48 / 66
第七章(2)
しおりを挟む
カリノはまっすぐにシリウル公爵を見つめたまま、何も言わない。
「言いたくないことは言わなくても問題ありません。ですが、事実と異なることがあるのならば、はっきりと陳述するように」
「……はい」
裁判はシリウル公爵によって進行される。
「では、カリノさん。本件について何か言いたいことは?」
法廷内はしんと静まり返り、誰もがカリノの言葉を待っているように見えた。
フィアナは、騎士団の人間でありながらもカリノについて証言するため、大聖堂側の人間と共に座っていた。だからフィアナが前を見れば、騎士団総帥たちの顔がある。その顔は「なぜお前はそこにいる」と言っているように見えた。
この場にはナシオンやタミオスの姿はない。つまり騎士団の人間でフィアナの味方になってくれるような者はいないのだ。
「……わたし」
小さな身体が凛とした声色を発する。
「聖女ラクリーア様を殺していません」
どよどよとざわめきが生まれる。
「静粛に」
カツーンと木槌の音が響き、また静まり返る。
フィアナは傍聴席に座るアルテールにチラリと視線を向けた。彼は唇をまっすぐに結んで、カリノの後ろ姿を睨みつけている。
「カリノさん。それはどういう意味ですか?」
「言葉のとおりです。わたしは聖女様を殺していません。ただ、聖女様の首を切断したことだけは認めます」
またざわざわと傍聴席がどよめいた。
「つまり、聖女ラクリーアを殺した犯人は別にいるわけですね?」
「はい」
「あなたは、その犯人を知っていますか?」
「それは……」
シリウル公爵の追求にカリノは言い淀む。アルテールの名前をここで出していいかどうかを考えているのだろう。
「裁判長」
フィアナが手を挙げれば、その場にいる者たちの視線が一斉にフィアナに向いた。
「なぜカリノさんを移送したのか、それを彼らに聞くのが先ではないでしょうか」
フィアナは堂々と騎士団総帥を見据えた。
「なるほど。では、カリノさんを移送した理由を教えてください」
シリウル公爵の顔が騎士団側に向いたことで、フィアナはほっと胸をなでおろす。
「はい」
野太い声を発したのは、第一騎士団の団長である。
「本人の自供によるものです。彼女は、聖女を殺したと自首してきました。その後の取り調べでもその主張を貫きとおしたため、移送した次第です」
彼が言っていることは間違いではないし、移送の理由としても合っている。なによりも、あの場ではカリノ以外の犯人像が浮かび上がってこなかったのだから。
だがそれが巧みに隠されたものだとしたら。
あの場でそれを暴いたとしても、もみ消されるのが目に見えているのだとしたら。
むしろ真実を明らかにする勝負は、この場しかない。
高位貴族の中には、改革派の人間もいる。そんな彼らにとって、王族の失態は喉から手が出るほどほしい話題だ。
仮にここでアルテールが聖女殺しの犯人だとしたら、改革派の人間は一気に動き、国王から立法権を取り上げるだろう。
それを考えれば、貴族の中でも改革派の人間はこちらの味方となる。
「カリノさん。あなたは、自分が聖女を殺したと、伝えたのですね?」
シリウル公爵を見上げるカリノは、「はい」と首を縦に振る。
「どうして、その場で本当のこと――聖女を殺していないと伝えなかったのですか?」
この場にいる誰もがそう思っているだろう。なぜ最初に「殺していない」と言わなかったのか。
もちろんフィアナはその理由を知っているから、カリノの行動も理解できるのだが。
「……それは……そう、言われた、から……です」
カリノの歯切れが悪い。
「そう言われた?」
シリウル公爵も目をすがめる。
「はい……そう言わないと、わたしの大事な人を傷つけると……」
傍聴席が騒がしくなった。もちろん、この言葉に動揺を見せているのは騎士団の人間だろう。
「静粛に、静粛に」
「言いたくないことは言わなくても問題ありません。ですが、事実と異なることがあるのならば、はっきりと陳述するように」
「……はい」
裁判はシリウル公爵によって進行される。
「では、カリノさん。本件について何か言いたいことは?」
法廷内はしんと静まり返り、誰もがカリノの言葉を待っているように見えた。
