上 下
30 / 50

030 若旦那様の秘密と身請け

しおりを挟む
そのきれいで品の良い男は、最初は商人の跡取りだと言った。つやつやなプラチナブロンドに青い瞳。同じ客なら醜い年寄りの男なんかよりずっといい。暫くこちらに滞在するというので、私は彼を大切に扱った。一晩中の時間を買ってくれるので楽だもの。



「あなたのような素敵な男性は見た事がないわ」

「そうかい?君みたいな若くて美しい女性なら、言い寄る男もさぞ多いだろう」

「そんな事……私は人見知りだから人気がないの。上手く話す事も出来ないもの……」



 男は初心うぶな女が大好きだ。わざわざ本当の事を言う必要はない。だから、純真で初心うぶで、男に慣れない様子をして見せてあげるのが重要なのだ。どうせ、これきりなのだから、上手く演じてしばらくは楽な仕事が出来そうだ。



「フローリア、また君に会いたいな。もし、君もそう思ってくれるなら……」

「もちろんよ。でも……あなたはもうすぐここを離れるのでしょ?」

「またきっと来るよ!君に会いたいからね……」



 どうせ嘘だと思った。男は皆同じような事を言う。こんな娼館の娼妓に心を残す事はない。商売で訪れているのだから、商売が終われば帰っていく。また商売で訪れる事があるかもしれないが、それがいつになるのかなんて分からないし、その時には私の事など忘れているだろう。



 だが、その男が帰った後に男の部下だという人が訪れた。

 この男も私を買うのかと思ったが、思いもかけない事を言い出した。



「あなたは、これからお客を取る必要はありません。”若様”がまたこちらに訪れます。それまでは、仕事をせずここで待っていて下さい」



 私は十三歳の時にこの店に売られてきた。お金持ち専門の娼館で、待遇が良い方ではあるが所詮は娼館だ。本能的に受け入れられないような男に買われても文句は言えない。一晩中、苦痛に耐え忍び、もう死んでしまいたいと思った事もあるが、それでも三年もここにいる。



 もう、ここで死んでいくのか、いつかお客がつかなくなったら追い出されるのか、いずれにしてもいい事なんて自分には起きないと思っていたのだ。



 でも、もう客を取らなくていいと言われた。あのきれいな若旦那様が、お金を払ってくれたそうだ。娼館の主人は私に、運がいいと言った。



 そのきれいな男は、約束通りまたやって来た。

「フローリア、会いたかった」

「私もよ。また来て貰えるとは思わなかった……」

 それは本心だった。



 きれいな若旦那様は、来れない間にお金を置いて行ってくれただけでなく、沢山のドレスや化粧品も送ってくれた。都会の令嬢が着るようなやつらしい。でも都会も令嬢も見た事がないから、どれ程の物かわからない。



 とにかく私は、若旦那様のお陰で、娼館からも大切にして貰えるようになったし、お客の相手をしなくてよくなったのが何より嬉しかった。



「ウィルはどうして、こんなに良くしてくれるの?」

 素朴な疑問を投げかけた。



「君を愛しているからだよ……」

 うっとりと潤む瞳で、私にそう囁いた。



(愛している?)



 私はその若旦那様がいつまで来てくれるのか、信用していなかった。せっかく嫌な仕事をせずに、お金が稼げるのだ。今のうちにお金を貯めて、ここを自力で出て行きたいと思っていた。せいぜい、それくらいの気持ちしかなかった。



 だけど、若旦那様は毎月やって来た。娼館の中では、このまま身請けされるのではないかと噂になった。



 ある時、あの若旦那様の部下がまたやって来た。

「フローリア様、あなた様を若旦那様が身請けされます。そのおつもりでいてください」



 若旦那様の部下は二人いて、何かあれば自分に言ってくれといい、私を”フローリア様”と呼ぶ。まるで、どこかのお嬢様になったような気分だ。噂通り、若旦那様は私を身請けしてくれるようだ。でも……私は若様がどこの人か良く知らない。



 ある日、若旦那様がやって来て、私に大切な話があると言う。

「フローリア、僕の妻になってくれ」

「……妻?」

「ああ、僕の妻だ。僕には妻が三人いる。君は四人目になるんだが、僕は君をきっと大切にして守ると約束するよ……」

 若旦那様は私を抱きしめて、私に口づけた。



 私は四人目の妻になるらしい。でもそれは、妻って言えるのだろうか?私にはよく分からなかった。



 そして、ある時別の若旦那様の部下がやってきた。オルターさんというらしい。いつも来る人はマクレガーさんだ。オルターさんは言った。

「フローリア様、今日でこの娼館は出て頂きます。ドット子爵の邸にお部屋をご用意いたしました。そちらで、ご結婚までお過ごしください。行儀見習いや簡単な勉強もして頂きます」



 行儀見習い?勉強をする?なぜ結婚するのに、そんな事をしないといけないのだろう?オルターさんにそう言うと、困ったような顔をしてこう答えた。

「フローリア様は、これから若旦那様の奥様になられます。ですから、色々と身に着けて頂かないといけないのです」



 正直に言うと、なんだか面倒くさいと思った。早く奥さんにしてくれればいいのに、なぜそんな回り道をするのだろう。実は娼館でも色々と学ばされた。お客さんがお金持ちばかりで貴族もいる。歌やダンス、そして手紙を書くための読み書きはきちんと出来るまでやらされた。だから、これ以上勉強なんかしなくても、それでいいじゃないかと思ったのだ。



 オルターさんに領主様の邸に連れて行ってもらってから、私は領主様のお邸で若様を待つ生活になった。実は、領主様も私のお客さんになった事があるが、それは秘密にしておけと、領主様に言われている。



 私は何から何まで特別待遇をされているような気がした。領主様のお邸でもそうだ。私専用の召使いがついて、領主様は「お義父様」と呼ぶように言った。

 次に来た時にその理由を、若旦那様が説明してくれた。



「驚かないで。フローリア。僕は国王なんだ……君は僕の三人目の側室になって、後宮で暮らすんだよ。だから、ドット子爵の養女になって僕と結婚するんだ。」



 私は驚いたが、何となく若旦那様は商人ではないと思っていた。だから、どこかの貴族のお坊ちゃまではないかと、疑っていたのだ。



(でも、まさか王様だなんて……この人が?)

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

女官になるはずだった妃

夜空 筒
恋愛
女官になる。 そう聞いていたはずなのに。 あれよあれよという間に、着飾られた私は自国の皇帝の妃の一人になっていた。 しかし、皇帝のお迎えもなく 「忙しいから、もう後宮に入っていいよ」 そんなノリの言葉を彼の側近から賜って後宮入りした私。 秘書省監のならびに本の虫である父を持つ、そんな私も無類の読書好き。 朝議が始まる早朝に、私は父が働く文徳楼に通っている。 そこで好きな著者の本を借りては、殿舎に籠る毎日。 皇帝のお渡りもないし、既に皇后に一番近い妃もいる。 縁付くには程遠い私が、ある日を境に平穏だった日常を壊される羽目になる。 誰とも褥を共にしない皇帝と、女官になるつもりで入ってきた本の虫妃の話。 更新はまばらですが、完結させたいとは思っています。 多分…

追放された悪役令嬢はシングルマザー

ララ
恋愛
神様の手違いで死んでしまった主人公。第二の人生を幸せに生きてほしいと言われ転生するも何と転生先は悪役令嬢。 断罪回避に奮闘するも失敗。 国外追放先で国王の子を孕んでいることに気がつく。 この子は私の子よ!守ってみせるわ。 1人、子を育てる決心をする。 そんな彼女を暖かく見守る人たち。彼女を愛するもの。 さまざまな思惑が蠢く中彼女の掴み取る未来はいかに‥‥ ーーーー 完結確約 9話完結です。 短編のくくりですが10000字ちょっとで少し短いです。

旦那様は大変忙しいお方なのです

あねもね
恋愛
レオナルド・サルヴェール侯爵と政略結婚することになった私、リゼット・クレージュ。 しかし、その当人が結婚式に現れません。 侍従長が言うことには「旦那様は大変忙しいお方なのです」 呆気にとられたものの、こらえつつ、いざ侯爵家で生活することになっても、お目にかかれない。 相変わらず侍従長のお言葉は「旦那様は大変忙しいお方なのです」のみ。 我慢の限界が――来ました。 そちらがその気ならこちらにも考えがあります。 さあ。腕が鳴りますよ! ※視点がころころ変わります。 ※※2021年10月1日、HOTランキング1位となりました。お読みいただいている皆様方、誠にありがとうございます。

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

お飾り王妃の受難〜陛下からの溺愛?!ちょっと意味がわからないのですが〜

湊未来
恋愛
 王に見捨てられた王妃。それが、貴族社会の認識だった。  二脚並べられた玉座に座る王と王妃は、微笑み合う事も、会話を交わす事もなければ、目を合わす事すらしない。そんな二人の様子に王妃ティアナは、いつしか『お飾り王妃』と呼ばれるようになっていた。  そんな中、暗躍する貴族達。彼らの行動は徐々にエスカレートして行き、王妃が参加する夜会であろうとお構いなしに娘を王に、けしかける。  王の周りに沢山の美しい蝶が群がる様子を見つめ、ティアナは考えていた。 『よっしゃ‼︎ お飾り王妃なら、何したって良いわよね。だって、私の存在は空気みたいなものだから………』  1年後……  王宮で働く侍女達の間で囁かれるある噂。 『王妃の間には恋のキューピッドがいる』  王妃付き侍女の間に届けられる大量の手紙を前に侍女頭は頭を抱えていた。 「ティアナ様!この手紙の山どうするんですか⁈ 流石に、さばききれませんよ‼︎」 「まぁまぁ。そんなに怒らないの。皆様、色々とお悩みがあるようだし、昔も今も恋愛事は有益な情報を得る糧よ。あと、ここでは王妃ティアナではなく新人侍女ティナでしょ」 ……あら?   この筆跡、陛下のものではなくって?  まさかね……  一通の手紙から始まる恋物語。いや、違う……  お飾り王妃による無自覚プチざまぁが始まる。  愛しい王妃を前にすると無口になってしまう王と、お飾り王妃と勘違いしたティアナのすれ違いラブコメディ&ミステリー

【完結】夫もメイドも嘘ばかり

横居花琉
恋愛
真夜中に使用人の部屋から男女の睦み合うような声が聞こえていた。 サブリナはそのことを気に留めないようにしたが、ふと夫が浮気していたのではないかという疑念に駆られる。 そしてメイドから衝撃的なことを打ち明けられた。 夫のアランが無理矢理関係を迫ったというものだった。

妻と夫と元妻と

キムラましゅろう
恋愛
復縁を迫る元妻との戦いって……それって妻(わたし)の役割では? わたし、アシュリ=スタングレイの夫は王宮魔術師だ。 数多くの魔術師の御多分に漏れず、夫のシグルドも魔術バカの変人である。 しかも二十一歳という若さで既にバツイチの身。 そんな事故物件のような夫にいつの間にか絆され絡めとられて結婚していたわたし。 まぁわたしの方にもそれなりに事情がある。 なので夫がバツイチでもとくに気にする事もなく、わたしの事が好き過ぎる夫とそれなりに穏やかで幸せな生活を営んでいた。 そんな中で、国王肝入りで魔術研究チームが組まれる事になったのだとか。そしてその編成されたチームメイトの中に、夫の別れた元妻がいて……… 相も変わらずご都合主義、ノーリアリティなお話です。 不治の誤字脱字病患者の作品です。 作中に誤字脱字が有ったら「こうかな?」と脳内変換を余儀なくさせられる恐れが多々ある事をご了承下さいませ。 性描写はありませんがそれを連想させるワードが出てくる恐れがありますので、破廉恥がお嫌いな方はご自衛下さい。 小説家になろうさんでも投稿します。

城内別居中の国王夫妻の話

小野
恋愛
タイトル通りです。

処理中です...