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1章

14 死人の人生

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 朝の清々しく晴れ渡った車内で、昨夜の背徳感と1ヶ月前の失態を突き付けられて非難されている面持になりながら、どうしたものかと考えている。

「ニアは前の飼い主に何をされた? どんな暮らしをしていた?」

 そう問うと、車の揺れと暖かさでウトウトしていたニアがビクンと覚醒する。

「……言わないとダメですか?」

 言いたくない気持ちは分かる。でも聞いておかなければ、今後の扱いに困る。

「一回だけ教えて、後は聞かない」

 たぶん、と心の中で呟く。

「初めていた場所は住み込みの学校でした。人の事を学んで、数ヶ国語と計算、あとは人との交尾を学びました。15の時にご主人様を得て、沢山いる子の中のひとりになりました。でも具合が悪かったのか、見目が気に入らなかったのか、捨てられて、野良を数年していました。そこで戦い方を知り、餌を得たり、安全な寝ぐらを探したり、生きる事に必死でいたら、次のご主人様に拾われました。その時、背中と尾の手術を受けました。そこで数年暮らし、ご主人様が船に乗っている時、隙を見て海に飛び込み、死ぬつもりだったけど、別の船に拾われたらしく、あとはご主人様に会うまで施設で暮らしていました」

「最初のご主人は良い人?」

 あの女だけがニアを虐めたのか。

「仲間がたくさんいました。尻尾も耳もある子もいたし、小柄な可愛い種族の子もいました。もしかしたら人の言うペットショップだったのかもしれません。良く思い出せない部分がたくさんあります。たぶん、たくさん叩かれて、痛いのいっぱいだったから、忘れてしまったのだと思います」

 車の座席の距離がいいのだろう。お互いに動けない状況も良いのかも。家にいた時よりも話してくれている。少し拙い言語は、大陸の言語に慣れていたせいで、この数年話して覚えたこの国の言語だからかもしれない。

「これ、嬉しいです。タグも鎖で、格好良いし。ありがとうございます」

 ニアが志津木を見て初めて笑う。首のチョーカーとタグの鎖を気に入ったって、どっちも義務で用意した物だ。気に入ったのなら嬉しいが、渋々用意していた自分が思い出され、苦い思いを抱いた。

「それは良かった。よく似合っているよ」

 なんて返して、気持ちに蓋をする。

「俺の事をご主人様って呼ぶのはやめて欲しいな。逃亡生活をする気はないけど、リードは付けたくない。25歳の男の子に呼んでもらってしっくり来る30男の呼び名って何かな?」

 うーんと考える。実の弟と一緒に暮らしていた最後は高校3年で、弟は中2だった。ニアと同い年か。その時は兄貴と呼ばれていて、喧嘩をすると呼び捨てにされた。

「ヨウとは呼べない?」

「はい」

 おずおずと告げて来る。さん付けも嫌だし、兄貴も嫌だ。どうしたものか。

「ヨウは本名じゃないよ。志津木夜雨は組織が用意した第二の名だよ。だったら呼べない? セフレも友人もみな偽名しか知らない寂しい人生なんだ」

 これは事実だ。志津木は本名じゃないので過去や親類を探されてもたどり着かない。上司の纐纈にも無理だ。志津木は一度存在を失っている。本名の男はすでにこの世になく、跡形もなく消え去っている。まるで異世界に転移したように。
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