上 下
10 / 21
一年目の夏

9. 身近なところから味方を増やしたい

しおりを挟む
 顔を洗ったあとセイリオスは、カペラがクローゼットから取り出してくれた服に着替えた。
 カペラの姿はない。セイリオスが着替えている間、準備していた朝食を取りに厨房へと行っているのだ。以前はセイリオスの手つきが若干怪しかったからか、着替え終わるのを見守ってくれていたが、最近は安心したようで着替えている間に朝食の準備をしてくれるようになった。おかげで、着替えが終わるとわりとすぐに朝食にありつけるので、セイリオスとしてはありがたい。
 素材はわからないが柔らかい手触りのシャツに膝丈のズボン、それに少し薄手のベスト。首元にはしっかりとリボンを結び、上から薄手のジャケットを羽織る。最後にふくらはぎまでの長い靴下を履いて、ちょこっと厚底の靴を履けば完成だ。
 子供の小さな手指で硬く小さなボタンを幾つも嵌めていくのはなかなか骨が折れる作業で、自力で着替えようとした当初はまごついたが、慣れればどうということはない。
 セイリオス個人としては、これはまだ年齢一桁だからギリギリ許されるファッションだと思っている。すね毛の生えるような年頃になったら、確実にアウトだろう。日本では確か、スカートの裾と靴下のわずかな隙間を絶対領域と呼んでいたが、男のなんぞ見ても面白いことなんてひとつもないとセイリオスは思う。
 寝室と続いている小さなダイニングの椅子に腰かけ、足をぷらぷらさせながら少し待つ。数分も経たないうちに、扉を小さくノックする音が響いた。返答も待たずに扉が開けられ、カートを押したカペラが姿を現す。
「そうだカペラ、この服、昨日よりちょっと薄着になった?」
 昨日まではかなりどっしりとした重みのある、いかにも冬物、といった感じのジャケットだった。
 つんつん、と裾を引っ張りながら問いかけると、微かに眉をしかめたカペラがええ、と頷いた。食事の用意をする手をいったんとめて、足早に近寄ってくる。
「本日より風待月になりましたので」
 柔らかいカペラの手が、セイリオスの首元に伸びる。どうやら、セイリオスが自分で結んだリボンが、気に入らないらしい。一度ほどいて、丁寧に結びなおす。
 今まであまりリボンを結ぶという経験がなかったためか、毎回いまいちうまくいかない。気を付けているはずなのに、毎度毎度、なぜか歪んでしまうのだ。
 それに比べ、カペラが結びなおしたリボンはさすがである。上下左右のバランスも整えられているし、ちょっとやそっとでは崩れないよう、きっちりと結ばれている。
「……えーと毎回ごめん」
「いえ。次からはお気を付けくださいませ」
 ともあれ、今は暦の話である。
 風待月エル・シオーネ。新年から数えて6番目の月。つまりは6月。この国では月の名は、英語と同じように、数字ではなく異名で呼ぶのが一般的なので少しばかりややこしい。
 日本では初夏、梅雨入りするかしないかといった時期だが、この国に梅雨はない。じめじめした天気が続くせいで洗濯ができず、作り置きのカレーに白いコロニーが発生する――そんな事態が起きないのは、たぶん良いことだろう。もちろん農業を営む人にとって、梅雨が貴重な水源確保の時期だと知っているが、都市部の人間にとっては正直、ひたすらに鬱陶しい時期だった。
「……風待月ってことは、もうじき夏になる……んだっけ」
「はい。朝晩はまだ涼しいですが、じきに昼間は暑くなります。日光を浴びすぎて倒れたりしないよう、気を付けてくださいませ」
 カペラの言葉に、セイリオスは素直にうなずいてから、少しだけ難しい顔をした。
 夏になれば、両親の仕事がひと段落つく。……できれば、その前にアルファルドたちとの問題をある程度は片付けたいと思っていた。
 結局、先日夕食の席で両親と顔を合わせたときは、アルファルドたちをどう思っているのか聞くことはできなかった。仕事で疲れきっているであろう両親に、デリケートな質問をぶつけるのは忍びなかったのだ。それ以前に、なんだかセイリオスの感情がパンクしたというのもあるが。
 かといって、放置しておくのも不味い気がして仕方がない。人間関係なんて時間をおけばおくほど、どうしようもなく拗れていく。対処をするならば、なるべく早いほうがいい。
 それに、あの両親の人柄から、アルファルドたちの隔離は本意ではない気がするのだ。もちろん、実子に見せる顔と庶子に見せる顔が異なるなんて珍しくないだろうが、それにしてはいろいろとちぐはぐな印象を受ける。そもそも、庶子だからと格差をつけるのなら、引き取るという選択肢をとることはないのではないのではないか。
 ともあれ、最終的にはどう思っているのか確認しなければならない。だが、セイリオスの最大の目標は「家族みんなで幸せになる」だ。いつか……『セイリオス』が消えて『セイリオス計都』になったように、たとえセイリオスの命が消え失せる日が来るとしても、残された両親と弟妹が互いに支え合いながらゆっくりと傷を癒していけるような、そんな関係を残したい。
 そのために『家族』の中で今動けるのは、セイリオスだけだ。少なくとも、セイリオスはそう思っている。
 ちらり、とセイリオスは朝食の準備をするカペラを見やった。パンやチーズ、サラダなどをテーブルに並べていくその手際は、相変わらずてきぱきしている。
 かりっと香ばしく焼き上げられたパンの匂いに、胃袋がまだかまだかと抗議の声をあげはじめるのを押さえつけて、セイリオスは小さく唇をかんだ。
 カペラがアルファルドたちをどう思っているのか、今まで聞いたことはない。聞くのが怖い、というのが正直なところだった。
 セイリオスにとっては、アルファルドたちは可愛い弟妹だし、カペラはもっとも身近な大人だ。もしその間に溝があるのなら、カペラに聞くべきではないのかもしれない。
 だが、身近だからこそ、セイリオスにとってはもっとも最初に取り込むべき大人だった。
(なんだっけ、かいより始めよ、だっけか)
 味方を増やすなら、まずはカペラから。
「セイリオス様?」
「あのさ、カペラ」
 唾を飲み込み、真面目な顔でカペラを見上げる。
「ちょっと話があるんだけど、いいかな」
「構いませんが、まずはお食事を先になさってください。スープが冷めます」
「……はい」
 ばっさりと言い切られた正論に、セイリオスはかくりと項垂れた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

