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淑女に大変身(1)
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ウィルフォードが言うには、社交ダンスは基本のステップさえ覚えれば、なんとでもなるとのことだった。
私は高校の体育の授業を思い出す。習ったステップはワルツだったような気がする。
「それで、なぜロドニーさんがここにいらっしゃるのでしょうか?」
ダンスの練習をするよと言われて、一階のエントランス兼ホールへ足を向けると、ウィルフォードの他にロドニーもいたのだ。
「アイリさん、なぜって冷たいですね。今日はウィルにダンスを教えるために来たのですよ」
「もしかして、ウィルの言っていたダンスの先生って」
「はい、私、ロドニーが務めさせていただきます」
「ええっ」
これはもう驚くしかない。ロドニーは、見た目は女性向け恋愛ファンタジーラノベに出てくる王子様のような人である。茶色の絹糸のように細い髪はサラサラと流れて、深い森のような緑色の眼は人を魅了する。
それでも結婚しているから変な噂は聞こえてこない。奥さんと娘さんを溺愛しており、娘さんからは「ウザい」とまで言われているのだ。
ちなみに、ウザいという言葉を教えたのは私である。
『うっとうしいとか、うるさいとか、面倒くさいとか、邪魔とか、そういった意味をひっくるめている言葉だよ』と教えたら、『まさしくパパがそれ』と言って、困ったようにため息をついていた。
「ロドニーさんって、ダンスできるの?」
「少なくとも、ウィルよりは」
「こいつも、そこそこいいところの次男坊だからな」
ウィルフォードのその言葉でなんとなく察した。
「私ほど、この講師役に適している人物はいないと思うのですがね」
「あぁ、そうなんですね」
私のその返事にロドニーは不満だったのか、眉間に深くしわを刻んだ。
「アイリさん。やる気がないのですか?」
「なくはないです。だけど、講師がロドニーさんって、萎えません?」
上目遣いでじとっとロドニーを見た。
「萎えるってどういうことですか?」
「いや。ほら。知り合いだから、ですかね?」
コホンとわざとらしい咳ばらいが聞こえてきた。
「楽しそうだな」
「どこが楽しそうに見えるのよ? ダンスの先生がロドニーさんだなんて、恥ずかしいでしょ?」
それが私の本音だった。勉強だって知っている人に教えてもらうと、なんとなく気まずい。それと同じような感じ。
「なるほど。アイリさんはウィルとダンスの練習している姿を私に見られるのが恥ずかしいと。でしたら、私のことは壁だとお思いください。しゃべる壁です」
「壁がしゃべったら、余計に気になります」
「すまない、アイちゃん。頼めるのがロドニーくらいしかいないのだよ」
「プロの先生とか、いないの? ダンスレッスンの講師を専門にされている人とか」
「いや、まぁ。いないわけではないが、それを頼むにはちょっと問題があってだな」
ウィルフォードが動揺している。いるけど頼めないって、もしかして講師料の問題だろうか。
「講師代などのお金の問題? そうであれば、私、自分で払うし」
「ち、違う。金の問題じゃなくて……。俺の問題なんだ。だから、アイちゃん。悪いけど我慢してくれ」
「なんですか? ウィルも私では不満だと言いたいのですか?」
ロドニーは腕を組んで、顔を斜めにして見上げている。
「そういうわけじゃない。お前はよく知ってるだろ、俺のことを……」
「そうですね。ですから今回のパーティーには警備担当ではなく、参加者として出席するように強く言われたわけですからね」
二人が意味ありげに顔を見合わせて笑っているけれど、私にはさっぱりわからない。
「まぁ、ウィルがそう言うなら、我慢する。大きなパーティーだしね。我慢を覚えるのも必要よね」
私の言葉にウィルフォードは困ったように顔を歪ませ、ロドニーは朗らかに笑っていた。