フィアナは、騎士団の人間でありながらもカリノについて証言するため、大聖堂側の人間と共に座っていた。だからフィアナが前を見れば、騎士団総帥たちの顔がある。その顔は「なぜお前はそこにいる」と言っているように見えた。
この場にはナシオンやタミオスの姿はない。つまり騎士団の人間でフィアナの味方になってくれるような者はいないのだ。
「……わたし」
小さな身体が凛とした声色を発する。
「聖女ラクリーア様を殺していません」
どよどよとざわめきが生まれる。
「静粛に」
カツーンと木槌の音が響き、また静まり返る。
フィアナは傍聴席に座るアルテールにチラリと視線を向けた。彼は唇をまっすぐに結んで、カリノの後ろ姿を睨みつけている。
「カリノさん。それはどういう意味ですか?」
「言葉のとおりです。わたしは聖女様を殺していません。ただ、聖女様の首を切断したことだけは認めます」
またざわざわと傍聴席がどよめいた。
「つまり、聖女ラクリーアを殺した犯人は別にいるわけですね?」
「はい」
「あなたは、その犯人を知っていますか?」
「それは……」
シリウル公爵の追求にカリノは言い淀む。アルテールの名前をここで出していいかどうかを考えているのだろう。
「裁判長」
フィアナが手を挙げれば、その場にいる者たちの視線が一斉にフィアナに向いた。
「なぜカリノさんを移送したのか、それを彼らに聞くのが先ではないでしょうか」
フィアナは堂々と騎士団総帥を見据えた。
「なるほど。では、カリノさんを移送した理由を教えてください」
シリウル公爵の顔が騎士団側に向いたことで、フィアナはほっと胸をなでおろす。
「はい」
野太い声を発したのは、第一騎士団の団長である。
「本人の自供によるものです。彼女は、聖女を殺したと自首してきました。その後の取り調べでもその主張を貫きとおしたため、移送した次第です」
彼が言っていることは間違いではないし、移送の理由としても合っている。なによりも、あの場ではカリノ以外の犯人像が浮かび上がってこなかったのだから。
だがそれが巧みに隠されたものだとしたら。
あの場でそれを暴いたとしても、もみ消されるのが目に見えているのだとしたら。
むしろ真実を明らかにする勝負は、この場しかない。
高位貴族の中には、改革派の人間もいる。そんな彼らにとって、王族の失態は喉から手が出るほどほしい話題だ。
仮にここでアルテールが聖女殺しの犯人だとしたら、改革派の人間は一気に動き、国王から立法権を取り上げるだろう。
それを考えれば、貴族の中でも改革派の人間はこちらの味方となる。
「カリノさん。あなたは、自分が聖女を殺したと、伝えたのですね?」
シリウル公爵を見上げるカリノは、「はい」と首を縦に振る。
「どうして、その場で本当のこと――聖女を殺していないと伝えなかったのですか?」
この場にいる誰もがそう思っているだろう。なぜ最初に「殺していない」と言わなかったのか。
もちろんフィアナはその理由を知っているから、カリノの行動も理解できるのだが。
「……それは……そう、言われた、から……です」
カリノの歯切れが悪い。
「そう言われた?」
シリウル公爵も目をすがめる。
「はい……そう言わないと、わたしの大事な人を傷つけると……」
傍聴席が騒がしくなった。もちろん、この言葉に動揺を見せているのは騎士団の人間だろう。
「静粛に、静粛に」
40
お気に入りに追加
187
あなたにおすすめの小説
わたしは婚約者の不倫の隠れ蓑
岡暁舟
恋愛
第一王子スミスと婚約した公爵令嬢のマリア。ところが、スミスが魅力された女は他にいた。同じく公爵令嬢のエリーゼ。マリアはスミスとエリーゼの密会に気が付いて……。
もう終わりにするしかない。そう確信したマリアだった。
本編終了しました。
(完)聖女様は頑張らない
青空一夏
ファンタジー
私は大聖女様だった。歴史上最強の聖女だった私はそのあまりに強すぎる力から、悪魔? 魔女?と疑われ追放された。
それも命を救ってやったカール王太子の命令により追放されたのだ。あの恩知らずめ! 侯爵令嬢の色香に負けやがって。本物の聖女より偽物美女の侯爵令嬢を選びやがった。
私は逃亡中に足をすべらせ死んだ? と思ったら聖女認定の最初の日に巻き戻っていた!!
もう全力でこの国の為になんか働くもんか!
