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第七章(4)
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メッサは退室した。大人が多くいるこの場にいるのは、彼女にとっても負担だったにちがいない。
これからのことを考えれば、メッサはいないほうがいい。この場にいても、心の傷が深くなるだけだ。
次に、イアンが話し始めた。彼はいつものように飄々とした語り口で、そこから感情はいっさい読み取れない。
ラクリーアが亡くなった悲しみ、カリノへの同情、アルテールへの憎しみ。少なからず誰もが抱く感情を、イアンからはまったく感じられなかった。
「カリノの言うことも一理あるかと思います。アルテール王太子殿下が、聖女ラクリーア様に求婚したのは、大聖堂側の人間であれば誰でも知っている話です。ただ、変に噂が立たぬよう、けして口外しないようにと強く言ったのは認めます。ですから、そういった事実があったことは、外には漏れていないはずです。断られたアルテール王太子殿下自らが、吹聴していないかぎりは」
ざわりと周囲が色めきだつ。アルテールの顔はまた青くなった。だが、国王だけは難しい顔をしている。
アルテールがラクリーアに求婚したという話を、ここにいる者たちは知らなかったように見えた。アルテールが巧妙に隠していたのか。
求婚したのに振られたのだから、一国の王太子であれば隠しておきたいにちがいあるまい。
「とにかく、ラクリーア様は殿下の求婚をお断りしたわけです。それによって殿下がラクリーア様を恨んでいるのではありませんか?」
傍聴席にいるアルテールに発言権はない。発言するためには、この場まで下りてこなければならないのだ。
だというのに、イアンはアルテールを挑発するような言葉を投げかけている。
「傍聴席の人間に呼びかけないように。あなたは知っていることだけを話してください」
シリウル公爵が冷静な声で言い放つと、イアンは首をすくめた。
「失礼しました。私も聖女様、そして巫女らが王族によって穢された事実に、少し腹立たしく思っているようです」
ギリギリと唇を噛みしめるアルテールは、イアンを黙って睨みつけていた。
「その後も何度かアルテール殿下はラクリーア様に会いに来られましたが、ラクリーア様がそれを拒みました。そのたびに、アルテール殿下は近場にいた者に八つ当たりするものですから、ラクリーア様もほとほと困っておられまして……。しかし、そういったことも続けばラクリーア様もアルテール殿下と話し合いをしなければならないと思ったようです。ラクリーア様のほうから王城へと向かうようになりました。殿下がこちらに来られて、年若い巫女や聖騎士見習いに手を出すのを避けたかった。それが理由です」
この場合の手を出すとは、どういった意味があるのかと、フィアナは思ったのだが、深く考えるのをやめた。これは追求したらぼろぼろと出てくる案件ではないだろうか。
「ラクリーア様は自らを犠牲とし、殿下のお気持ちをすべて一人で受け止めていたのです。他の者が害されないようにと。我々はそれを知っておきながらラクリーア様を王城までおつれしておりました」
ラクリーアが王城へ向かうときには、五人も聖騎士が護衛としてついていたとも聞いている。
だが、大聖堂と王城。その行き来に聖騎士が五人というのも、いささか大げさな気もしたのだ。
「アルテール殿下はラクリーア様に手をあげることもございました」
その一言で、会場にいる者たちが息を呑むのが伝わってきた。
「ラクリーア様は必死にそれを隠しておられましたが、我々から見れば、ぎこちない動作などですぐにわかります。ラクリーア様の身の回りの世話をしている者からも、王城を訪れたあとには、身体に新しい痣があったと聞いております」
身を固くしながら話を聞いているのは、もちろんアルテールだ。いたずらをした子どもでもあるまいし、隠すならもっとうまく隠せばいいものを。
これからのことを考えれば、メッサはいないほうがいい。この場にいても、心の傷が深くなるだけだ。
次に、イアンが話し始めた。彼はいつものように飄々とした語り口で、そこから感情はいっさい読み取れない。
ラクリーアが亡くなった悲しみ、カリノへの同情、アルテールへの憎しみ。少なからず誰もが抱く感情を、イアンからはまったく感じられなかった。
「カリノの言うことも一理あるかと思います。アルテール王太子殿下が、聖女ラクリーア様に求婚したのは、大聖堂側の人間であれば誰でも知っている話です。ただ、変に噂が立たぬよう、けして口外しないようにと強く言ったのは認めます。ですから、そういった事実があったことは、外には漏れていないはずです。断られたアルテール王太子殿下自らが、吹聴していないかぎりは」
ざわりと周囲が色めきだつ。アルテールの顔はまた青くなった。だが、国王だけは難しい顔をしている。
アルテールがラクリーアに求婚したという話を、ここにいる者たちは知らなかったように見えた。アルテールが巧妙に隠していたのか。
求婚したのに振られたのだから、一国の王太子であれば隠しておきたいにちがいあるまい。
「とにかく、ラクリーア様は殿下の求婚をお断りしたわけです。それによって殿下がラクリーア様を恨んでいるのではありませんか?」
傍聴席にいるアルテールに発言権はない。発言するためには、この場まで下りてこなければならないのだ。
だというのに、イアンはアルテールを挑発するような言葉を投げかけている。
「傍聴席の人間に呼びかけないように。あなたは知っていることだけを話してください」
シリウル公爵が冷静な声で言い放つと、イアンは首をすくめた。
「失礼しました。私も聖女様、そして巫女らが王族によって穢された事実に、少し腹立たしく思っているようです」
ギリギリと唇を噛みしめるアルテールは、イアンを黙って睨みつけていた。
「その後も何度かアルテール殿下はラクリーア様に会いに来られましたが、ラクリーア様がそれを拒みました。そのたびに、アルテール殿下は近場にいた者に八つ当たりするものですから、ラクリーア様もほとほと困っておられまして……。しかし、そういったことも続けばラクリーア様もアルテール殿下と話し合いをしなければならないと思ったようです。ラクリーア様のほうから王城へと向かうようになりました。殿下がこちらに来られて、年若い巫女や聖騎士見習いに手を出すのを避けたかった。それが理由です」
この場合の手を出すとは、どういった意味があるのかと、フィアナは思ったのだが、深く考えるのをやめた。これは追求したらぼろぼろと出てくる案件ではないだろうか。
「ラクリーア様は自らを犠牲とし、殿下のお気持ちをすべて一人で受け止めていたのです。他の者が害されないようにと。我々はそれを知っておきながらラクリーア様を王城までおつれしておりました」
ラクリーアが王城へ向かうときには、五人も聖騎士が護衛としてついていたとも聞いている。
だが、大聖堂と王城。その行き来に聖騎士が五人というのも、いささか大げさな気もしたのだ。
「アルテール殿下はラクリーア様に手をあげることもございました」
その一言で、会場にいる者たちが息を呑むのが伝わってきた。
「ラクリーア様は必死にそれを隠しておられましたが、我々から見れば、ぎこちない動作などですぐにわかります。ラクリーア様の身の回りの世話をしている者からも、王城を訪れたあとには、身体に新しい痣があったと聞いております」
身を固くしながら話を聞いているのは、もちろんアルテールだ。いたずらをした子どもでもあるまいし、隠すならもっとうまく隠せばいいものを。
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