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第八章(1)
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カンカンカンとシリウル公爵が木槌を打ち鳴らす。
「まず、カリノさんの逆移送を求めます。それから騎士団は、本件についてもう一度関係者から話を聞き、真相を洗い出してください。現状のままでは、カリノさんが犯人であるという証拠が揃っておりません。大聖堂では、例の短剣の血痕について調べてください」
その言葉に総帥らは神妙な面持ちで頷いた。ややこしくなってしまった、とでも思っているのだろう。
それに引き換え、イアンは涼しい顔をしている。
「以上で、閉廷とします」
カツーンと甲高い音が鳴り響いた。
「おい、フィアナ。どういうつもりだ」
退室しようとするフィアナを呼び止めたのは、第一騎士団の団長だ。
「どういうつもりも何も……私は、ただ事実を口にしただけです」
「そうじゃない。あの証拠品はなんだ!」
「証拠品……とまで言えるものかどうかわかりませんでしたので……」
「おまえ、情報部の人間だからって調子にのるなよ」
場所を考えろ、と二人のやりとりに入ってきたのは総帥だった。
「こうなったら、我々も身の振り方を考えるべきだ。行くぞ」
団長は総帥の声に素直に従いつつも、フィアナに向かって舌打ちするのは忘れなかった。
一気に気が抜けた。
「大丈夫ですか?」
イアンが穏やかに声をかけてきた。
「はい、大丈夫ですが。間違いなく彼らを敵に回しましたね」
フィアナは、ははっと笑って誤魔化した。
「騎士さま……」
右手にあたたかなものが触れたと思ったら、それはカリノの手だった。
「ありがとうございました……」
「カリノさん。まだお礼を言うのは早いですよ。これから真実を明らかにするため、再捜査が行われますから。そこで、アルテール殿下が今まで何をやってきたのかがわかるでしょう」
フィアナの言葉でカリノの口元がゆるんだ。
「カリノさんは、また騎士団預かりとなります。その手続きが終わるまではこちらで過ごすことになりますが……」
フィアナがそう言い終えたところで、カリノを引き取るために近衛騎士隊の人間がやってきた。
「今日は、なかなか面白いものを見させていただきました」
近衛騎士の男も不気味に笑う。
「手続きが終わり次第、騎士団本部にお戻ししますので」
「わかりました」
近衛騎士の男は、イアンに視線を向けた。
「大聖堂側も無傷とはいかないでしょうね」
「……覚悟のうえですよ。あの王太子を引きずり出せただけ、マシでしょう」
二人は腹の内を探り合うかのように視線を絡ませる。フィアナがそれに割って入る。
「では、カリノさんをよろしくお願いいたします」
フィアナが近衛騎士の男に頭を下げると、今までのイアンとのやりとりなどなかったかのように、彼も「お預かりします」と紳士に対応してくれた。
退室するカリノの背を見送ってから、フィアナも部屋を出ようと動き出す。
「……フィアナさん」
イアンに名前を呼ばれたのは初めてかもしれない。
「少し、お時間をいただけますか?」
それはフィアナにとっても願ってもない話だ。
アルテールの言葉には、いろいろと含みがあった。確認しておきたい点はいくつもある。
「はい……よろしくお願いします」
部屋を出て、二人並んで回廊を歩く。天窓から降り注ぐ太陽光により、生暖かい空気が頬にまとわりつくのが、ほんの少し不快だった。
王城の裏手にある庭園――裏庭は開放されていた。そこにぽつぽつと並ぶ東屋の一つに、二人は入った。
そよそよと風が吹き、花の香りを運んでくる。
「それで、どんなご用でしたか?」
フィアナが声をかけた。
時間をとってほしいと言ったのはイアンのほうだ。
「はい。あなたには、聖女の秘密を知っておいてもらったほうがよいのかと思いました」
「聖女様の秘密ですか?」
同じ日差しであるのに、天窓越しに感じる光と花々を照らす光は、違うもののように見える。