政略結婚相手に本命がいるようなので婚約解消しようと思います。

ゆいまる
恋愛
公爵令嬢ミュランは王太子ハスライトの政略結婚の相手として選ばれた。 義務的なお茶会でしか会うこともない。 そして最近王太子に幼少期から好いている令嬢がいるという話を偶然聞いた。 それならその令嬢と婚約したらいいと思い、身を引くため婚約解消を申し出る。 二人の間に愛はないはずだったのに…。 本編は完結してますが、ハスライトSideのお話も完結まで予約投稿してます。 良ければそちらもご覧ください。 6/28 HOTランキング4位ありがとうございます

【全5話】皇太子が探した女神様は悪女と名の知れた公爵令嬢【完結】

なつ
恋愛
妃選抜。それは一年かけて婚約者を選ぶために用意された期間の事。貴族である令嬢だけが参加できる選抜で皇太子出した条件は3つ。 ・皇太子の年齢から誤差5歳まで ・該当する令嬢は必ず皇太子殿下と2人で面会をしなければならない ・社交界で皇太子を見つけても婚約者の話題は禁止 そんな選抜が始まるろうとしているなか国民から女神様と呼ばれている女性を知ることになる皇太子フィズケル。 フィズケルは落としていった女性のピアスと特徴を頼りにその女性を探すことになるが最後の一人になるまで見つけることが出来なく。最後の一人は悪名高い公爵令嬢。探している女神さまは貴族ではないと思っていた。 そしてフィズケルは見つけた同じピアスを付けた女神様を。

サーシャ・ハイルーンの日常(異世界に転生したけどトラブル体質なので心配です)

小鳥遊 ソラ(著者名:小鳥遊渉)
ファンタジー
 コミカライズに感謝し、『異世界に転生したけどトラブル体質なので心配です』の書籍化されていない非公開中のお話を修正加筆しております。  本編で語られていない、アルフレッドが木から落ちる前日、落ちた理由、落ちた後の変化も新しく作成しました。  妹のサーシャをメインにこちらに掲載させていただくことにしました。  サーシャの日常をメインにお届けし、たまに兄弟やマシューさん、メダリオン王家の方たちのお話もある予定です。  オマケとして作成したお話なので、一話ごとは短いです。非公開にしていた作品の加筆修正版で、折角書いたので一人でも読んで頂ければと別の作品として公開することにしました。  場面ですが、本編の途中途中で作成しているので、展開が飛ぶこともあります。  なお、本編の書籍化により設定が変更された部分も多々ありますので、符合していないところもあるかもしれませんが、見なかったことにしてください。  少しでも楽しんで頂ければ幸いです。 更新は不定期になります。  ※最後になりますが、作者のスキル不足により、不快な思いをなされる方がおられましたら、申し訳なく思っております。何卒、お許しくださいますようお願い申し上げます。  ※最後になりますが、作者のスキル不足により、不快な思いをなされる方がおられましたら、申し訳なく思っております。何卒、お許しくださいますようお願い申し上げます。   この作品は、空想の産物であり、現実世界とは一切無関係です。

single tear drop

ななもりあや
BL
兄だと信じていたひとに裏切られた未知。 それから3年後。 たった一人で息子の一太を育てている未知は、ある日、ヤクザの卯月遥琉と出会う。 素敵な表紙絵は絵師の佐藤さとさ様に描いていただきました。 一度はチャレンジしたかったBL大賞に思いきって挑戦してみようと思います。 よろしくお願いします

