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初めてのデート(2)
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空は雲一つ無い爽やかな青空で、太陽は優しく輝き、これから真上に上がってこようとしている。動き始めた町には、人がちらほらと行き交う。
クリスは歩調をフローラに合わせて歩いていた。こうやって男の人と並んで歩くことは、フローラにとって初めてのことになる。
あのサミュエルはすたすたと前を歩き、フローラが遅れると「遅い」というような性格だった。だがそんな彼と共に歩いた記憶も付き合っていた期間の中ではほんの数回。ちょっと食料の買い出しに行った程度。それ以外はほとんどフローラが一人で買い物へ行き、サミュエルは家で留守番という名の昼寝をしていた。
だからフローラはふとクリスの顔を見上げてしまったのだ。
「私の顔に、何かありましたか?」
どうやら気付かれていたらしい。前を見ず、彼の顔を見上げながら歩いていたことに。
「いえ。あの、こうやってクリス様と並んで歩いていることが、現実なのだろうかと、そう、思っていただけです」
「一応、夢ではないようですね。あなたの手からあなたの体温を感じていますから」
言われ、フローラ自身も、繋いだその手からクリスの手の温かさを感じていた。
「着きました。ここです」
何かの怪しい店の前で、クリスは足を止めた。何の店であるか、フローラにはわからない。
「魔導書の店です」
フローラの心を読んだかのように、クリスが言った。
「魔導書? もしかして、このお店にはその魔導書がたくさんあるのですか?」
フローラはついつい確認してしまった。
「そうです。フローラは、このような店に来るのは初めてですか?」
「あ、はい。初めてです。その、あまり町を出歩くようなことも無かったので。必要最低限の買い物しかしていませんでしたので」
しかも家の近くで。
「フローラなら気に入ってくれるのではないか、と思ってこちらを選んだのですが」
「はい、もちろんです。とても興味深いです」
いつもなら顔中を赤く染めるフローラなのだが、今日は興奮のためかその頬だけをほんのりと薄紅色に染めていた。
カランカランと入り口のベルを鳴らして中に入ると、入った途端びっちりと本を詰め込んだ棚が目に入る。
「あの、クリス様。これが全て魔導書なんですか?」
「そうです。この店は、あらゆる時代の、あらゆる場所の、ありとあらゆる魔導書を取り扱っている珍しいお店なのです。しかも、店主に認められないと、この入り口の扉は開きません。そういう魔法がかけられています」
「え、そうなんですか?」
今、このクリスは意図も容易くこの扉を開けたように見えたのだが。
「ええ。このような貴重な魔導書ですから、どうでもいいような人間に奪われたら困るでしょう? ですから、それは店主が魔導書を守るために、そうやってこの店内に入るべき人間を見極めているのです」
「ということは、私が一人で来たら、このお店には入れなかったかもしれないのですね」
「いいえ。今日、あなたはこの店に認められた。だから、問題ありません」
「今日はクリス様と一緒だから入れたわけではなく?」
「違いますね。もしあなたが認められなかったら、あなたと一緒にいる私もこの店に入ることはできなかった」
「やあ、クリス」
と、店内の奥から声がかけられた。
「今日は、別な客を連れてきたのか?」
その奥から姿を現したのは、片眼鏡をかけ白い髭が特徴の年配の男性。
「しかも女か。どうした」
「そう。師匠には紹介しようと思いまして」
クリスは片眼鏡の白髭を師匠と呼んだ。
「こちら、先日からお付き合いをさせていただいている、フローラ嬢」
え、とフローラは思った。まさかこのタイミングで彼に紹介されるとは思っていなかったからだ。
だけどすかさず。
「フローラ・ヘルムです」
と挨拶をしてみる。
片眼鏡の白髭は、ゆっくりと二人の前に近づいてきた。そして、フローラの顔をじっと見る。
「ほう。面白い娘だな」
「師匠。あまり彼女を見つめるのをやめていただけませんか? 師匠の目で見られたら、彼女が腐ります」
「もしかして、そのような魔法をお使いになってるのですか?」
と思わずフローラは声をあげてしまった。ちょっと恐ろしくなり、一歩下がってクリスの背後に隠れようとする。だが、それを違いますよ、とクリスはなだめていた。
「お前。まさか。彼女と結婚するつもりなのか?」
片眼鏡の白髭が聞いた。
「いずれ、そのうち」
