20 / 68
竜の渓谷
6
しおりを挟む
ツヴァイは、人のいる場所から戻って来ても、人化を解かないシャルを心配して傍に行った。シャルの中に渦巻く怒りもツヴァイには届いている。ツヴァイが傍にいることで、シャルの怒りを少しでも和らげられたらと思い、起こした行動だった。だがシャルは黒竜が近づいたせいでより反発し、人化を解いて黒竜に咆哮をあげた。
咆哮により、シャルの怒りが膨れ上がり、竜の渓谷を見張る竜たちに伝わる。何度も繰り返される竜の咆哮が渓谷に響き、驚き飛び立つ翼の動きで砂塵が巻き起こる。その警戒の声を聞いた竜たちが上空に集まって来た。
黒竜が白銀の竜を止めるように動くが、白銀の竜に敵う存在は竜の中にない。白銀の竜がその意志を優先させれば、他の竜もそれに従う。
竜化のままでは意志のやり取りはできても言葉のやり取りはできない。黒竜は竜化を解いた。
「いい加減にしろ! ここを混乱に貶めるのか!」
ツヴァイの言葉が白銀の竜に届く。シャルも竜の混乱を望んでいる訳ではない。ただ怒りが治まらないだけだ。
竜の姿よりも人化の方が幾分マシなのだろう。シャルも人化をする。人の管制塔の中にも混乱が見える。竜の暴走を初めて見たのだろう。だが実際は異世界同士の空間がつながっているだけだ。竜が暴れようが空間の遮断が起きるだけで、実際の影響はない。だが見目の迫力は人を怯えさせるのだろう。
人化したシャルは怒りを鎮める為に大きく息を吸い、吐き出している。心を鎮めようとも、怒りは消えない。ただその怒りをシャルの中だけに留めようと努めていた。
「どうした?」
周りへの影響を抑え込み始めたシャルにツヴァイが問う。
シャルの表情は痛みに耐えているように歪んでいる。
「カレンの血の匂いが濃い。死にそうだ」
「見捨てるのか、取り戻すのか」
「取り戻すに決まっている!」
ツヴァイの言葉が終わらぬうちに、シャルの言葉が重なる。
シャルの怒りの影響は抑えられているが、一度興奮状態になった竜の動きは簡単に止まらない。方々で喧嘩がおき、それを止める為に向かった竜との間でさらに事態が悪化を見せている。
「このまま続けば空間が歪む。おまえはここにいろ、俺が向こうにいる者に伝えて来る」
ツヴァイの言葉など少しも伝わっていないのだろう。シャルは管制塔のガラス面が歪んで見えたことに焦りを見せ、いつも行く部屋の入口へ向かい、走って行った。
「シャル・デ・アイル! 行くな!」
ツヴァイは竜化をしてシャルを追いかけた。止めなければならない。シャルを向こうに行かせたまま空間を閉じることだけは避けなければならない。
シャルの前に回り込んだ黒竜を、竜化したシャルが力尽くで倒して行く。空間の入り口で竜化を解いたシャルは、カレンの死に行く匂いを感じ、怒りと恐れで我を忘れた。腹に熱が加えられる。衝撃で後ろに倒れた。吐き気を催す匂いが目の前にある。
「やった! 僕が竜を殺した! これで僕は自由になれる!」
両手を血に染めた男が地に座り込み、狂った表情で笑っている。
「シャル!」
ツヴァイが駆け付けた時には、シャルの腹にはナイフが刺さっていた。
目前に座る男の腹を怒りのままに蹴りつぶした。カエルがつぶれるような音がしたが、ツヴァイにはどうでも良いことだった。
シャルを抱きかかえ、歪む空間から竜の渓谷側へ走る。もっと人に制裁を加えたい気持ちが怒りと共に湧き上がっているが、シャルの命に代えられるものなど何一つない。
腹にナイフを突き刺したまま、シャルはカレンの名を呼び続けている。体の痛みよりも心の痛みの方が大きいのだろう。抗うシャルを絶対に離さないと、ツヴァイは黒竜の力を最大限に使い、やっとのことでシャルを留めている。
