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心の闇(2)

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 王宮の裏門はすぐそこなのに、クリスはわざとゆっくり歩いているように見えた。時間稼ぎをしているかのように。

「あの、クリス様。ありがとうございました。それから、ただいま」

 フローラがただいまと言うと、クリスはふっと噴き出した。

「え、と。クリス様?」

「いえ、お帰りなさい、フローラ。無事に帰ってきてくれて何よりです」

「あ、はい。本当は、クリス様に早くお会いしたかったのですが、その、少し疲れてしまって。それで会いに行けなくてごめんなさい」

「ええ。あなたのことですから、ずっと魔力で魔獣を威嚇されていたのでしょう」

「あ、はい。クリス様から教えられた通りに」

 きゅっと、繋がれた手に力を込められたことにフローラは気付いた。

「どうかされましたか?」

「いえ。こちらに来る前にあなたを抱きしめてから来ればよかった、と、今、後悔しております」

「え、と。では。今はこれで我慢してください」

 フローラが立ち止まると、クリスも慌てて立ち止まる。そして彼女はクリスの肩に手をかけて少し背伸びをし、彼の頬に軽く口づける。

「フローラ?」
 驚くクリスに。
「いつもクリス様が、自分の気持ちを伝えるようにとおっしゃっていますから。私の今の気持ちです。クリス様にお会いしたかったです」

「ええ、私も。あなたに会いたかった。ですが、口づけはこちらにしてくださると嬉しいのですが」
 と、クリスは右手の人差し指で自分の唇を指す。

「ですが、そちらにしていまいますと、クリス様の場合はそれだけで終わらないような気がしましたので」
 ふふっとフローラは笑った。クリスもその自覚はあったため、敢えてそれ以上は何も言わず、同じように微笑み返した。

 裏門から王宮の敷地内へと入り、建物の中へ。そして、フローラがクリスに連れていかれた場所は、彼と初めて顔を合わせたあの応接室。中へ入ると、錚々たる顔ぶれが並んでいた。
 いつもは世話焼きおじさんの国王陛下をはじめ、宰相、そして騎士団長のアダム、さらに魔法騎士であるブレナン、それから魔導士団長のノルト。そこに魔導士団副団長のクリスが揃えば、どう見てもフローラだけ場違いな感じがする。

「フローラ、君はそこに座りなさい」

 アダムに促され、フローラはクリスと並んで座る。何が始まるのか、という不安。

「フローラ。身体の方は、大丈夫か?」
 アダムのそれに、はい、と頷く。

「あの、サミュエルの方は?」

「ああ、魔導士団に預けてある。やはり、闇魔法によって操られていたみたいだからな」
 アダムは苦笑した。
「サミュエルには休団を言い渡す。闇魔法の副作用というものもあるらしいから、それが解けたからといって、すぐに任務につくのは難しいだろう」

 サミュエルは警備隊長だ。その隊長が休団となると、他の隊員たちにも影響が出るだろう。だが、そこをなんとかするのがアダムの仕事だから、ここは彼に任せるしかない。

「フローラ」

「はい」

 彼女の名を呼んだのは、クリスとの仲をとりもってくれた世話焼きおじさんだ。

「今回のこと、まずは礼を言わせて欲しい。ジェシカのこと、守ってくれてありがとう」

「陛下、頭をあげてください。私は護衛騎士としてその任務を全うしただけですから」

 そう、ジェシカを守ることは任務。すべきこと。何も特別なことではない。フローラはそう思っている。

「フローラ、これに見覚えはあるね」
 ブレナンが一枚の紙を、テーブルの上に置いた。

「あ、はい。アリハンス滞在時に届いた書面ですね」

「そうだ。外務大臣のサインがあるから、彼に確認したらこんなものを送った覚えはないという答えだった」

 フローラがいる前でも宰相と外務大臣がそんなやり取りをしていたことを思い出す。

「魔導士団長のノルト殿にてもらったところ、これにも闇魔法が付与されていることがわかった」

 ブレナンがノルトの方に視線を向けると、苦々しい表情でノルトが頷く。苦々しい表情の原因は先ほどから話題にあがっている「闇魔法」だろう。

「我々が知る限り、今、闇魔法を扱えるような者はいない」

 ノルトのその言葉に、フローラの心の奥にざわりと風が走った。恐らくこのノルトはフローラの力を知っている。だが、あえてそれに触れないのだ。国王にさえも知られてはならない力であるということを、フローラは改めて思い知った。
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