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13.それはスパダリ攻めと誘い受けですね(3)

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 何やら雛壇の上で偉い人、と言っては失礼だ。国王陛下が卒業生に向けて激励の言葉をかけている。その卒業生に該当するジーニアであるが、そんな激励の言葉は上の空。もちろん、隣にいるヘレナもまた然り。彼女たちの視線の先にはがっつりとクラレンスがいる。彼の息遣いも見逃さないようにと、視線を逸らすようなことをせずに。
 さらに乾杯の儀が近づくにつれ、徐々に人の前に前にとその身体を滑り込ませていく。そう、クラレンスが誰からグラスをもらうのか、ということを見逃さないために、一番前の列でそれを見守ろうとしているからだ。
 一番端っこの一番前の列にジーニアとヘレナはいた。ここからならクラレンスの姿がよく見える。心臓がドクドクと通常の二倍以上の速さで鳴っているようにも感じた。手の平にもびっしりと冷たい汗をかき始めた。汗をかいているのに、指先は冷たい。
 じっとクラレンスの周辺を確認する。クラレンスの隣にいるのはシリウル。これだけでクラシリは堪能できている。それから彼らの後方にクラレンス付きの護衛騎士。こちら、完全にモブ騎士である。立場的にはジェレミーが所属している第五騎士隊よりも上であるにも関わらず、護衛モブ騎士である。だから、名前は知らない。そんな第一のシナリオの二人は、この会場の入り口にピシっと立っていて出入りする人間を鋭く観察している。ここにジェレグレがいる。となると、残りはジュードとミックのジュミーであるが、クラレンスの近くには見当たらない。だが、ジュードだって王宮魔導士団の団長を務める男。このようなパーティには必ず参加しなければならないはずなのだが。
 わけのわからない形式的な式は進んでいく。とにかく二人にとって興味があるのは乾杯の儀に使用するグラスを、クラレンスが誰からもらい受けるのかということ。他に彼にグラスを渡しそうな人間がいないかを、ジーニアは鋭い視線で観察をしていた。極力顔を動かさず、視線だけで。
 そのとき、視界の隅に入った人物がいる。

 ――いた……。ジュードさま……。

 どうやらジュードはクラレンスと反対の位置に立っていたようだ。こちらが王族関係者の集まりであれば、あちらが騎士団や魔術師団の偉い人たちの集まりなのだろう。ジュードがいればミックもどこかにいるはずだ、ということを期待したのだが彼はしがない事務官。このようなパーティのあちら側に出席できるような立場ではない。

 ――この場でジュミーは拝めないのか……。

 恐らくミックは他の部屋で控えているのだろう。あのジュードのことだから、必要最小限だけ出席したら、途中で抜け出すに決まっている。
 会場が少し騒がしくなってきたことで、ジーニアは我に返った。給仕たちが、参加者にグラスを手渡している。
 クラレンスはまだグラスを手にしていない。ジーニアも給仕からグラスを受け取りながらも、じっとクラレンスの手元を見ていた。それは隣にいるヘレナも同じように。
 クラレンスに近づく男が二人。一人はシリル。もう一人は、名前はわからない。間違いなくモブ的立場。だが、身なりから想像するに、偉い人のような気がする。
 偉い人よりも先にシリルがクラレンスに声をかけた。クラレンスは輝くような笑みを浮かべ、シリルからグラスを受け取った。輝くような笑み、というのはジーニア談である。本人がそれを意識して浮かべたかどうかはわからない。
 モブ的偉い人が悔しそうな表情を浮かべていることにジーニアは気付いた。さらにそのグラスを持つ手が震えていて、開いている方の手をさりげなく上にあげたことに。何かの合図のようにも見えなくないな、と思ったジーニアはあのモブ的偉い人が先ほどからチラチラと視線を送っていた先に顔を向けた。
 バルコニーで揺れているレースのカーテンの隙間から、キラリと光る何かが見えた。

「クラレンスさま」
 列の一番前にいたジーニアは推しの名前を叫びながら、グラスの中身をぶちまけて、クラレンスの前に立ちはだかった。

 バシュッと何かが飛んでくる音が聞こえた。
「……あっ」
「ジーン」
「おいっ」
「あそこだ。追え」

 ばだばたと人が動き出す音がする。ジーニアの視界は次第にぼやけてきて、その人たちの足音しか聞こえてこない。

「ジーン。おい、ジーン、しっかりしろ」
「知り合いか?」
「妹です」

 ジェレミーとクラレンスのそんなやり取りも、ジーニアの耳になんとなく届いてくるだけ。だがジーニアは、背中がじんじんと痛み、さらに痺れが全身へと回っていくような感じがして、頭の中もぼんやりとしてきて。

「おい、ジーン。しっかりしろ、ジーン」

 最後に耳に届いたのは、ジェレミーの声だった。
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