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26 ハル

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 自分の中にある古い記憶に囚われて、自分の何もかもが許せなくて、でもこうなったのは他人のせいだと怯えて、全部遠ざけていたのに。こうして状況の修復に成功すれば、今度は自分の内ではなく、外側に疑問を抱く。なんて身勝手で醜い感情なのかと辟易した。

「何もしないから、一緒に寝よう」

 立ち尽くしていた背中に声を掛けられ、驚いた時にはベッドに座らされていた。壁際にハルが横たわり、ここと示すようにポンポンと枕を叩く。っていうか枕二つ並べているって、誰かを呼ぶ為? 確かにホテルには高さ違いの枕が二つ用意されていたりするけど。

「なにそれ、誘う時の常套句?」

 今更、何を気負っていたのか。ハルが冗談めかして空気を換えてくれたから、肩の力が抜けた。

「その気だったら今頃組み敷いてるって」

 ニヤッと笑うハルの横に寝転ぶ。一緒の布団の中に入ると、お互いの体温で少し暑い。俺は天井を見ているのに、ハルが横顔を見て来るから、背を向けた。ハルが体を近づけて来て、腹に手を回された。背中におでこが当たっている。じんわりと温かく感じる。

「暑いんですけど」

 そう言いながら、お腹に回っている腕に手を重ねた。

「ホストやってたけど、今はもう何の繋がりもないから」

 そこにまだこだわっていたのかと驚く。言いたいのなら全部話せば良いと思って黙っていた。

「俺さ、ユウキに嫌われたくないから本当は言いたくなかったんだけど、女の子、ダメなんだ」

 ああ、まぁ、ゲイなんだし、その辺りは予想付いてるけど?

「性的にじゃなくて、存在がダメで、普段も関わらないようにして来た」

 お腹の前で重ねていた手を掴まれて、ギュッと力が入る。背中にあるおでこもギュッと押しつけられている。ちょっと苦しい。

「別に、俺もだし」

「そうじゃなくて」

 少し声が大きくなっている。ハルがどんな表情をしているか気になって、体を返して向き合った。視線が合う。上目遣いになったハルの表情は情けなく歪んでいる。そんなに気にする事? 嫌そうになったハルは仰向けになる。今度は俺がハルの横顔を観察する番だ。

「もっと傲慢なんだよ、俺。モテるの分かってて相手にしない感じ?」

「へえ? そうは見えないけど」

 誰とでも仲良く笑っているイメージしかない。といっても普段のハルを見た時間は短く、ほとんどがイメージなんだけど。

「だから変わったんだよ。ホストはリハビリ? みたいな感じで、人付き合い? 相手を喜ばせるプロだろ? ホストって。だから1年だけって決めてバイトしてた」

 ハルでも自分を変えようと思う瞬間があったって事? ハルくらい見目が良ければ、多少の傲慢さやワガママなんて見逃されそうなのに。

「ホントに前の俺って、数人の仲間と楽しくしてられたら良くて、それ以外はどうでも良かった。でも兄の彼女に指摘されてね、そんな傲慢な態度で社会に出たらどうするの? って言われて」

「お兄さんの彼女?」

 確かこの部屋で一緒に暮らしていて、彼女と同棲する為に家を出たと聞いた。

「うん、2年後に結婚する予定の相手で、俺と共同で歯医者さんする予定の相手」

「歯医者さん?」

 全然知らない。っていうか知らなくて当然か。まだ出会って1週間だ。

「そう、俺、歯科医になる為の大学に行ってる。兄の彼女は歯科医だよ。今は雇われでやってるけど、俺が歯科医になったら、二人で開院する予定で、兄が出資者な? ちなみにウチは両親も兄も医者で、俺だけ落ちこぼれだよ」

「歯医者だってすごいよ、っていうか金持ちの実態が明かされた感じ?」

「ウチはみんな個人主義だからね、自分で稼げが基本だけどね」

 それでこのマンションか。何気にある物の高級感にも納得が行く。なんか一般の庶民が普通にいていいのかと思ってしまう。

「わかった。なんか怖くなるからその話はいい。ホストやってた理由もわかった。俺は今のハルしか知らないから、昔がどうとか気にしないから。俺の方が酷いんだし」

 そうだった。俺ってこうやって他人と一緒に寝るとか、近距離で抱きしめ合うとか、ハル以外では考えられない状況だった。

「俺はハルに出会えて良かった」

 そう言うと、ハルが俺を見る。驚いた表情をしている。告白って言葉選びが難しい。どうしたらこの気持ちを言葉で言い表せるのか、考える時間がほしくて、枕に顔を埋めた。
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