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護るべき人(1)
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ジェシカが隣国のアリハンスへ出立する日がやってきた。その移動も必要最小限の人間で構成しろ、という大臣たちからの言葉によって馬車は二台。一台はジェシカとその護衛騎士であるフローラとエセラ、それからジェシカ付きの侍女。もう一台には近衛騎士隊から騎士が四人。アリーバ山脈を越えることから、対魔獣用、そして対野盗用の騎士たちだ。
一般的にアリーバ山脈を越えて移動する者は金持ちが多い。それは貴族も商人も。金持ちは護衛を雇ってこの山脈を超える。たかが七日の短縮であっても、商人にとってはそれが利益に大きな差を生む場合だってある。だからこそ、山脈の麓では野盗に襲われることも多い。
魔獣に出会ったら、野盗に出会ったら。
この人数でジェシカを守ることができるのか、というのは際どいラインだった。恐らくこれを提案してきた者の中には、ジェシカを亡き者にしてしまってもかまわない、彼女に同行した者の命が散ってもかまわない、とそう考えている者もいるのだろう、と推測したくなるような人数だった。
国王と宰相は反対したようだが、それでも大臣たちの意見が勝った。近衛騎士たちも同行するのだから、心配には及ばないだろうとかなんとか、そういう言い訳をして。
あの日、フローラがクリスに抱かれた日。
クリスはフローラに「けして治癒魔法を使わないように」とだけ、釘を刺した。
それはあの後、彼女の眠っていた魔力が案の定解放されたからだ。それはクリスが彼女の魔力を鑑たことで発覚した事実。そしてクリスが「治癒魔法を使えるようになりたい」と言っていたフローラに対して「絶対に使わないように」と口にしたのは、彼女の力が周囲に知られてしまうことを防ぐため。
四属性の他に、光と闇という全属性の魔法を使える聖人がここに存在するということを知られてはいけない、とクリスは言っていた。フローラが聖人であることを知られてしまったら、この国の政治に利用されるのが目に見えているから、と。
フローラは、治癒魔法を使わないのであれば、どうやってジェシカを守ったらいいのか、ということをクリスに相談した。
「そんなこと、簡単ですよ。治癒魔法を使わなければならないような状況を作らなければいいのです。つまり、魔獣や野盗に襲われなければいいのです」
「そんなこと、できるのですか?」
「ええ、あなたならできます。魔獣はとても頭のいい獣です。だからこそ、相手が自分より強いと判断したら襲ってきません。魔獣より弱い人間だからこそ、狙われるのです」
「つまり、私たちが魔獣より強いことを証明しながら移動すればいい、と。そういうことですか?」
フローラのそれに、クリスは「そうです」と頷いた。
「少しあなたには負担になるかもしれませんが。アリーバ山脈を越える間は、その魔力を常に放出させてください」
「魔力の放出……」
と言われても、フローラにはわけのわからない説明。
「あなたの魔力は、あなたが思っている以上に強い。その魔力を周囲に見せびらかすような感覚です」
そこからクリスによる魔力放出の指導となった。
アリーバ山脈を越えている間は、魔力を放出する。ただし、山脈を超える前、超えた後はそれをやめる。特にアリハンスの王都についてからは、魔力を抑えるように、というのがクリスからの指示だった。
この状態の彼女を隣国のアリハンスへ行かせることに、クリスは違う意味で不安を覚えていた。隣国で彼女が聖人であることを知られてしまったら、というその思い。だからこそ、魔力の制御方法をフローラに教え込んだ。
そしてクリスは、彼女と離れている間に、その彼女の力を信頼できる人間に相談すべきであるとも思っていた。信頼できる人間。魔導士団団長のノルトしかいない。それから、フローラの上官その二のブレナンが妥当だろう。
さて、フローラ自身、自分の魔力の行方をめぐってそのような事態を引き起こそうとしていることは露知らず。
馬車で不規則に揺られながら、クリスに言われた通りに魔力を放出していた。このことは事前にエセラにだけ伝えてある。それは、この任務を引き受けるとき、彼女の前であのように啖呵を切ってしまったため。
「フローラ、具合が悪いの?」
黙って、じっと気を張り巡らせているフローラの様子が、いつもと違うと思ったのだろう。ジェシカが不安に思ってフローラに声をかけてきた。
「ジェシカ様」
と優しく声をかけたのはエセラだ。
「フローラは今、魔獣の気配を探っております」
魔力を放出して魔獣を威嚇している、とは口にしない。エセラも、フローラの力はできるだけ隠しておくように、とアダムに念を押されているから。
「魔獣の気配?」
ジェシカは隣に座っているエセラに視線を向ける。はい、とエセラは頷く。
「我々騎士は、そういった不穏な気配を察するように訓練を受けていますから。その気配に気付けば、魔獣に襲われるより先にそれらを討伐することができますので」
「そう。迷惑をかけるわね」
「いいえ、迷惑ではありません。ジェシカ様にこうやって仕えることができること、それが私たちの喜びでもあるのですから」
エセラの言葉に、ジェシカは少し口元を緩めた。緊張しているのはジェシカも同じなのだろう。自分の我儘のせいで周囲の人を危険に巻き込むかもしれない、というその思い。
