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※残酷表現あり
————
薄暗い幌の中で上下左右に揺れる振動に耐えながら、思うのはハーツの事だ。
馬車の行方は知らない。人を裁く特別な場所があるのか、罪人を収容する施設があるのか。紘伊はハーツから得た僅かな事しか知らない。
「連れ出してやろうか?」
揺れに乗じて侵入して来た者がいる。
紘伊とトオルは息を飲んで声の方を見た。紘伊は彼の行動の身勝手さを知っていたから呆れただけだが、トオルは獣人に慣れていない。紘伊の腕を掴んで怯えてしまった。
小さな牢の入り口側の、幌と牢との隙間に侵入して来たのはオーギュだ。馬車の周りには中央区の兵が警護していた筈なのに。さすが虎の獣人と言った所だろうか。
「そんな事をしたら逃亡犯として追われるだけだろ?」
紘伊はトオルを宥めるように腕を掴んでいる手を取りながらオーギュに答える。
「誰?」
トオルの疑問にどう答えたら良いのか迷った答えがこれだ。
「知り合い?」
「は? 仲良く逃げた仲だろ?」
オーギュが牢の柵をガタガタする。馬車の揺れに紛れているが、獣人って耳が良かったのでは? 普通に会話をしているけど大丈夫なのか。
「ハーツはどこにいるの?」
時間が無いから知りたい事を言ったら、オーギュお得意の舌打ちが聞こえた。
「さーな、知るかよ」
「俺たちはどこへ向かってる?」
「教える義理はねえな」
紘伊は口ごもる。オーギュに答える意思がないのだと分かる。
「これ以上悪く思われたくない。俺たちは逃げないから、悪いけど行ってくれる?」
「おまえは?」
オーギュがトオルを見る。
トオルは紘伊の腕を掴んだまま震えている。
「こいつは逃れられるかも知れねえけど、おまえは無理かもな、どうする? 今なら連れて行けるぜ?」
何の誘惑なのか。オーギュの視線はトオルを向いたまま据えられている。トオルは視線を逸らして紘伊に助けを求めた。どうしたら良い? と小声が聞こえる。
「無理ってなに?」
「殺処分?」
紘伊はオーギュの言葉の選択に気分が悪くなった。獣人語と人語との齟齬だろうか。本来の意味と同じなら恐ろしすぎる。
「何を言ってる? そんなのありえ……」
ありえない、あってはならない行為だ。そう続けたかった。
「おまえらだってしてるじゃねえか。いらなくなったら捨てて処分するんだろ? 俺ら同胞も実験体としてずいぶん酷い目に合っていたんだぜ? 知らねえって? 関係ない? いいご身分だぜ」
それをしたのは自分じゃない。自分はそんな事を絶対にしない。紘伊はそう考えて悔しく思う。でもそれが事実なら、紘伊は人だ。人としての罪が科せられる。
「もう良いよ」
トオルのか細い声が届いた。
「俺はもう良いから」
トオルは紘伊の肩に額を乗せて、現実から目を背けている。
「裁かれるなら、ハーツの意思に従うよ」
トオルを抱きしめて背中を撫でる。大丈夫とは言えない。だけど意思は失わない。オーギュを睨んでそう言えば、オーギュは舌打ちをしてから去って行った。
■■■
書いている今日は猫の日です。
R5、2、22
殺処分ゼロ運動、応援しています。
ウチには耳の欠けた黒猫がいます。
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薄暗い幌の中で上下左右に揺れる振動に耐えながら、思うのはハーツの事だ。
馬車の行方は知らない。人を裁く特別な場所があるのか、罪人を収容する施設があるのか。紘伊はハーツから得た僅かな事しか知らない。
「連れ出してやろうか?」
揺れに乗じて侵入して来た者がいる。
紘伊とトオルは息を飲んで声の方を見た。紘伊は彼の行動の身勝手さを知っていたから呆れただけだが、トオルは獣人に慣れていない。紘伊の腕を掴んで怯えてしまった。
小さな牢の入り口側の、幌と牢との隙間に侵入して来たのはオーギュだ。馬車の周りには中央区の兵が警護していた筈なのに。さすが虎の獣人と言った所だろうか。
「そんな事をしたら逃亡犯として追われるだけだろ?」
紘伊はトオルを宥めるように腕を掴んでいる手を取りながらオーギュに答える。
「誰?」
トオルの疑問にどう答えたら良いのか迷った答えがこれだ。
「知り合い?」
「は? 仲良く逃げた仲だろ?」
オーギュが牢の柵をガタガタする。馬車の揺れに紛れているが、獣人って耳が良かったのでは? 普通に会話をしているけど大丈夫なのか。
「ハーツはどこにいるの?」
時間が無いから知りたい事を言ったら、オーギュお得意の舌打ちが聞こえた。
「さーな、知るかよ」
「俺たちはどこへ向かってる?」
「教える義理はねえな」
紘伊は口ごもる。オーギュに答える意思がないのだと分かる。
「これ以上悪く思われたくない。俺たちは逃げないから、悪いけど行ってくれる?」
「おまえは?」
オーギュがトオルを見る。
トオルは紘伊の腕を掴んだまま震えている。
「こいつは逃れられるかも知れねえけど、おまえは無理かもな、どうする? 今なら連れて行けるぜ?」
何の誘惑なのか。オーギュの視線はトオルを向いたまま据えられている。トオルは視線を逸らして紘伊に助けを求めた。どうしたら良い? と小声が聞こえる。
「無理ってなに?」
「殺処分?」
紘伊はオーギュの言葉の選択に気分が悪くなった。獣人語と人語との齟齬だろうか。本来の意味と同じなら恐ろしすぎる。
「何を言ってる? そんなのありえ……」
ありえない、あってはならない行為だ。そう続けたかった。
「おまえらだってしてるじゃねえか。いらなくなったら捨てて処分するんだろ? 俺ら同胞も実験体としてずいぶん酷い目に合っていたんだぜ? 知らねえって? 関係ない? いいご身分だぜ」
それをしたのは自分じゃない。自分はそんな事を絶対にしない。紘伊はそう考えて悔しく思う。でもそれが事実なら、紘伊は人だ。人としての罪が科せられる。
「もう良いよ」
トオルのか細い声が届いた。
「俺はもう良いから」
トオルは紘伊の肩に額を乗せて、現実から目を背けている。
「裁かれるなら、ハーツの意思に従うよ」
トオルを抱きしめて背中を撫でる。大丈夫とは言えない。だけど意思は失わない。オーギュを睨んでそう言えば、オーギュは舌打ちをしてから去って行った。
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書いている今日は猫の日です。
R5、2、22
殺処分ゼロ運動、応援しています。
ウチには耳の欠けた黒猫がいます。
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