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彼の力(2)
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カチャリという金属音。
それを聞きつけたアダムはその扉を押し開き、細くて暗い通路を駆けていく。これで、恐らく冷牢に備え付けられている排水溝が一気にその機能を果たすはず。
「団長、こちらの扉は?」
「それはぶっ壊しても問題は無い」
問題が無いわけではないのだが、数年、使用されることがなかったこの冷牢だ。今すぐ必要になるようなことは起こらないだろう。その時がくるまでに、直しておけばいい、とアダムは考えていた。
「では、ここは私が」
ブレナンがすっと前に出ると、腰から短刀を引き抜く。それに火の魔法を付与し、軽く振り上げるとその扉のノブをいとも簡単に斬りおとした。簡単そうに見えたそれだけど、その術が彼だからこそできるものであることに、クリスは気付いている。
「ジェシカ様は?」
「こちらに、いらしたぞ」
「おい、フローラ」
燭台の明かりだけを頼りに、中を探る。
それぞれの様々な声と、足音が飛び交っていた。
「お前たちはジェシカ様をお連れしろ」
アダムの命令が飛ぶ。それに従う騎士たちは、何とか意識を保っているジェシカの身体を丁寧に運び出す。
「フローラ」
ブレナンは部下の名を呼ぶ。彼女の意識は途切れている。眠っているかのようにも見えた。
「フローラは?」
声を聞きつけたクリスは、冷牢の入り口から差し込む明かりだけを頼りに彼女の元へと足を運んだ。
「意識を失っているようだな。少し、水を飲んだか?」
クリスが跪いて、フローラの顎に手をかけそれを少し上向きにさせる。それから身体を横にすると、その口元からこぽっと水が溢れてきた。
「ゲホッ……」
フローラがいきなり咳込み始める。
「フローラ、わかりますか?」
「え、と。クリス?」
「フローラ、気が付いたか?」
「と、ブレナンさん? え、ジェシカ様は?」
「ジェシカ様なら無事だ。君のおかげだな」
フローラがゆっくりと身体を起こそうとするとクリスが背中を支える。フローラは激しく咳込んでから、ゆっくりと呼吸を整える。そして、一つ、くしゃみをした。身につけていた衣類はすっかり水で濡れてしまっている。
クリスは自分のローブを脱ぐと、ふわりとフローラにそれをかけた。
「濡れた衣類を脱いでください、と言いたいところですが。さすがにここでは」
いくら薄闇の空間でも、ここから出た時のことを考えたら素肌にローブはいろいろと問題がある。クリス的に。
「フローラ、歩けますか?」
「あ。はい」
フローラはクリスのローブを胸の前でしっかりと合わせると、立ち上がった。濡れそぼった衣類は、いろいろと周囲からの目が気になってしまう。
「クリス殿。フローラを頼む。私は少し、この冷牢を確認してから戻ろう」
それがブレナンなりの気の遣い方なのだろうと、クリスは勝手に解釈する。
フローラが歩くたびに、ポタッポタッと水滴が落ちる。クリスはフローラを自身の研究室へと連れていくことにした。むしろ、そこにしか彼女を連れていくことのできるような場所は無い。
「クリス」
彼から渡されたタオルを受け取りながら、フローラは彼の名を呼んだ。そのタオルで顔を覆うと、なぜか次から次へと涙が溢れてくるのが不思議だった。伝えたいこと、言いたいことはたくさんあるのに、その涙に邪魔をされてしまう。
「ごめんなさい」
フローラはその言葉を絞り出すことしかできなかった。何に対する謝罪なのか、フローラ本人も気付いてはいない。
それを聞きつけたアダムはその扉を押し開き、細くて暗い通路を駆けていく。これで、恐らく冷牢に備え付けられている排水溝が一気にその機能を果たすはず。
「団長、こちらの扉は?」
「それはぶっ壊しても問題は無い」
問題が無いわけではないのだが、数年、使用されることがなかったこの冷牢だ。今すぐ必要になるようなことは起こらないだろう。その時がくるまでに、直しておけばいい、とアダムは考えていた。
「では、ここは私が」
ブレナンがすっと前に出ると、腰から短刀を引き抜く。それに火の魔法を付与し、軽く振り上げるとその扉のノブをいとも簡単に斬りおとした。簡単そうに見えたそれだけど、その術が彼だからこそできるものであることに、クリスは気付いている。
「ジェシカ様は?」
「こちらに、いらしたぞ」
「おい、フローラ」
燭台の明かりだけを頼りに、中を探る。
それぞれの様々な声と、足音が飛び交っていた。
「お前たちはジェシカ様をお連れしろ」
アダムの命令が飛ぶ。それに従う騎士たちは、何とか意識を保っているジェシカの身体を丁寧に運び出す。
「フローラ」
ブレナンは部下の名を呼ぶ。彼女の意識は途切れている。眠っているかのようにも見えた。
「フローラは?」
声を聞きつけたクリスは、冷牢の入り口から差し込む明かりだけを頼りに彼女の元へと足を運んだ。
「意識を失っているようだな。少し、水を飲んだか?」
クリスが跪いて、フローラの顎に手をかけそれを少し上向きにさせる。それから身体を横にすると、その口元からこぽっと水が溢れてきた。
「ゲホッ……」
フローラがいきなり咳込み始める。
「フローラ、わかりますか?」
「え、と。クリス?」
「フローラ、気が付いたか?」
「と、ブレナンさん? え、ジェシカ様は?」
「ジェシカ様なら無事だ。君のおかげだな」
フローラがゆっくりと身体を起こそうとするとクリスが背中を支える。フローラは激しく咳込んでから、ゆっくりと呼吸を整える。そして、一つ、くしゃみをした。身につけていた衣類はすっかり水で濡れてしまっている。
クリスは自分のローブを脱ぐと、ふわりとフローラにそれをかけた。
「濡れた衣類を脱いでください、と言いたいところですが。さすがにここでは」
いくら薄闇の空間でも、ここから出た時のことを考えたら素肌にローブはいろいろと問題がある。クリス的に。
「フローラ、歩けますか?」
「あ。はい」
フローラはクリスのローブを胸の前でしっかりと合わせると、立ち上がった。濡れそぼった衣類は、いろいろと周囲からの目が気になってしまう。
「クリス殿。フローラを頼む。私は少し、この冷牢を確認してから戻ろう」
それがブレナンなりの気の遣い方なのだろうと、クリスは勝手に解釈する。
フローラが歩くたびに、ポタッポタッと水滴が落ちる。クリスはフローラを自身の研究室へと連れていくことにした。むしろ、そこにしか彼女を連れていくことのできるような場所は無い。
「クリス」
彼から渡されたタオルを受け取りながら、フローラは彼の名を呼んだ。そのタオルで顔を覆うと、なぜか次から次へと涙が溢れてくるのが不思議だった。伝えたいこと、言いたいことはたくさんあるのに、その涙に邪魔をされてしまう。
「ごめんなさい」
フローラはその言葉を絞り出すことしかできなかった。何に対する謝罪なのか、フローラ本人も気付いてはいない。
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