異世界ゆるふわ設定ご都合主義ファンタジー。よくあるパターンの聖女もの。ラブコメ要素ありです。楽しく笑えるお話です。(多分😅)
【1/21取り下げ予定】悲しみは続いても、また明日会えるから
gacchi
恋愛
愛人が身ごもったからと伯爵家を追い出されたお母様と私マリエル。お母様が幼馴染の辺境伯と再婚することになり、同じ年の弟ギルバードができた。それなりに仲良く暮らしていたけれど、倒れたお母様のために薬草を取りに行き、魔狼に襲われて死んでしまった。目を開けたら、なぜか五歳の侯爵令嬢リディアーヌになっていた。あの時、ギルバードは無事だったのだろうか。心配しながら連絡することもできず、時は流れ十五歳になったリディアーヌは学園に入学することに。そこには変わってしまったギルバードがいた。電子書籍化のため1/21取り下げ予定です。
強制力がなくなった世界に残されたものは
りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った
令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達
世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか
その世界を狂わせたものは
異世界転生した時に心を失くした私は貧民生まれです
ぐるぐる
ファンタジー
前世日本人の私は剣と魔法の世界に転生した。
転生した時に感情を欠落したのか、生まれた時から心が全く動かない。
前世の記憶を頼りに善悪等を判断。
貧民街の狭くて汚くて臭い家……家とはいえないほったて小屋に、生まれた時から住んでいる。
2人の兄と、私と、弟と母。
母親はいつも心ここにあらず、父親は所在不明。
ある日母親が死んで父親のへそくりを発見したことで、兄弟4人引っ越しを決意する。
前世の記憶と知識、魔法を駆使して少しずつでも確実にお金を貯めていく。
出来損ないと呼ばれた伯爵令嬢は出来損ないを望む
家具屋ふふみに
ファンタジー
この世界には魔法が存在する。
そして生まれ持つ適性がある属性しか使えない。
その属性は主に6つ。
火・水・風・土・雷・そして……無。
クーリアは伯爵令嬢として生まれた。
貴族は生まれながらに魔力、そして属性の適性が多いとされている。
そんな中で、クーリアは無属性の適性しかなかった。
無属性しか扱えない者は『白』と呼ばれる。
その呼び名は貴族にとって屈辱でしかない。
だからクーリアは出来損ないと呼ばれた。
そして彼女はその通りの出来損ない……ではなかった。
これは彼女の本気を引き出したい彼女の周りの人達と、絶対に本気を出したくない彼女との攻防を描いた、そんな物語。
そしてクーリアは、自身に隠された秘密を知る……そんなお話。
設定揺らぎまくりで安定しないかもしれませんが、そういうものだと納得してくださいm(_ _)m
※←このマークがある話は大体一人称。
愛など初めからありませんが。
ましろ
恋愛
お金で売られるように嫁がされた。
お相手はバツイチ子持ちの伯爵32歳。
「君は子供の面倒だけ見てくれればいい」
「要するに貴方様は幸せ家族の演技をしろと仰るのですよね?ですが、子供達にその様な演技力はありますでしょうか?」
「……何を言っている?」
仕事一筋の鈍感不器用夫に嫁いだミッシェルの未来はいかに?
✻基本ゆるふわ設定。箸休め程度に楽しんでいただけると幸いです。
神のいとし子は追放された私でした〜異母妹を選んだ王太子様、今のお気持ちは如何ですか?〜
星井柚乃(旧名:星里有乃)
恋愛
「アメリアお姉様は、私達の幸せを考えて、自ら身を引いてくださいました」
「オレは……王太子としてではなく、一人の男としてアメリアの妹、聖女レティアへの真実の愛に目覚めたのだ!」
(レティアったら、何を血迷っているの……だって貴女本当は、霊感なんてこれっぽっちも無いじゃない!)
美貌の聖女レティアとは対照的に、とにかく目立たない姉のアメリア。しかし、地味に装っているアメリアこそが、この国の神のいとし子なのだが、悪魔と契約した妹レティアはついに姉を追放してしまう。
やがて、神のいとし子の祈りが届かなくなった国は災いが増え、聖女の力を隠さなくなったアメリアに救いの手を求めるが……。
* 2023年01月15日、連載完結しました。
* ヒロインアメリアの相手役が第1章は精霊ラルド、第2章からは隣国の王子アッシュに切り替わります。最終章に該当する黄昏の章で、それぞれの関係性を決着させています。お読みくださった読者様、ありがとうございました!
* 初期投稿ではショートショート作品の予定で始まった本作ですが、途中から長編版に路線を変更して完結させました。
* この作品は小説家になろうさんとアルファポリスさんに投稿しております。
* ブクマ、感想、ありがとうございます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる