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「では、母上。僕は明日の朝まで地下にこもりますから」
「あら。我が息子ながら、お盛んね」
「確実に、僕の子を孕んでもらわないと困りますからね」
 マティアスの手が、アルベティーナの下腹部を撫で上げた。そこは子を育む場所。彼を拒みたいのに拒むことはできないのは、あの薬が徐々に効いてきているからだ。
 アルベティーナから力と思考を奪う薬。
 石造りの廊下を、マティアスに腕を引っ張られながらアルベティーナは奥へと進む。小さな窓から入り込む太陽の光が、仄かに廊下を照らしている。
 一番奥の突き当り。チョコレート色の扉の前にはイリダルが立っていた。マティアスはイリダルなどいないかのように扱い、扉を開ける。
 さらに地下へと続く石造り階段が続いていた。壁も石造りで、今の扉を閉めてしまえば光は入ってこない。真っ暗な闇。
 マティアスはイリダルから燭台を受け取る。
「暴れるなよ」
 腕をとられたアルベティーナは、空いている手で冷たい壁に触れながら、もつれそうになる足をゆっくり前へと進める。心許ない燭台が微かに足元を照らす。石でできている歪な階段は、気を抜くとすぐに足を踏み外してしまいそうになる。
 階段を降りたマティアスは、燭台で扉の取っ手を探り、燭台を持ったまま取っ手を引き下げ、扉を開けた。
 その部屋にいたのはドロテオだ。彼がアルベティーナの夫となるべき人物だったのだろう。アルベティーナと共に、マティアスの『駒』として相応しい人間。
「ドロテオ。状況はかわった。お前はこの部屋から出て行け」
「マティアス様?」
「お前は耳が聞こえないのか? 部屋から出て行けと僕が言ったら、お前は部屋を出ていくんだよ。アルベティーナを抱くのは、この僕だ。だからお前はさっさと部屋から出て行け」
 ドロテオは驚いたように立ち上がると、言われた通り急いで部屋から出ていった。
 バタンと扉は乱暴に閉められる。
「僕たちの関係に、邪魔はされたくないからね」
 マティアスは扉に鍵をかけた。アルベティーナは口の中に溜まった唾液を、ゆっくりと嚥下する。
「この部屋は、僕と君の寝室だ。素敵だろう?」
 天蓋つきの大きな寝台。部屋の壁はクリーム色で、夜になれば燭台による明かりで幻想的に照らされるのだろう。今は、地上に出ている微かな窓が、外からの光を取り込んでいる。
「ねえ? そろそろ身体が辛いよね? 僕を求めているよね?」
 マティアスはアルベティーナの手を引っ張りながら、寝台へと近づくと、そのまま彼女を寝台の上に押し倒した。
「いいね。その怯えた顔。そそられる」
 アルベティーナの胸元にマティアスの手が伸びてきた。
「ちっ……。なんなんだ、このコルセットというものは。邪魔だな」
 このときばかりは、アルベティーナは大嫌いなコルセットに感謝をした。
「まあ、いい。先にこちらを味らわせてもらう」
 マティアスの顔が近づいてきて、アルベティーナは思わず顔を背けた。だが、マティアスはがしっと両手でアルベティーナの頬を押さえ込み、無理矢理口づける。
 唇が重なった瞬間、アルベティーナの背筋にはさわさわと虫が這うような感覚が襲ってきた。
「いてっ……、くそっ」
 マティアスはそう口元を押さえながら、アルベティーナから離れる。
「こんなことをしたって無駄だよ。君は僕を受け入れるしかないはずだよ。君が連れていた侍女を無事に返して欲しければね……」
 アルベティーナはジロリとマティアスを睨みつけることしかできない。クレアが彼の手の中にいる以上、圧倒的に不利なのはアルベティーナなのだ。だからといって、シーグルード以外の男に身体を許したいとも思わない。
「それに……。いいの? 僕が欲しくないのかな?」
 つつっとマティアスの指が、アルベティーナの頬を撫で上げる。
 ふるっと身体が震え、身体の中心に熱が溜まる。逃げたいのに逃げられないのは、クレアがいるから。いや、そろそろ例の薬がアルベティーナの自由を奪い始めるから。
「君のここに、僕をたくさん注いであげる。そうすれば、あの王太子だって君を手放すはずだ」
 下腹部を撫で上げられれば、微かに腰も震える。それをマティアスは愉悦に満ちた表情で見下ろしていた。
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