「帰りは、アリーバ山脈を迂回するルートになると思います。様々な町が点在しておりますから、そこで休みながらゆっくりと戻ってきましょう」
「ええ、他の町をそうやって見るのも楽しみなの」
そこでやっとジェシカの顔が綻んだようにも見えた。
一般的にアリーバ山脈を越えて移動する者は金持ちが多い。それは貴族も商人も。金持ちは護衛を雇ってこの山脈を超える。たかが七日の短縮であっても、商人にとってはそれが利益に大きな差を生む場合だってある。だからこそ、山脈の麓では野盗に襲われることも多い。
魔獣に出会ったら、野盗に出会ったら。
この人数でジェシカを守ることができるのか、というのは際どいラインだった。恐らくこれを提案してきた者の中には、ジェシカを亡き者にしてしまってもかまわない、彼女に同行した者の命が散ってもかまわない、とそう考えている者もいるのだろう、と推測したくなるような人数だった。
国王と宰相は反対したようだが、それでも大臣たちの意見が勝った。近衛騎士たちも同行するのだから、心配には及ばないだろうとかなんとか、そういう言い訳をして。
あの日、フローラがクリスに抱かれた日。
クリスはフローラに「けして治癒魔法を使わないように」とだけ、釘を刺した。
それはあの後、彼女の眠っていた魔力が案の定解放されたからだ。それはクリスが彼女の魔力を鑑たことで発覚した事実。そしてクリスが「治癒魔法を使えるようになりたい」と言っていたフローラに対して「絶対に使わないように」と口にしたのは、彼女の力が周囲に知られてしまうことを防ぐため。
四属性の他に、光と闇という全属性の魔法を使える聖人がここに存在するということを知られてはいけない、とクリスは言っていた。フローラが聖人であることを知られてしまったら、この国の政治に利用されるのが目に見えているから、と。
フローラは、治癒魔法を使わないのであれば、どうやってジェシカを守ったらいいのか、ということをクリスに相談した。
「そんなこと、簡単ですよ。治癒魔法を使わなければならないような状況を作らなければいいのです。つまり、魔獣や野盗に襲われなければいいのです」
「そんなこと、できるのですか?」
「ええ、あなたならできます。魔獣はとても頭のいい獣です。だからこそ、相手が自分より強いと判断したら襲ってきません。魔獣より弱い人間だからこそ、狙われるのです」
「つまり、私たちが魔獣より強いことを証明しながら移動すればいい、と。そういうことですか?」
フローラのそれに、クリスは「そうです」と頷いた。
「少しあなたには負担になるかもしれませんが。アリーバ山脈を越える間は、その魔力を常に放出させてください」
「魔力の放出……」
と言われても、フローラにはわけのわからない説明。
「あなたの魔力は、あなたが思っている以上に強い。その魔力を周囲に見せびらかすような感覚です」
そこからクリスによる魔力放出の指導となった。
アリーバ山脈を越えている間は、魔力を放出する。ただし、山脈を超える前、超えた後はそれをやめる。特にアリハンスの王都についてからは、魔力を抑えるように、というのがクリスからの指示だった。
この状態の彼女を隣国のアリハンスへ行かせることに、クリスは違う意味で不安を覚えていた。隣国で彼女が聖人であることを知られてしまったら、というその思い。だからこそ、魔力の制御方法をフローラに教え込んだ。
そしてクリスは、彼女と離れている間に、その彼女の力を信頼できる人間に相談すべきであるとも思っていた。信頼できる人間。魔導士団団長のノルトしかいない。それから、フローラの上官その二のブレナンが妥当だろう。
さて、フローラ自身、自分の魔力の行方をめぐってそのような事態を引き起こそうとしていることは露知らず。
馬車で不規則に揺られながら、クリスに言われた通りに魔力を放出していた。このことは事前にエセラにだけ伝えてある。それは、この任務を引き受けるとき、彼女の前であのように啖呵を切ってしまったため。
「フローラ、具合が悪いの?」
黙って、じっと気を張り巡らせているフローラの様子が、いつもと違うと思ったのだろう。ジェシカが不安に思ってフローラに声をかけてきた。
「ジェシカ様」
と優しく声をかけたのはエセラだ。
「フローラは今、魔獣の気配を探っております」
魔力を放出して魔獣を威嚇している、とは口にしない。エセラも、フローラの力はできるだけ隠しておくように、とアダムに念を押されているから。
「魔獣の気配?」
ジェシカは隣に座っているエセラに視線を向ける。はい、とエセラは頷く。
「我々騎士は、そういった不穏な気配を察するように訓練を受けていますから。その気配に気付けば、魔獣に襲われるより先にそれらを討伐することができますので」
「そう。迷惑をかけるわね」
「いいえ、迷惑ではありません。ジェシカ様にこうやって仕えることができること、それが私たちの喜びでもあるのですから」
エセラの言葉に、ジェシカは少し口元を緩めた。緊張しているのはジェシカも同じなのだろう。自分の我儘のせいで周囲の人を危険に巻き込むかもしれない、というその思い。
「帰りは、アリーバ山脈を迂回するルートになると思います。様々な町が点在しておりますから、そこで休みながらゆっくりと戻ってきましょう」
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