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9 部屋の匂いって好き嫌いある

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 自分の家に初対面の男を連れ込むのは普通のことなのだろうか。

 入り口にセキュリティのあるお高そうなマンションに連れ込まれる。そう思うと躊躇われたのは一瞬のこと。

「大丈夫、信用して?」

 とか、男の常套句を言われて、手は出さないから、飲むだけ、指一本触れないよ、とか言いながら、連れ込んだら同意だろ? わかっていて着いて来たんだろ? とか、豹変するエロ動画を思い出して気後れする。この場合は手を出す前提だから違うのだけど、気分は良いように騙されて連れ込まれる馬鹿な女だ。

「この場合に警戒しなきゃダメなのは、複数とか薬とかかな?」

 とか、エレベーターに乗って、5階のボタンを押したなと、ぼんやりしている俺にハルが言った。

「警戒してない俺って馬鹿みたい?」

 最悪な状況は浮かぶのだけど、それをするハルは想像できない。

「うーん、どっちかと言うと嬉しいかな」

「……嬉しいのか」

 そういう発想は無かった。でもそうか。誘った相手が大人しく着いて来てくれたら嬉しいか。それが俺っていうのに戸惑うけど。一般的には。

 エレベーターが開いて降りる。何気に時計を確認して、22時過ぎ。終電は23時過ぎ。部屋に入ったら間に合わない。泊まる覚悟? それともタクシー代を覚悟する? わからない。

「どうぞ」

 って、ドアの鍵がスマホで開いた。開いた部屋からいい匂いがした。香水? フレグランス? 何かな。とりあえず匂いに敏感な俺だけど惹かれてしまう匂いに安心する。

「綺麗にしてるね」

 玄関に靴が一足も置かれていない。姿見があって、指紋の一つもない。明るい廊下に物が一つもなくて、左右にドアがあって、奥がキッチンとリビングになっている。そのリビングに通されて、広さに驚く。コの字型のキッチン台とカウンターテーブルと背の高い椅子が二脚。反対側がリビングで3人掛けのソファとラグ、観葉植物と白い壁に写すタイプのプロジェクター。ベランダに続く大窓とその外の夜景。5階だからそんなに高くないけど、遠くに見える都会の夜景は綺麗だ。

「すごい広いけど、一人暮らし?」

 キッチンに入ったハルはコーヒーか紅茶かビール? とか言ってて、コーヒーをお願いした。

「兄と暮らしてたけど、付き合ってる人と同棲するって出てっ行ったから今はひとり」

「へえ、良いね」

「ユウキは?」

 お湯を入れる音がする。コーヒーとお風呂。聞こえて来る音に狼狽えてしまう。

「姉がいるよ」

「そう、っぽいね」

「姉いそうに見える?」

「何となく。姉のいる男って優しいと思うんだよ。あと先回りしていろいろ気づくとか、部屋の中観察するタイプもそうだと思うよ。男兄弟だと無頓着だから、けっこう」

 なんか恥ずかしい。部屋見回したのって普通じゃないんだ。っていうかさ、まるっきり知らない人の部屋入るの初めてだし、自分の反応がどうだとか、知らずにいたんだよ。

「恥ずかしい?」

 クスッて笑われて、コーヒーを渡された。示されるままソファに座る。ハルはキッチンスペースの椅子に座った。3歩ほどの距離だけど、安全圏を保ってくれているのかと思うと、手慣れているとも思える。

「恥ずかしいよ。いろいろ見定められてる気がする」

「お互い様だと思うよ」

 コーヒーが美味しい。インスタントを飲み慣れているから、久しぶりにおいしいと思えるコーヒーを飲んだ。少しホッとする。でもお湯を入れる音が聞こえている。そういう予感にドキドキする。
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