竜の卵を宿すお仕事

サクラギ

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竜の渓谷

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 ツヴァイは、人のいる場所から戻って来ても、人化を解かないシャルを心配して傍に行った。シャルの中に渦巻く怒りもツヴァイには届いている。ツヴァイが傍にいることで、シャルの怒りを少しでも和らげられたらと思い、起こした行動だった。だがシャルは黒竜が近づいたせいでより反発し、人化を解いて黒竜に咆哮をあげた。

 咆哮により、シャルの怒りが膨れ上がり、竜の渓谷を見張る竜たちに伝わる。何度も繰り返される竜の咆哮が渓谷に響き、驚き飛び立つ翼の動きで砂塵が巻き起こる。その警戒の声を聞いた竜たちが上空に集まって来た。

 黒竜が白銀の竜を止めるように動くが、白銀の竜に敵う存在は竜の中にない。白銀の竜がその意志を優先させれば、他の竜もそれに従う。

 竜化のままでは意志のやり取りはできても言葉のやり取りはできない。黒竜は竜化を解いた。

「いい加減にしろ! ここを混乱に貶めるのか!」

 ツヴァイの言葉が白銀の竜に届く。シャルも竜の混乱を望んでいる訳ではない。ただ怒りが治まらないだけだ。
 竜の姿よりも人化の方が幾分マシなのだろう。シャルも人化をする。人の管制塔の中にも混乱が見える。竜の暴走を初めて見たのだろう。だが実際は異世界同士の空間がつながっているだけだ。竜が暴れようが空間の遮断が起きるだけで、実際の影響はない。だが見目の迫力は人を怯えさせるのだろう。

 人化したシャルは怒りを鎮める為に大きく息を吸い、吐き出している。心を鎮めようとも、怒りは消えない。ただその怒りをシャルの中だけに留めようと努めていた。

「どうした?」

 周りへの影響を抑え込み始めたシャルにツヴァイが問う。
 シャルの表情は痛みに耐えているように歪んでいる。

「カレンの血の匂いが濃い。死にそうだ」

「見捨てるのか、取り戻すのか」

「取り戻すに決まっている!」

 ツヴァイの言葉が終わらぬうちに、シャルの言葉が重なる。
 シャルの怒りの影響は抑えられているが、一度興奮状態になった竜の動きは簡単に止まらない。方々で喧嘩がおき、それを止める為に向かった竜との間でさらに事態が悪化を見せている。

「このまま続けば空間が歪む。おまえはここにいろ、俺が向こうにいる者に伝えて来る」

 ツヴァイの言葉など少しも伝わっていないのだろう。シャルは管制塔のガラス面が歪んで見えたことに焦りを見せ、いつも行く部屋の入口へ向かい、走って行った。

「シャル・デ・アイル! 行くな!」

 ツヴァイは竜化をしてシャルを追いかけた。止めなければならない。シャルを向こうに行かせたまま空間を閉じることだけは避けなければならない。

 シャルの前に回り込んだ黒竜を、竜化したシャルが力尽くで倒して行く。空間の入り口で竜化を解いたシャルは、カレンの死に行く匂いを感じ、怒りと恐れで我を忘れた。腹に熱が加えられる。衝撃で後ろに倒れた。吐き気を催す匂いが目の前にある。

「やった! 僕が竜を殺した! これで僕は自由になれる!」

 両手を血に染めた男が地に座り込み、狂った表情で笑っている。

「シャル!」

 ツヴァイが駆け付けた時には、シャルの腹にはナイフが刺さっていた。
 目前に座る男の腹を怒りのままに蹴りつぶした。カエルがつぶれるような音がしたが、ツヴァイにはどうでも良いことだった。

 シャルを抱きかかえ、歪む空間から竜の渓谷側へ走る。もっと人に制裁を加えたい気持ちが怒りと共に湧き上がっているが、シャルの命に代えられるものなど何一つない。

 腹にナイフを突き刺したまま、シャルはカレンの名を呼び続けている。体の痛みよりも心の痛みの方が大きいのだろう。抗うシャルを絶対に離さないと、ツヴァイは黒竜の力を最大限に使い、やっとのことでシャルを留めている。

 竜の渓谷から、管制塔の映像が消えた。
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