「さて。では、早速、レッスンに入りましょう」
そう言ったロドニーが楽しそうにしていた理由を、レッスンが終わってから知った。
私は高校の体育の授業を思い出す。習ったステップはワルツだったような気がする。
「それで、なぜロドニーさんがここにいらっしゃるのでしょうか?」
ダンスの練習をするよと言われて、一階のエントランス兼ホールへ足を向けると、ウィルフォードの他にロドニーもいたのだ。
「アイリさん、なぜって冷たいですね。今日はウィルにダンスを教えるために来たのですよ」
「もしかして、ウィルの言っていたダンスの先生って」
「はい、私、ロドニーが務めさせていただきます」
「ええっ」
これはもう驚くしかない。ロドニーは、見た目は女性向け恋愛ファンタジーラノベに出てくる王子様のような人である。茶色の絹糸のように細い髪はサラサラと流れて、深い森のような緑色の眼は人を魅了する。
それでも結婚しているから変な噂は聞こえてこない。奥さんと娘さんを溺愛しており、娘さんからは「ウザい」とまで言われているのだ。
ちなみに、ウザいという言葉を教えたのは私である。
『うっとうしいとか、うるさいとか、面倒くさいとか、邪魔とか、そういった意味をひっくるめている言葉だよ』と教えたら、『まさしくパパがそれ』と言って、困ったようにため息をついていた。
「ロドニーさんって、ダンスできるの?」
「少なくとも、ウィルよりは」
「こいつも、そこそこいいところの次男坊だからな」
ウィルフォードのその言葉でなんとなく察した。
「私ほど、この講師役に適している人物はいないと思うのですがね」
「あぁ、そうなんですね」
私のその返事にロドニーは不満だったのか、眉間に深くしわを刻んだ。
「アイリさん。やる気がないのですか?」
「なくはないです。だけど、講師がロドニーさんって、萎えません?」
上目遣いでじとっとロドニーを見た。
「萎えるってどういうことですか?」
「いや。ほら。知り合いだから、ですかね?」
コホンとわざとらしい咳ばらいが聞こえてきた。
「楽しそうだな」
「どこが楽しそうに見えるのよ? ダンスの先生がロドニーさんだなんて、恥ずかしいでしょ?」
それが私の本音だった。勉強だって知っている人に教えてもらうと、なんとなく気まずい。それと同じような感じ。
「なるほど。アイリさんはウィルとダンスの練習している姿を私に見られるのが恥ずかしいと。でしたら、私のことは壁だとお思いください。しゃべる壁です」
「壁がしゃべったら、余計に気になります」
「すまない、アイちゃん。頼めるのがロドニーくらいしかいないのだよ」
「プロの先生とか、いないの? ダンスレッスンの講師を専門にされている人とか」
「いや、まぁ。いないわけではないが、それを頼むにはちょっと問題があってだな」
ウィルフォードが動揺している。いるけど頼めないって、もしかして講師料の問題だろうか。
「講師代などのお金の問題? そうであれば、私、自分で払うし」
「ち、違う。金の問題じゃなくて……。俺の問題なんだ。だから、アイちゃん。悪いけど我慢してくれ」
「なんですか? ウィルも私では不満だと言いたいのですか?」
ロドニーは腕を組んで、顔を斜めにして見上げている。
「そういうわけじゃない。お前はよく知ってるだろ、俺のことを……」
「そうですね。ですから今回のパーティーには警備担当ではなく、参加者として出席するように強く言われたわけですからね」
二人が意味ありげに顔を見合わせて笑っているけれど、私にはさっぱりわからない。
「まぁ、ウィルがそう言うなら、我慢する。大きなパーティーだしね。我慢を覚えるのも必要よね」
私の言葉にウィルフォードは困ったように顔を歪ませ、ロドニーは朗らかに笑っていた。
「さて。では、早速、レッスンに入りましょう」
そう言ったロドニーが楽しそうにしていた理由を、レッスンが終わってから知った。
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