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パーティーへのお誘い(3)

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「それよりも、腹が減った」

 ウィルフォードは両手を広げていた。つまり、私を抱きしめたがっている。これはもう、愛玩動物を愛でるような行為の一種であると認識している。猫の肉球をふにふにすると癒されるような、そんな仕草の一つ。

 特に、仕事で嫌なことがあったとき、彼は私を抱きしめたがる。求められるのは嫌ではない。だって、筋肉。

 だけど、いつまでも彼の世話になるわけもいかないから、いつかは終わってしまうこの関係に胸が痛むだけ。

「また今日も、事務官のお嬢様方にいじわるされたの?」
「違う。あいつだ、ロドニーだ。昨日のことを文句言ったら、いい加減、結婚をしろとか妻帯しろとか言い出した。次のパーティーで相手を紹介するとか言いやがったから、余計なお世話だと言った。だから、髪を切ってきた」

 なんとなく理解した。

 金髪のさらさらヘアのウィルフォードは、筋肉でありながらも爽やかなのだ。それが髪を切ったことで、より野生味が溢れる。
 となれば、彼に爽やかさを求めていた女性は離れていくだろう。そうなれば、ロドニーも強くは言わないだろうと、そう考えたようだ。単純といえば単純だが、素直なウィルフォードらしいといえばらしい。

 ウィルフォードは少しだけ私の首元に顔を埋め、気持ちを落ち着かせていた。

「はぁ」

 彼の吐息が首元に触れ、どこかくすぐったい。

「ほら、お腹、空いたでしょ? マーサさんがサービスしてくれたから、今日はぶ厚いステーキ肉よ!!」

 ステーキ肉に反応したウィルフォードはやっと顔をあげる。

「アイちゃんは俺が食べたいものがわかるみたいだな」
「そんなことないわよ。私が食べたかっただけだもの」

 なんとかウィルフォードを引きはがして、手を洗ってくるようにと言う。

 しゅんと背中を丸めて浴室に向かう姿は、玩具をとられてとぼとぼと歩いている小型犬のよう。
 見た目は屈強なのに、たまに弱々しい姿を見せてくるから気になってしまう。自立しなければと思いながらも、なかなか彼に言い出せないのはそれが原因でもあった。

 ウィルフォードが着替えやら何やらしている間に、急いで夕飯の支度を整える。今日のぶ厚いステーキ肉は、いい魔獣が手に入ったからとの理由で、肉屋のマーサが色をつけてくれたものである。

 この世界には魔獣と呼ばれる生き物がいる。魔獣とは魔力を備えている動物のようなもの。魔獣にも種類があり、人間たちに害をなすものと利益を与えるものと大きく二つに分けられている。
 害をなす魔獣は人間を餌としたり、田畑を荒らしたりする。利益を与える魔獣は、人間たちに食を提供したり、人間たちの生活を助けてくれたりする。場合によっては愛玩となり癒しすら与えてくれるのだ。

「あ、ウィル。席について。ご飯にしましょう」

 少しだけこざっぱりとしたウィルフォードが、食事の並んだテーブルの前に座る。 
 テーブルは、二十人くらいは座れるんじゃないかという大きなものであるが、私たちはそこの端っこに向かい合って座る。ちょっとした合宿所の食堂みたいな感じだ。

「へぇ、立派な肉だな」
「でしょでしょ? マーサさんのところで、なんかいい肉が手に入ったからって、サービスしてもらっちゃった」
「それは、あれだな。第四師団の連中がザクザクと魔獣を狩ってきたからだな。最近、外れの西の森に魔獣が住み着いて困っているという話があってな。西の森では、珍しい果実が採れるからそこに魔獣が住み着くとその果実が、魔獣たちに食べられてしまうんだ」

 珍しい果実の名前はガボナといい、食べるのはもちろんのこと、粉末や液体など加工がしやすいのが特徴である。栄養価も高く、重宝されているのだ。それを主な収入源としている領地にとっては、収入減に繋がる大ダメージでもあった。そのため、魔獣討伐に騎士団の第四師団が向かったとのことだった。

 つまりは、畑を荒らす猪みたいなものなのだろう。駆逐した後は食べる。

「じゃ、いただきましょう」

 私が手を合わせると、ウィルフォードも慌てて手を合わせ、すぐさまフォークとナイフを手に持った。

「うん、美味い。この味付けが絶妙だな」
「よかった! これもマーサさんに教えてもらったの」
「マーサは商売上手だからな。余計な物まで買わされないように気をつけろよ」
「うっ」

 私は言葉に詰まってしまった。いや、あれは余計な物ではない。必要な物だった。魔獣の内臓は健康によいからって、買わされただけだ。

「ん。このスープの味付けは独特だな。少しだけ生臭いような気もするし。変わった肉? それも入ってるな」

 結局、魔獣の内臓の使い道に悩んだ私はスープに全部放り込んだ。健康によいなら、問題なし。
 これ以上、この話題を続けられたらボロが出てしまう。

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