(ほぼ)1分で読める怖い話

アタリメ部長
ホラー
ほぼ1分で読める怖い話! 【ホラー・ミステリーでTOP10入りありがとうございます!】 1分で読めないのもあるけどね 主人公はそれぞれ別という設定です フィクションの話やノンフィクションの話も…。 サクサク読めて楽しい!(矛盾してる) ⚠︎この物語で出てくる場所は実在する場所とは全く関係御座いません ⚠︎他の人の作品と酷似している場合はお知らせください

指輪一つで買われた結婚。~問答無用で溺愛されてるが、身に覚えが無さすぎて怖い~

ぽんぽこ狸
恋愛
 婚約破棄をされて実家であるオリファント子爵邸に出戻った令嬢、シャロン。シャロンはオリファント子爵家のお荷物だと言われ屋敷で使用人として働かされていた。  朝から晩まで家事に追われる日々、薪一つ碌に買えない労働環境の中、耐え忍ぶように日々を過ごしていた。  しかしある時、転機が訪れる。屋敷を訪問した謎の男がシャロンを娶りたいと言い出して指輪一つでシャロンは売り払われるようにしてオリファント子爵邸を出た。  向かった先は婚約破棄をされて去ることになった王都で……彼はクロフォード公爵だと名乗ったのだった。  終盤に差し掛かってきたのでラストスパート頑張ります。ぜひ最後まで付き合ってくださるとうれしいです。

迅英の後悔ルート

いちみやりょう
BL
こちらの小説は「僕はあなたに捨てられる日が来ることを知っていながらそれでもあなたに恋してた」の迅英の後悔ルートです。 この話だけでは多分よく分からないと思います。

子ども扱いしないでください! 幼女化しちゃった完璧淑女は、騎士団長に甘やかされる

佐崎咲
恋愛
旧題:完璧すぎる君は一人でも生きていけると婚約破棄されたけど、騎士団長が即日プロポーズに来た上に甘やかしてきます 「君は完璧だ。一人でも生きていける。でも、彼女には私が必要なんだ」 なんだか聞いたことのある台詞だけれど、まさか現実で、しかも貴族社会に生きる人間からそれを聞くことになるとは思ってもいなかった。 彼の言う通り、私ロゼ=リンゼンハイムは『完璧な淑女』などと称されているけれど、それは努力のたまものであって、本質ではない。 私は幼い時に我儘な姉に追い出され、開き直って自然溢れる領地でそれはもうのびのびと、野を駆け山を駆け回っていたのだから。 それが、今度は跡継ぎ教育に嫌気がさした姉が自称病弱設定を作り出し、代わりに私がこの家を継ぐことになったから、王都に移って血反吐を吐くような努力を重ねたのだ。 そして今度は腐れ縁ともいうべき幼馴染みの友人に婚約者を横取りされたわけだけれど、それはまあ別にどうぞ差し上げますよというところなのだが。 ただ。 婚約破棄を告げられたばかりの私をその日訪ねた人が、もう一人いた。 切れ長の紺色の瞳に、長い金髪を一つに束ね、男女問わず目をひく美しい彼は、『微笑みの貴公子』と呼ばれる第二騎士団長のユアン=クラディス様。 彼はいつもとは違う、改まった口調で言った。 「どうか、私と結婚してください」 「お返事は急ぎません。先程リンゼンハイム伯爵には手紙を出させていただきました。許可が得られましたらまた改めさせていただきますが、まずはロゼ嬢に私の気持ちを知っておいていただきたかったのです」 私の戸惑いたるや、婚約破棄を告げられた時の比ではなかった。 彼のことはよく知っている。 彼もまた、私のことをよく知っている。 でも彼は『それ』が私だとは知らない。 まったくの別人に見えているはずなのだから。 なのに、何故私にプロポーズを? しかもやたらと甘やかそうとしてくるんですけど。 どういうこと? ============ 番外編は思いついたら追加していく予定です。 <レジーナ公式サイト番外編> 「番外編 相変わらずな日常」 レジーナ公式サイトにてアンケートに答えていただくと、書き下ろしweb番外編をお読みいただけます。 いつも攻め込まれてばかりのロゼが居眠り中のユアンを見つけ、この機会に……という話です。   ※転載・複写はお断りいたします。

処理中です...