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4 この感情はアレだ
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自分の行動の意図がわからない。
いつもより早く混み出した店内に押し出されるように店を出て、あと1時間をどう潰そうかと街を歩いていたが、マンションのエントランスに辿り着いた時には、紙袋が両手いっぱいになっていた。
「ただいま」
妙な感覚だった。
自宅に帰るのに「ただいま」を言ったのはいつぶりだ?
「はぁい、おかえりなさい」
エプロンを付けて、頭に布をかぶったミルルが、恥ずかしそうに布を取りながら笑顔を向けている。それから時計を見て、少々落ち込んだようだ。
玄関から入って奥のダイニングキッチンに行き、テーブルに荷物を置く。
「ごめんなさい」
しゅんとしたミルルが追いかけて来た。
「いや、十分だよ、ありがとう」
「でも、本当はもっとお掃除できたと思うんです。もっと」
見たところ、玄関からこのダイニングキッチンまでで精一杯だったようで、寝室や水回りにまでは及んでいないようだ。
「2時間だ。これだけでも十分有難いよ。お茶を入れる。休憩して行くと良い」
「あ、でしたら僕が」
お茶を入れようとするミルルを止めて、テーブルの席に座らせた。
「休憩もお仕事だよ」
テーブルに乗せた紙袋を椅子の上に下ろし、お湯を沸かしに行く。
「ありがとうございます」
ちょこんと椅子に座っているミルルは本当に小さい。孤児院の子にしては素直すぎるくらいで、どうやって暮らしたらこんな可愛くなるのかと思うくらいだ。
自分の思考に驚く。
お湯を沸かす為にミルルに背を向けていて良かった。自分の思考にテレるとか、良い大人が恥ずかしい。
「ミルルくんは幾つ?」
「あ、はい、来年成人を迎える17歳です」
「17?」
思わず大きく声に出してしまった。
「見えませんか?」
「いや、悪い。そうじゃないよ」
そうなのだが、誤魔化した。
17だと? 13、4だと思っていた。小柄なのはリスだからだろうが、こんなに擦れていない17歳は初めて見る。
小動物系の獣人は、早くに伴侶を見つけようとする。力が弱いぶん、未成年法に守られているうちに、相手をはっきり主張して、好き勝手にされない為だ。
それは主に女性の話だが、男性はもっと大変だ。小動物系の獣人は力が弱いとみなされ、女性に選ばれにくい難点があるから。見目だけで敬遠される場合も多い。
強い系統の獣人が好まれるこの世の中で、リスの獣人男性は立場が弱い。
だから小動物系の獣人は、相手を見つける為に積極的なイメージがあるのだが。ミルルを見ていると不安になる。こんなに弱々しくて生きて行ける?
「熱いから気をつけて」
紅茶を出し、砂糖とミルクを前に置く。
「ありがとうございます」
ぱぁっと明るくなる笑顔に癒される。
……もう、ダメだな、と思う。
これはダメだ。
小動物系の獣人に惚れたら、その瞬間に射止めなければ、次に会う時には奪われている。そういう“教え”がある。
ミルルの前に座りながら、買って来たばかりのお菓子を出す。
「良かったら」
「嬉しい、僕、甘いお菓子が大好きなんです」
……ああ、ダメだ。
これはもう、ダメなんだろう。
紅茶に砂糖を二個入れて、ミルクをたっぷり注いでいる。丸いクッキーの詰め合わせの中から、ナッツ入りの物を選んで、両手で持ってかじっている。
お茶を飲んで誤魔化しながら、観察するのの楽しいこと。
「あのさ、ミルルくん、君には決まった相手がいるのかい?」
獣人は匂いに敏感だ。
パートナーがいればすぐにわかる。だが未成年の匂いは難しい。特にミルルは孤児院暮らしだから、いろんな獣人と触れ合っているのだろう。混じり合う幼いにおいがたくさんついている。
「いませんよ?」
可愛く小首を傾げられて、心の中でニヤついた。
いや、でも私は狐の獣人だ。なんとも中途半端な立ち位置で、もっと強い相手が良いと振られる場合が多い。
それに仕事も魅力の少ない会社勤めだ。ミルルにアピールするポイントなど無くはないか?
いやいや、30手前の男の思考がこれか? 自分で自分が嫌になる。
いつもより早く混み出した店内に押し出されるように店を出て、あと1時間をどう潰そうかと街を歩いていたが、マンションのエントランスに辿り着いた時には、紙袋が両手いっぱいになっていた。
「ただいま」
妙な感覚だった。
自宅に帰るのに「ただいま」を言ったのはいつぶりだ?
「はぁい、おかえりなさい」
エプロンを付けて、頭に布をかぶったミルルが、恥ずかしそうに布を取りながら笑顔を向けている。それから時計を見て、少々落ち込んだようだ。
玄関から入って奥のダイニングキッチンに行き、テーブルに荷物を置く。
「ごめんなさい」
しゅんとしたミルルが追いかけて来た。
「いや、十分だよ、ありがとう」
「でも、本当はもっとお掃除できたと思うんです。もっと」
見たところ、玄関からこのダイニングキッチンまでで精一杯だったようで、寝室や水回りにまでは及んでいないようだ。
「2時間だ。これだけでも十分有難いよ。お茶を入れる。休憩して行くと良い」
「あ、でしたら僕が」
お茶を入れようとするミルルを止めて、テーブルの席に座らせた。
「休憩もお仕事だよ」
テーブルに乗せた紙袋を椅子の上に下ろし、お湯を沸かしに行く。
「ありがとうございます」
ちょこんと椅子に座っているミルルは本当に小さい。孤児院の子にしては素直すぎるくらいで、どうやって暮らしたらこんな可愛くなるのかと思うくらいだ。
自分の思考に驚く。
お湯を沸かす為にミルルに背を向けていて良かった。自分の思考にテレるとか、良い大人が恥ずかしい。
「ミルルくんは幾つ?」
「あ、はい、来年成人を迎える17歳です」
「17?」
思わず大きく声に出してしまった。
「見えませんか?」
「いや、悪い。そうじゃないよ」
そうなのだが、誤魔化した。
17だと? 13、4だと思っていた。小柄なのはリスだからだろうが、こんなに擦れていない17歳は初めて見る。
小動物系の獣人は、早くに伴侶を見つけようとする。力が弱いぶん、未成年法に守られているうちに、相手をはっきり主張して、好き勝手にされない為だ。
それは主に女性の話だが、男性はもっと大変だ。小動物系の獣人は力が弱いとみなされ、女性に選ばれにくい難点があるから。見目だけで敬遠される場合も多い。
強い系統の獣人が好まれるこの世の中で、リスの獣人男性は立場が弱い。
だから小動物系の獣人は、相手を見つける為に積極的なイメージがあるのだが。ミルルを見ていると不安になる。こんなに弱々しくて生きて行ける?
「熱いから気をつけて」
紅茶を出し、砂糖とミルクを前に置く。
「ありがとうございます」
ぱぁっと明るくなる笑顔に癒される。
……もう、ダメだな、と思う。
これはダメだ。
小動物系の獣人に惚れたら、その瞬間に射止めなければ、次に会う時には奪われている。そういう“教え”がある。
ミルルの前に座りながら、買って来たばかりのお菓子を出す。
「良かったら」
「嬉しい、僕、甘いお菓子が大好きなんです」
……ああ、ダメだ。
これはもう、ダメなんだろう。
紅茶に砂糖を二個入れて、ミルクをたっぷり注いでいる。丸いクッキーの詰め合わせの中から、ナッツ入りの物を選んで、両手で持ってかじっている。
お茶を飲んで誤魔化しながら、観察するのの楽しいこと。
「あのさ、ミルルくん、君には決まった相手がいるのかい?」
獣人は匂いに敏感だ。
パートナーがいればすぐにわかる。だが未成年の匂いは難しい。特にミルルは孤児院暮らしだから、いろんな獣人と触れ合っているのだろう。混じり合う幼いにおいがたくさんついている。
「いませんよ?」
可愛く小首を傾げられて、心の中でニヤついた。
いや、でも私は狐の獣人だ。なんとも中途半端な立ち位置で、もっと強い相手が良いと振られる場合が多い。
それに仕事も魅力の少ない会社勤めだ。ミルルにアピールするポイントなど無くはないか?
いやいや、30手前の男の思考がこれか? 自分で自分が嫌になる。
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