上 下
49 / 78

護るべき人(1)

しおりを挟む
 ジェシカが隣国のアリハンスへ出立する日がやってきた。その移動も必要最小限の人間で構成しろ、という大臣たちからの言葉によって馬車は二台。一台はジェシカとその護衛騎士であるフローラとエセラ、それからジェシカ付きの侍女。もう一台には近衛騎士隊から騎士が四人。アリーバ山脈を越えることから、対魔獣用、そして対野盗用の騎士たちだ。
 一般的にアリーバ山脈を越えて移動する者は金持ちが多い。それは貴族も商人も。金持ちは護衛を雇ってこの山脈を超える。たかが七日の短縮であっても、商人にとってはそれが利益に大きな差を生む場合だってある。だからこそ、山脈の麓では野盗に襲われることも多い。

 魔獣に出会ったら、野盗に出会ったら。
 この人数でジェシカを守ることができるのか、というのは際どいラインだった。恐らくこれを提案してきた者の中には、ジェシカを亡き者にしてしまってもかまわない、彼女に同行した者の命が散ってもかまわない、とそう考えている者もいるのだろう、と推測したくなるような人数だった。
 国王と宰相は反対したようだが、それでも大臣たちの意見が勝った。近衛騎士たちも同行するのだから、心配には及ばないだろうとかなんとか、そういう言い訳をして。

 あの日、フローラがクリスに抱かれた日。
 クリスはフローラに「けして治癒魔法を使わないように」とだけ、釘を刺した。
 それはあの後、彼女の眠っていた魔力が案の定解放されたからだ。それはクリスが彼女の魔力をたことで発覚した事実。そしてクリスが「治癒魔法を使えるようになりたい」と言っていたフローラに対して「絶対に使わないように」と口にしたのは、彼女の力が周囲に知られてしまうことを防ぐため。
 四属性の他に、光と闇という全属性の魔法を使える聖人きよらがここに存在するということを知られてはいけない、とクリスは言っていた。フローラが聖人であることを知られてしまったら、この国の政治に利用されるのが目に見えているから、と。
 フローラは、治癒魔法を使わないのであれば、どうやってジェシカを守ったらいいのか、ということをクリスに相談した。

「そんなこと、簡単ですよ。治癒魔法を使わなければならないような状況を作らなければいいのです。つまり、魔獣や野盗に襲われなければいいのです」

「そんなこと、できるのですか?」

「ええ、あなたならできます。魔獣はとても頭のいい獣です。だからこそ、相手が自分より強いと判断したら襲ってきません。魔獣より弱い人間だからこそ、狙われるのです」

「つまり、私たちが魔獣より強いことを証明しながら移動すればいい、と。そういうことですか?」

 フローラのそれに、クリスは「そうです」と頷いた。

「少しあなたには負担になるかもしれませんが。アリーバ山脈を越える間は、その魔力を常に放出させてください」

「魔力の放出……」
 と言われても、フローラにはわけのわからない説明。

「あなたの魔力は、あなたが思っている以上に強い。その魔力を周囲に見せびらかすような感覚です」
 そこからクリスによる魔力放出の指導となった。

 アリーバ山脈を越えている間は、魔力を放出する。ただし、山脈を超える前、超えた後はそれをやめる。特にアリハンスの王都についてからは、魔力を抑えるように、というのがクリスからの指示だった。
 この状態の彼女を隣国のアリハンスへ行かせることに、クリスは違う意味で不安を覚えていた。隣国で彼女が聖人であることを知られてしまったら、というその思い。だからこそ、魔力の制御方法をフローラに教え込んだ。

 そしてクリスは、彼女と離れている間に、その彼女の力を信頼できる人間に相談すべきであるとも思っていた。信頼できる人間。魔導士団団長のノルトしかいない。それから、フローラの上官その二のブレナンが妥当だろう。

 さて、フローラ自身、自分の魔力の行方をめぐってそのような事態を引き起こそうとしていることは露知らず。
 馬車で不規則に揺られながら、クリスに言われた通りに魔力を放出していた。このことは事前にエセラにだけ伝えてある。それは、この任務を引き受けるとき、彼女の前であのように啖呵を切ってしまったため。

「フローラ、具合が悪いの?」

 黙って、じっと気を張り巡らせているフローラの様子が、いつもと違うと思ったのだろう。ジェシカが不安に思ってフローラに声をかけてきた。

「ジェシカ様」
 と優しく声をかけたのはエセラだ。
「フローラは今、魔獣の気配を探っております」
 魔力を放出して魔獣を威嚇している、とは口にしない。エセラも、フローラの力はできるだけ隠しておくように、とアダムに念を押されているから。