竜の渓谷から、管制塔の映像が消えた。
咆哮により、シャルの怒りが膨れ上がり、竜の渓谷を見張る竜たちに伝わる。何度も繰り返される竜の咆哮が渓谷に響き、驚き飛び立つ翼の動きで砂塵が巻き起こる。その警戒の声を聞いた竜たちが上空に集まって来た。
黒竜が白銀の竜を止めるように動くが、白銀の竜に敵う存在は竜の中にない。白銀の竜がその意志を優先させれば、他の竜もそれに従う。
竜化のままでは意志のやり取りはできても言葉のやり取りはできない。黒竜は竜化を解いた。
「いい加減にしろ! ここを混乱に貶めるのか!」
ツヴァイの言葉が白銀の竜に届く。シャルも竜の混乱を望んでいる訳ではない。ただ怒りが治まらないだけだ。
竜の姿よりも人化の方が幾分マシなのだろう。シャルも人化をする。人の管制塔の中にも混乱が見える。竜の暴走を初めて見たのだろう。だが実際は異世界同士の空間がつながっているだけだ。竜が暴れようが空間の遮断が起きるだけで、実際の影響はない。だが見目の迫力は人を怯えさせるのだろう。
人化したシャルは怒りを鎮める為に大きく息を吸い、吐き出している。心を鎮めようとも、怒りは消えない。ただその怒りをシャルの中だけに留めようと努めていた。
「どうした?」
周りへの影響を抑え込み始めたシャルにツヴァイが問う。
シャルの表情は痛みに耐えているように歪んでいる。
「カレンの血の匂いが濃い。死にそうだ」
「見捨てるのか、取り戻すのか」
「取り戻すに決まっている!」
ツヴァイの言葉が終わらぬうちに、シャルの言葉が重なる。
シャルの怒りの影響は抑えられているが、一度興奮状態になった竜の動きは簡単に止まらない。方々で喧嘩がおき、それを止める為に向かった竜との間でさらに事態が悪化を見せている。
「このまま続けば空間が歪む。おまえはここにいろ、俺が向こうにいる者に伝えて来る」
ツヴァイの言葉など少しも伝わっていないのだろう。シャルは管制塔のガラス面が歪んで見えたことに焦りを見せ、いつも行く部屋の入口へ向かい、走って行った。
「シャル・デ・アイル! 行くな!」
ツヴァイは竜化をしてシャルを追いかけた。止めなければならない。シャルを向こうに行かせたまま空間を閉じることだけは避けなければならない。
シャルの前に回り込んだ黒竜を、竜化したシャルが力尽くで倒して行く。空間の入り口で竜化を解いたシャルは、カレンの死に行く匂いを感じ、怒りと恐れで我を忘れた。腹に熱が加えられる。衝撃で後ろに倒れた。吐き気を催す匂いが目の前にある。
「やった! 僕が竜を殺した! これで僕は自由になれる!」
両手を血に染めた男が地に座り込み、狂った表情で笑っている。
「シャル!」
ツヴァイが駆け付けた時には、シャルの腹にはナイフが刺さっていた。
目前に座る男の腹を怒りのままに蹴りつぶした。カエルがつぶれるような音がしたが、ツヴァイにはどうでも良いことだった。
シャルを抱きかかえ、歪む空間から竜の渓谷側へ走る。もっと人に制裁を加えたい気持ちが怒りと共に湧き上がっているが、シャルの命に代えられるものなど何一つない。
腹にナイフを突き刺したまま、シャルはカレンの名を呼び続けている。体の痛みよりも心の痛みの方が大きいのだろう。抗うシャルを絶対に離さないと、ツヴァイは黒竜の力を最大限に使い、やっとのことでシャルを留めている。
竜の渓谷から、管制塔の映像が消えた。
0
お気に入りに追加
153