「はい。幼い巫女たちは、だいたい十三歳を境目に聖女になれるかどうか、判断されます」
「まず、カリノさんの逆移送を求めます。それから騎士団は、本件についてもう一度関係者から話を聞き、真相を洗い出してください。現状のままでは、カリノさんが犯人であるという証拠が揃っておりません。大聖堂では、例の短剣の血痕について調べてください」
その言葉に総帥らは神妙な面持ちで頷いた。ややこしくなってしまった、とでも思っているのだろう。
それに引き換え、イアンは涼しい顔をしている。
「以上で、閉廷とします」
カツーンと甲高い音が鳴り響いた。
「おい、フィアナ。どういうつもりだ」
退室しようとするフィアナを呼び止めたのは、第一騎士団の団長だ。
「どういうつもりも何も……私は、ただ事実を口にしただけです」
「そうじゃない。あの証拠品はなんだ!」
「証拠品……とまで言えるものかどうかわかりませんでしたので……」
「おまえ、情報部の人間だからって調子にのるなよ」
場所を考えろ、と二人のやりとりに入ってきたのは総帥だった。
「こうなったら、我々も身の振り方を考えるべきだ。行くぞ」
団長は総帥の声に素直に従いつつも、フィアナに向かって舌打ちするのは忘れなかった。
一気に気が抜けた。
「大丈夫ですか?」
イアンが穏やかに声をかけてきた。
「はい、大丈夫ですが。間違いなく彼らを敵に回しましたね」
フィアナは、ははっと笑って誤魔化した。
「騎士さま……」
右手にあたたかなものが触れたと思ったら、それはカリノの手だった。
「ありがとうございました……」
「カリノさん。まだお礼を言うのは早いですよ。これから真実を明らかにするため、再捜査が行われますから。そこで、アルテール殿下が今まで何をやってきたのかがわかるでしょう」
フィアナの言葉でカリノの口元がゆるんだ。
「カリノさんは、また騎士団預かりとなります。その手続きが終わるまではこちらで過ごすことになりますが……」
フィアナがそう言い終えたところで、カリノを引き取るために近衛騎士隊の人間がやってきた。
「今日は、なかなか面白いものを見させていただきました」
近衛騎士の男も不気味に笑う。
「手続きが終わり次第、騎士団本部にお戻ししますので」
「わかりました」
近衛騎士の男は、イアンに視線を向けた。
「大聖堂側も無傷とはいかないでしょうね」
「……覚悟のうえですよ。あの王太子を引きずり出せただけ、マシでしょう」
二人は腹の内を探り合うかのように視線を絡ませる。フィアナがそれに割って入る。
「では、カリノさんをよろしくお願いいたします」
フィアナが近衛騎士の男に頭を下げると、今までのイアンとのやりとりなどなかったかのように、彼も「お預かりします」と紳士に対応してくれた。
退室するカリノの背を見送ってから、フィアナも部屋を出ようと動き出す。
「……フィアナさん」
イアンに名前を呼ばれたのは初めてかもしれない。
「少し、お時間をいただけますか?」
それはフィアナにとっても願ってもない話だ。
アルテールの言葉には、いろいろと含みがあった。確認しておきたい点はいくつもある。
「はい……よろしくお願いします」
部屋を出て、二人並んで回廊を歩く。天窓から降り注ぐ太陽光により、生暖かい空気が頬にまとわりつくのが、ほんの少し不快だった。
王城の裏手にある庭園――裏庭は開放されていた。そこにぽつぽつと並ぶ東屋の一つに、二人は入った。
そよそよと風が吹き、花の香りを運んでくる。
「それで、どんなご用でしたか?」
フィアナが声をかけた。
時間をとってほしいと言ったのはイアンのほうだ。
「はい。あなたには、聖女の秘密を知っておいてもらったほうがよいのかと思いました」
「聖女様の秘密ですか?」
同じ日差しであるのに、天窓越しに感じる光と花々を照らす光は、違うもののように見える。
「はい。幼い巫女たちは、だいたい十三歳を境目に聖女になれるかどうか、判断されます」
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