「魔獣の気配?」
 ジェシカは隣に座っているエセラに視線を向ける。はい、とエセラは頷く。
「我々騎士は、そういった不穏な気配を察するように訓練を受けていますから。その気配に気付けば、魔獣に襲われるより先にそれらを討伐することができますので」

「そう。迷惑をかけるわね」

「いいえ、迷惑ではありません。ジェシカ様にこうやって仕えることができること、それが私たちの喜びでもあるのですから」

 エセラの言葉に、ジェシカは少し口元を緩めた。緊張しているのはジェシカも同じなのだろう。自分の我儘のせいで周囲の人を危険に巻き込むかもしれない、というその思い。

「帰りは、アリーバ山脈を迂回するルートになると思います。様々な町が点在しておりますから、そこで休みながらゆっくりと戻ってきましょう」

「ええ、他の町をそうやって見るのも楽しみなの」

 そこでやっとジェシカの顔が綻んだようにも見えた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

大嫌いな次期騎士団長に嫁いだら、激しすぎる初夜が待っていました

扇 レンナ
恋愛
旧題:宿敵だと思っていた男に溺愛されて、毎日のように求められているんですが!? *こちらは【明石 唯加】名義のアカウントで掲載していたものです。書籍化にあたり、こちらに転載しております。また、こちらのアカウントに転載することに関しては担当編集さまから許可をいただいておりますので、問題ありません。 ―― ウィテカー王国の西の辺境を守る二つの伯爵家、コナハン家とフォレスター家は長年に渡りいがみ合ってきた。 そんな現状に焦りを抱いた王家は、二つの伯爵家に和解を求め、王命での結婚を命じる。 その結果、フォレスター伯爵家の長女メアリーはコナハン伯爵家に嫁入りすることが決まった。 結婚相手はコナハン家の長男シリル。クールに見える外見と辺境騎士団の次期団長という肩書きから女性人気がとても高い男性。 が、メアリーはそんなシリルが実は大嫌い。 彼はクールなのではなく、大層傲慢なだけ。それを知っているからだ。 しかし、王命には逆らえない。そのため、メアリーは渋々シリルの元に嫁ぐことに。 どうせ愛し愛されるような素敵な関係にはなれるわけがない。 そう考えるメアリーを他所に、シリルは初夜からメアリーを強く求めてくる。 ――もしかして、これは嫌がらせ? メアリーはシリルの態度をそう受け取り、頑なに彼を拒絶しようとするが――……。 「誰がお前に嫌がらせなんかするかよ」 どうやら、彼には全く別の思惑があるらしく……? *WEB版表紙イラストはみどりのバクさまに有償にて描いていただいたものです。転載等は禁止です。

壁の花令嬢の最高の結婚

晴 菜葉
恋愛
 壁の花とは、舞踏会で誰にも声を掛けてもらえず壁に立っている適齢期の女性を示す。  社交デビューして五年、一向に声を掛けられないヴィンセント伯爵の実妹であるアメリアは、兄ハリー・レノワーズの悪友であるブランシェット子爵エデュアルト・パウエルの心ない言葉に傷ついていた。  ある日、アメリアに縁談話がくる。相手は三十歳上の財産家で、妻に暴力を働いてこれまでに三回離縁を繰り返していると噂の男だった。  アメリアは自棄になって家出を決行する。  行く当てもなく彷徨いていると、たまたま賭博場に行く途中のエデュアルトに出会した。  そんなとき、彼が暴漢に襲われてしまう。  助けたアメリアは、背中に消えない傷を負ってしまった。  乙女に一生の傷を背負わせてしまったエデュアルトは、心底反省しているようだ。 「俺が出来ることなら何だってする」  そこでアメリアは考える。  暴力を振るう亭主より、女にだらしない放蕩者の方がずっとマシ。 「では、私と契約結婚してください」 R18には※をしています。    

