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本編

27 平和と戦乱

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 アルルにお弁当を用意してもらい、ブラッドと一緒に森に向かった。気分はピクニックだけど行く場所には危険がある。日本の山の中でも熊や猪なんかがいて危険もあるけど、異世界はもっと凶暴な獣が出る。そう考えると緊張して来た。

 ブラッドが先に進んでいるのだけど、俺の方を振り返って少し笑う。なんだよって思ってブラッドを見ると、笑うのをやめた。

「緊張してますか? 今から行くところはあまり危険のない場所ですよ?」

「そうかもしれないけど、家から出るの久しぶりだから」

 ブラッドの家に来てからもう三か月が経っている。三か月だけど、ずいぶんブラッドと打ち解けた。ブラッドが本当はとても優しく静かな人なんだってわかったし、特別な使命があって大変な立場だったということも理解した。ほとんどの時をふたりで生活していたから、ある程度の付き合い方も覚えた。といってもブラッドは気を使ってばかりだ。俺は好き勝手にさせてもらっている。生活費なんて一度も払ったことがないし、お手伝いと言っても暇だからしているだけだ。

「あそこに食べられる木の実がありますよ? そのまま食べると少し酸っぱいですが、ジャムには最適です」

 木に赤い実が生っている。ブラッドがひとつ手に取って俺に渡してくれる。ブラッドを見ればそのまま口に入れて、中の種を出している。
 俺もブラッドと同じように実を口に入れて、噛んですぐに吐き出した。

「酸っぱいよ、ブラッド、良く食べられるね」

 そう言ってぺっぺってしていると、ブラッドが笑った。

「ごめんね、ちょっとからかってみた」

 そう言ってブラッドが見せて来たのは、渡してくれたのとは違う実だった。

「こっちを食べて、甘いから口直しになる」

「えええ? ブラッドが? 簡単に引っかかったよ、もう、悪いヤツ」

 今度の実は甘くておいしい。さっきのとは全然違った。

「同じ赤い実でも色や形が少し違います。気を付けて取って」

 最初の実は赤いけど中心に黄色い模様があった。後に食べた物は丸みが強くて赤一色だ。なるほど、似ているけど全然違う。っていうか、異世界なんだから判断なんてできないし、ブラッドが毒を渡して来ても、疑わずに食べていたと思う。それくらいブラッドを信用しているんだって気づいた。俺に危機感が足りないだけかもしれないけど。

 ブラッドと一緒に木の実やキノコを採ったりしながら歩く。山の木々の間に沼があって、とても綺麗な風景だと足を止める。獣が顔を出すこともあったけど、それは小さな害のない可愛い小動物だった。あとは鹿に似たのも見た。虫はとても多くて、刺す虫もいるからブラッドに気を付けてと言われて逃げた。

 ずいぶん山を登って来ていて、ブラッドがいなければ迷いそうだと思ったところで、お昼休憩を取る。
 少し拓けた場所の花畑に布のシートを敷いて、ブラッドと一緒に座る。アルルが用意してくれたパンにお肉と野菜が挟んであるものを食べて、ゆっくりとした時間を楽しんだ。

 ブラッドがとても楽しそうにしていて、俺もすごく楽しくなる。ブラッドが何の気遣いもなく笑っている姿を見て、心が温かくなる。過去のいろんなものが今のこの時は存在しない。そんな幸せだと思える時を過ごした。

 でもすぐにそんな気分が消え去る。

 ブラッドが大きな木の横で立ち止まり、俺もその横に立った時だ。

「この先が国境です。ここからネヴィル-ノア国が見渡せます」

 見るんじゃなかったと思った。
 見たくない現実が目の前に現れた。

「……どういうこと?」

 思わず後ろに倒れそうになり、ブラッドに支えられた。

「神殿長の望みは、奴隷解放です。獣王の望みは叶えられましたが、神殿長との約束があります。この世界から奴隷を無くすこと、です」

「だからって他国と戦争をしなければダメ?」

 眼下には戦乱の炎が見える。ネヴィル-ノア国と他国との国境付近にはアイザックの領がある。国境付近が戦乱の地になっている。少なくとも俺のいる場所からはそう見えた。

「……また、隠していたってこと? 本当のことを言わないで、俺を安全な場所に避難させてた?」

 涙が頬を伝う。ブラッドに寄りかからなければ立てない自分に腹がたつ。

「こうなるのではと危惧はしていました。ですが私はもう国との関わりを断っている身です。シンを守る為だとか、嘘をついていたというのは違います。シンは自分の意志でここにいたのですよね?」

「……そうだけど、そうなんだけど」

 国境の方へ駆けだそうとして、ブラッドに引き留められた。

「どうして? 行かないと」

「行ってどうするのです? シンひとりが出て行ってもなんの意味もありません。それに敵の捕虜になる可能性もあるのですよ? そんな姿をアイザックが知ったら、彼はどうするのでしょうね」

 俺は息を飲んでブラッドを見る。正論が胸に痛い。俺は声を上げて泣いていた。どうしようもない現実が目の前にある。でも俺にはどうすることもできない。ブラッドに抱き締められ、逃げようとしても逃げられなくて、馬鹿みたいに泣いた。

「ネヴィル-ノア国だけでしたらわかりませんでしたが、獣王がいるのです。そう簡単に負けることはありませんし、すぐに終わりますよ。終わったら、シンにもできることがあります。それまで少し待ってください」

 けが人の手当だとか、炊き出しだとか、そういうことだろうか。ブラッドは泣く俺を慰めてくれる。

「それに戦乱は国境の外で行われていますから、アイザックの領が戦場ではありませんよ? 自国になった地を戦場にするほど、獣王は愚かではありません」

「ほんとう?」

「本当です、嘘は言いません。ですから、もうしばらくお待ちください」

 ブラッドから離れ、背中を向ける。馬鹿みたいに泣いて恥ずかしさが来る。でもどうしてこのタイミングで現実を見させたのだろうか。それがすごく気にかかる。ブラッドはまた、俺を遠ざけようとしているのだろうか。

 もう一度、国境から先の風景を見る。みんなの無事を祈った。
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