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
傷だらけの僕は空をみる
猫谷 一禾
BL
傷を負った少年は日々をただ淡々と暮らしていく。
生を終えるまで、時を過ぎるのを暗い瞳で過ごす。
諦めた雰囲気の少年に声をかける男は軽い雰囲気の騎士団副団長。
身体と心に傷を負った少年が愛を知り、愛に満たされた幸せを掴むまでの物語。
ハッピーエンドです。
若干の胸くそが出てきます。
ちょっと痛い表現出てくるかもです。
黄色い水仙を君に贈る
えんがわ
BL
──────────
「ねぇ、別れよっか……俺たち……。」
「ああ、そうだな」
「っ……ばいばい……」
俺は……ただっ……
「うわああああああああ!」
君に愛して欲しかっただけなのに……
オッサン、エルフの森の歌姫【ディーバ】になる
クロタ
BL
召喚儀式の失敗で、現代日本から異世界に飛ばされて捨てられたオッサン(39歳)と、彼を拾って過保護に庇護するエルフ(300歳、外見年齢20代)のお話です。
愛する者の腕に抱かれ、獣は甘い声を上げる
すいかちゃん
BL
獣の血を受け継ぐ一族。人間のままでいるためには・・・。
第一章 「優しい兄達の腕に抱かれ、弟は初めての発情期を迎える」
一族の中でも獣の血が濃く残ってしまった颯真。一族から疎まれる存在でしかなかった弟を、兄の亜蘭と玖蘭は密かに連れ出し育てる。3人だけで暮らすなか、颯真は初めての発情期を迎える。亜蘭と玖蘭は、颯真が獣にならないようにその身体を抱き締め支配する。
2人のイケメン兄達が、とにかく弟を可愛がるという話です。
第二章「孤独に育った獣は、愛する男の腕に抱かれ甘く啼く」
獣の血が濃い護は、幼い頃から家族から離されて暮らしていた。世話係りをしていた柳沢が引退する事となり、代わりに彼の孫である誠司がやってくる。真面目で優しい誠司に、護は次第に心を開いていく。やがて、2人は恋人同士となったが・・・。
第三章「獣と化した幼馴染みに、青年は変わらぬ愛を注ぎ続ける」
幼馴染み同士の凛と夏陽。成長しても、ずっと一緒だった。凛に片思いしている事に気が付き、夏陽は思い切って告白。凛も同じ気持ちだと言ってくれた。
だが、成人式の数日前。夏陽は、凛から別れを告げられる。そして、凛の兄である靖から彼の中に獣の血が流れている事を知らされる。発情期を迎えた凛の元に向かえば、靖がいきなり夏陽を羽交い締めにする。
獣が攻めとなる話です。また、時代もかなり現代に近くなっています。
失恋して崖から落ちたら、山の主の熊さんの嫁になった
無月陸兎
BL
ホタル祭で夜にホタルを見ながら友達に告白しようと企んでいた俺は、浮かれてムードの欠片もない山道で告白してフラれた。更には足を踏み外して崖から落ちてしまった。
そこで出会った山の主の熊さんと会い俺は熊さんの嫁になった──。
チョロくてちょっぴりおつむが弱い主人公が、ひたすら自分の旦那になった熊さん好き好きしてます。
【完結】運命さんこんにちは、さようなら
ハリネズミ
BL
Ωである神楽 咲(かぐら さき)は『運命』と出会ったが、知らない間に番になっていたのは別の人物、影山 燐(かげやま りん)だった。
とある誤解から思うように優しくできない燐と、番=家族だと考え、家族が欲しかったことから簡単に受け入れてしまったマイペースな咲とのちぐはぐでピュアなラブストーリー。
==========
完結しました。ありがとうございました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる