそも、庶子だからと格差をつけるのなら、引き取るという選択肢をとることはないのではないのではないか。
 ともあれ、最終的にはどう思っているのか確認しなければならない。だが、セイリオスの最大の目標は「家族みんなで幸せになる」だ。いつか……『セイリオス』が消えて『セイリオス計都』になったように、たとえセイリオスの命が消え失せる日が来るとしても、残された両親と弟妹が互いに支え合いながらゆっくりと傷を癒していけるような、そんな関係を残したい。
 そのために『家族』の中で今動けるのは、セイリオスだけだ。少なくとも、セイリオスはそう思っている。
 ちらり、とセイリオスは朝食の準備をするカペラを見やった。パンやチーズ、サラダなどをテーブルに並べていくその手際は、相変わらずてきぱきしている。
 かりっと香ばしく焼き上げられたパンの匂いに、胃袋がまだかまだかと抗議の声をあげはじめるのを押さえつけて、セイリオスは小さく唇をかんだ。
 カペラがアルファルドたちをどう思っているのか、今まで聞いたことはない。聞くのが怖い、というのが正直なところだった。
 セイリオスにとっては、アルファルドたちは可愛い弟妹だし、カペラはもっとも身近な大人だ。もしその間に溝があるのなら、カペラに聞くべきではないのかもしれない。
 だが、身近だからこそ、セイリオスにとってはもっとも最初に取り込むべき大人だった。
(なんだっけ、かいより始めよ、だっけか)
 味方を増やすなら、まずはカペラから。
「セイリオス様?」
「あのさ、カペラ」
 唾を飲み込み、真面目な顔でカペラを見上げる。
「ちょっと話があるんだけど、いいかな」
「構いませんが、まずはお食事を先になさってください。スープが冷めます」
「……はい」
 ばっさりと言い切られた正論に、セイリオスはかくりと項垂れた。
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