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明かされた真実(4)

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 彼は怒っている。怒っているからこそ、場を和まそうと思って口にした私の言葉は不発だった。

「アンドレイ殿は、アイリを侮辱しているのか?」

 腹の底から響く唸るような低い声。先ほどの国王とよく似ている声。

「滅相もない。もし、アイリ様が情を交わした相手がいるのなら、アイリ様はその方と結婚したほうが、お互いのためになるかと。むしろ、その相手もお困りになっているのでは? そう思っただけです」

 その相手はここにいますけどね。と思いながらも、アンドレイとウィルフォードの話の行方を見守っている。私が口を挟んだらややこしくなりそうだし。いや、何かを言葉にしたら墓穴を掘りそうだ。

「相手が困るだと? 困っているのはアイリだろう」
「まぁ、はい。そうですね。そのアイリ様の相手にいろいろと聞いてみるのが手っ取り早いのですが。ところで、お相手はどちらの方ですか?」

 この人たち、真面目な顔しながら人の性交渉の相手を聞きだそうとしているのだが。
 その相手は隣にいるのだが。

 また、ちらりと隣のウィルフォードを見つめる。首を横に振る。答えたくないなら答えなくてもいい。そう言っているように見えた。

「言えません」

 まずはこの答えで様子をみよう。

「ですが、相手が困ってるってどういうことですか?」

 この場合、ウィルフォードが困ってるということになる。だけど、一緒に暮らして二年。彼が困っていることといったら、女性恐怖症くらいだろう。

「あ、はい。相手の男性は、アイリ様にしか反応しなくなります。つまり、アイリ様以外の女性に対しては不能です」

 アンドレイは意気揚々と口にするが、返答に困るような答えだった。

「あ~。そうなんですね~」

 適当に相槌を打つ。ものすごく不能な人に心当たりがある。まぁ、隣にいる人だ。
 だけど、彼が私に反応したこともない。だから、大丈夫、多分。

「それで、相手はどちらの方ですか?」

 アンドレイは身を乗り出して、私の処女を捧げた相手、ではなく契った相手を確認しようとしてくる。とにかく、圧が強い。

 それでも、隣にいる彼の名前は出してはいけないような気がする。

「あぁ、そうですね。正直に話をしますと、ここに来てすぐに娼館のオーナーに拾われたんです。私としては衣食住が保証されればいいかな、なんて。だから、相手は客です。名も知らぬ客です」
「それは、二年以上前ですね?」
「そうですね。ここにきて、わりとすぐでしたから。ははっ」

 乾いた笑いしか出てこない。

 アンドレイと国王がなにやらコソコソと話をしている。口元に手を当てて、唇の動きを読めないように、声がこちら側に漏れないようにとしている様子もわざとらしい。

「その娼館の名前は覚えておりますか?」

 見せ付け密談を終えたアンドレイが聞いてきた。

「あぁ、忘れました。その娼館がなくなっちゃったんで」

 がたっと音を立てたのはウィルフォードだった。立ち上がろうとしてやめたようで、その勢いでソファがちょっとだけ動いた。

「そうだ。俺がアイリと出会ったのは娼館だ。だが君は、あそこの掃除を担当していたと」
「あ、そうそう。そうですね。私、身体が貧相だから娼婦に向いてないということで、清掃員として雇ってもらっていました」

 先ほどから、腋の下に変な汗をかいている。

「ですが、先ほどはそこの客に」
「あぁ、はい。そうですね、一回だけ客をとりました。一回だけです。どうしても、とオーナーに頼まれて。私からしたら、オーナーは命の恩人なんです」
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