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1章

16 ニアの価値

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 組織が用意している家は国内外各所に点在している。使用中、使用予約など、タブレットに送信されているから、空いていればどこでも使えるし、お金もいらない。さっきまでいた家は唯一の持ち家で、最上階をゴードンと使う生活は、思いの外楽しくて気軽で、5年も居たんだなと懐かしく思う。

 なんとなく海が見たくて車を走らせ、コンビニに寄って軽食を買う。ニアにはサンドイッチとミルクを渡した。トイレへ行くとニアが言うから、店内まで付き合ってトイレ前で待っていたけど、ニアのチョーカーは獣人用の首輪には見えないし、リードも付けていないから、普通に人に見えている。まぁ瞳の色が金っぽいのと犬歯が尖っているから、じっと見たらバレるんだけど、話しかける訳じゃないし、すれ違う程度ではわからない。だからより厄介で、トイレ前で30男が25男を待つ滑稽さよ。ニアは不安だろう。ひとりで堂々と行動した事がないだろうし、ひとりでいる時に獣人だと知られたら、通報されて警察が来る。捕まれば施設に逆戻りだし、志津木が名乗り出たとしても、罰金を取り立てられる。しかもそうだ。逃げたら名乗り出ないと言ってあるし、その辺も不安なのだろう。なにせ会ってまだ二日目だ。

「トイレ綺麗に使えたか?」

 とか、無駄な事を聞いてニアが少し不機嫌になるのが楽しい志津木は、会ってまだ二日目なのにな、と逆の事を思う。思いのほか楽しくて、もう手放せないという予感がしている。

「それくらいできます」

 時間を置いてのニアの発言に、笑ってしまった。

「ヨウって呼べないのに?」

 リードがないのが不安なのか、ニアは首元を良く触る。リードもないのに、一歩後ろの距離を保とうとするし、そういう所は時間の解決を待つしかないのだろう。

「海辺の家にしようかな」

 タブレットで目ぼしい場所を探して予約する。とりあえず5日間。ニアの解約か契約かを決める7日後まで。とりあえず。

「別荘ですか?」

「うん、まぁそんなとこ」

 ニアの元飼い主を始末したから、その組織に探されているかも、なんてわざわざ言う必要はない。仮に探されたとして、あのマンションにはゴードンがいる。纐纈が監視している案件だ。後始末は完璧だろう。志津木が従順でいる間は。

「おまえは何なんだろうね?」

 運転を続けながらふと呟く。

「獣人ですが」

 単純な答えが返ってきて和む。

「可愛いね、ニアは」

 髪をぐしゃぐしゃに撫でてやると、くすぐったそうに肩を窄める。手櫛で髪を撫でながら不服そうな顔つきをするけど、何となく喜んでいると分かる。

「もっと良い飼い主がいると思うけど、俺で我慢しろ」

 組織だって送られて来た獣人だ。組織にとって何らかのメリットがあるのだろう。ニアの価値。それは明かされていないけど、志津木は体のいい護衛役なんだろう。ニアにこそ価値がある。何の価値があるのか、分かるまで一緒にいられるのか……いられるのかと思うのだから、いたいんだろうと自己分析して、たった2日でどこまで落とされているのか、自嘲ぎみに笑った。
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