クリスが答えた。クリスの背後に半分隠れたフローラは何も言えない。
「そうか、そうかそうか」
あはははと豪快に笑いながら、また店の奥へと消えていった。
クリスは歩調をフローラに合わせて歩いていた。こうやって男の人と並んで歩くことは、フローラにとって初めてのことになる。
あのサミュエルはすたすたと前を歩き、フローラが遅れると「遅い」というような性格だった。だがそんな彼と共に歩いた記憶も付き合っていた期間の中ではほんの数回。ちょっと食料の買い出しに行った程度。それ以外はほとんどフローラが一人で買い物へ行き、サミュエルは家で留守番という名の昼寝をしていた。
だからフローラはふとクリスの顔を見上げてしまったのだ。
「私の顔に、何かありましたか?」
どうやら気付かれていたらしい。前を見ず、彼の顔を見上げながら歩いていたことに。
「いえ。あの、こうやってクリス様と並んで歩いていることが、現実なのだろうかと、そう、思っていただけです」
「一応、夢ではないようですね。あなたの手からあなたの体温を感じていますから」
言われ、フローラ自身も、繋いだその手からクリスの手の温かさを感じていた。
「着きました。ここです」
何かの怪しい店の前で、クリスは足を止めた。何の店であるか、フローラにはわからない。
「魔導書の店です」
フローラの心を読んだかのように、クリスが言った。
「魔導書? もしかして、このお店にはその魔導書がたくさんあるのですか?」
フローラはついつい確認してしまった。
「そうです。フローラは、このような店に来るのは初めてですか?」
「あ、はい。初めてです。その、あまり町を出歩くようなことも無かったので。必要最低限の買い物しかしていませんでしたので」
しかも家の近くで。
「フローラなら気に入ってくれるのではないか、と思ってこちらを選んだのですが」
「はい、もちろんです。とても興味深いです」
いつもなら顔中を赤く染めるフローラなのだが、今日は興奮のためかその頬だけをほんのりと薄紅色に染めていた。
カランカランと入り口のベルを鳴らして中に入ると、入った途端びっちりと本を詰め込んだ棚が目に入る。
「あの、クリス様。これが全て魔導書なんですか?」
「そうです。この店は、あらゆる時代の、あらゆる場所の、ありとあらゆる魔導書を取り扱っている珍しいお店なのです。しかも、店主に認められないと、この入り口の扉は開きません。そういう魔法がかけられています」
「え、そうなんですか?」
今、このクリスは意図も容易くこの扉を開けたように見えたのだが。
「ええ。このような貴重な魔導書ですから、どうでもいいような人間に奪われたら困るでしょう? ですから、それは店主が魔導書を守るために、そうやってこの店内に入るべき人間を見極めているのです」
「ということは、私が一人で来たら、このお店には入れなかったかもしれないのですね」
「いいえ。今日、あなたはこの店に認められた。だから、問題ありません」
「今日はクリス様と一緒だから入れたわけではなく?」
「違いますね。もしあなたが認められなかったら、あなたと一緒にいる私もこの店に入ることはできなかった」
「やあ、クリス」
と、店内の奥から声がかけられた。
「今日は、別な客を連れてきたのか?」
その奥から姿を現したのは、片眼鏡をかけ白い髭が特徴の年配の男性。
「しかも女か。どうした」
「そう。師匠には紹介しようと思いまして」
クリスは片眼鏡の白髭を師匠と呼んだ。
「こちら、先日からお付き合いをさせていただいている、フローラ嬢」
え、とフローラは思った。まさかこのタイミングで彼に紹介されるとは思っていなかったからだ。
だけどすかさず。
「フローラ・ヘルムです」
と挨拶をしてみる。
片眼鏡の白髭は、ゆっくりと二人の前に近づいてきた。そして、フローラの顔をじっと見る。
「ほう。面白い娘だな」
「師匠。あまり彼女を見つめるのをやめていただけませんか? 師匠の目で見られたら、彼女が腐ります」
「もしかして、そのような魔法をお使いになってるのですか?」
と思わずフローラは声をあげてしまった。ちょっと恐ろしくなり、一歩下がってクリスの背後に隠れようとする。だが、それを違いますよ、とクリスはなだめていた。
「お前。まさか。彼女と結婚するつもりなのか?」
片眼鏡の白髭が聞いた。
「いずれ、そのうち」
クリスが答えた。クリスの背後に半分隠れたフローラは何も言えない。
「そうか、そうかそうか」
あはははと豪快に笑いながら、また店の奥へと消えていった。
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