【R-18】年下国王の異常な執愛~義母は義息子に啼かされる~【挿絵付】

臣桜
恋愛
『ガーランドの翠玉』、『妖精の紡いだ銀糸』……数々の美辞麗句が当てはまる17歳のリディアは、国王ブライアンに見初められ側室となった。しかし間もなくブライアンは崩御し、息子であるオーガストが成人して即位する事になった。17歳にして10歳の息子を持ったリディアは、戸惑いつつも宰相の力を借りオーガストを育てる。やがて11年後、21歳になり成人したオーガストは国王となるなり、28歳のリディアを妻に求めて……!? ※毎日更新予定です ※血の繋がりは一切ありませんが、義息子×義母という特殊な関係ですので地雷っぽい方はお気をつけください ※ムーンライトノベルズ様にも同時連載しています

【R18】熱い一夜が明けたら~酔い潰れた翌朝、隣に団長様の寝顔。~

三月べに
恋愛
酔い潰れた翌朝。やけに身体が重いかと思えば、ベッドには自分だけではなく、男がいた! しかも、第三王子であり、所属する第三騎士団の団長様! 一夜の過ちをガッツリやらかした私は、寝ている間にそそくさと退散。まぁ、あの見目麗しい団長と一夜なんて、いい思いをしたと思うことにした。が、そもそもどうしてそうなった??? と不思議に思っていれば、なんと団長様が一夜のお相手を捜索中だと! 団長様は媚薬を盛られてあの宿屋に逃げ込んでやり過ごそうとしたが、うっかり鍵をかけ忘れ、酔っ払った私がその部屋に入っては、上になだれ込み、致した……! あちゃー! 氷の冷徹の団長様は、一体どういうつもりで探しているのかと息をひそめて耳をすませた。

【R18】悪役令嬢は元お兄様に溺愛され甘い檻に閉じこめられる

夕日(夕日凪)
恋愛
※連載中の『悪役令嬢は南国で自給自足したい』のお兄様IFルートになります。 侯爵令嬢ビアンカ・シュラットは五歳の春。前世の記憶を思い出し、自分がとある乙女ゲームの悪役令嬢である事に気付いた。思い出したのは自分にべた甘な兄のお膝の上。ビアンカは躊躇なく兄に助けを求めた。そして月日は経ち。乙女ゲームは始まらず、兄に押し倒されているわけですが。実の兄じゃない?なんですかそれ!聞いてない!そんな義兄からの溺愛ストーリーです。 ※このお話単体で読めるようになっています。 ※ひたすら溺愛、基本的には甘口な内容です。

【R18】騎士たちの監視対象になりました

ぴぃ
恋愛
異世界トリップしたヒロインが騎士や執事や貴族に愛されるお話。 *R18は告知無しです。 *複数プレイ有り。 *逆ハー *倫理感緩めです。 *作者の都合の良いように作っています。

ドS騎士団長のご奉仕メイドに任命されましたが、私××なんですけど!?

yori
恋愛
*ノーチェブックスさまより書籍化&コミカライズ連載7/5~startしました* コミカライズは最新話無料ですのでぜひ! 読み終わったらいいね♥もよろしくお願いします! ⋆┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈⋆ ふりふりのエプロンをつけたメイドになるのが夢だった男爵令嬢エミリア。 王城のメイド試験に受かったはいいけど、処女なのに、性のお世話をする、ご奉仕メイドになってしまった!?  担当する騎士団長は、ある事情があって、専任のご奉仕メイドがついていないらしい……。 だけど普通のメイドよりも、お給金が倍だったので、貧乏な実家のために、いっぱい稼ぎます!!

悪役令嬢、お城の雑用係として懲罰中~一夜の過ちのせいで仮面の騎士団長様に溺愛されるなんて想定外です~

束原ミヤコ
恋愛
ルティエラ・エヴァートン公爵令嬢は王太子アルヴァロの婚約者であったが、王太子が聖女クラリッサと真実の愛をみつけたために、婚約破棄されてしまう。 ルティエラの取り巻きたちがクラリッサにした嫌がらせは全てルティエラの指示とれさた。 懲罰のために懲罰局に所属し、五年間無給で城の雑用係をすることを言い渡される。 半年後、休暇をもらったルティエラは、初めて酒場で酒を飲んだ。 翌朝目覚めると、見知らぬ部屋で知らない男と全裸で寝ていた。 仕事があるため部屋から抜け出したルティエラは、二度とその男には会わないだろうと思っていた。 それから数日後、ルティエラに命令がくだる。 常に仮面をつけて生活している謎多き騎士団長レオンハルト・ユースティスの、専属秘書になれという──。 とある理由から仮面をつけている女が苦手な騎士団長と、冤罪によって懲罰中だけれど割と元気に働いている公爵令嬢の話です。

処理中です...