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 先ほどから侍女がやってきて、カチャカチャとお茶を淹れていた。アルベティーナの前にも湯気を立てたカップが置かれる。
「どうぞ。お菓子もあるから。ここは静かで本当にいいところだ。身を隠すにはもってこいの場所なんだ」
 アルベティーナはシーグルードの言葉を思い出していた。マルグレットでは王の座を狙って少し血生臭い争いが起こったこと。前王の弟の王弟派と前王の息子である王子派に分かれ、負けた王子派の人間は処刑されたこと。そして肝心の王子と前王妃は亡命したと。亡命先は前王妃の故郷であるライネン国ではないかと噂されていたが、まさかグルブランソンにいるとは思ってもいなかった。
「灯台下暮らしとは、こういうことを言うのだろうね。彼らは、母の故郷であるライネン国を探っているからね」
 カチャリと音を立て、マティアスはカップに口をつける。
「君も飲んだら? 喉が渇いたでしょう?」
 この状況で出された物に簡単に手をつけるようなアルベティーナでもない。
「警戒してるのか。ま、それでもいいや」
「それで。私をこのような場所に連れてきて、どのようなつもりですか?」
 口元にカップを寄せたまま、マティアスはふっと笑った。そして、一口飲む。彼の全ての動作がわざとらしく見えて、アルベティーナの心には苛立ちだけがつのっていく。だが、その苛立ちに感情を支配されてしまうと、大事なことを見失うと、散々ルドルフであったシーグルードから言われていた言葉。
 アルベティーナは大きく息を吸い、ゆっくりと息を吐く。
 彼が言葉を吐き出すことを待つ。
「僕の妹は、利口なのか馬鹿なのか。よくわからないな。君は、マルグレットの現状を知らないのか? 王が誰であるかも」
「知ってます」
「だったら、わかるだろう? 僕たちはあの叔父が嫌いなんだよ。きれいごとだけを並べ立てて、国を統治しようとしている叔父が」
「ですが。あなたは派閥争いで負けたのでしょう? そう、聞いておりますが?」
 アルベティーナはわざと挑発的な言い方をした。マティアスという男を探るために。
 エステリは二人の話など、興味がないかのようにお菓子に手を伸ばしている。
「ああ。そうだ。負けた。だから、大事な仲間をたくさん失ったんだ」
「仕返しでもするつもりですか?」
「仕返し? とんでもない。正しい者をあの国の王につけるだけだ。父の血を継ぐ者を」
 マティアスは顔を横に向け、じっとアルベティーナの顔を見つめてきた。アルベティーナはけして彼を見ようとはしない。じっとテーブルの上に視線を向けている。
「君をマルグレットの女王にする。前王の娘だ。伯父よりも君の方が王に相応しいに決まっている。だからね、君がグルブランソンの王太子と婚約されてしまうと困るというわけだ。君は大事な駒なのだから」
 駒、と言われアルベティーナは眉をピクリと動かした。ゆっくりと顔をマティアスに向け、じっと彼の目を見つめる。アルベティーナと同じ瞳の色。
「何も心配する必要は無いよ。君はただ『女王』としてあの椅子に座っているだけでいい。あとは全て僕たちに任せておけばいいんだよ」
 駒の意味がわかった。つまり前王の血を引く、形だけの『女王』を望んでいるのだ。いや、自分の言うことを聞く忠実な『女王』を。
「君の結婚相手は僕が選んであるんだ。君と同じ、僕に忠実な人間をね」
「グルブランソンの人たちを攫って、マルグレットへ売りつけていたのは……」
「僕の指示だよ。資金稼ぎというやつだね。それのおかげで、僕を支持する人間もグルブランソンにも増えたわけだが……。ああ、何か月か前に、多くの人手を失ったのは痛かったな」
 口元に手を添えながら、どことなく懐かしむような声でマティアスは口にした。
「お茶。飲まないの? せっかく君のために淹れたのに。君が飲まないと、処分されるのはこのお茶を淹れた侍女だよ。女王様が気に入るお茶を淹れることができなかったってね」
 彼らは卑怯だ。クレアを人質にし、そしてお茶を淹れただけのただの侍女の命までも握り、アルベティーナを脅してくる。
 自分自身への脅しであれば、アルベティーナはいくらでも耐えられる。ヘドマン領の私兵団に交じり訓練を積み重ねてきた。それに、騎士団に入団してからももちろん、体力のある男性に負けないようにと、歯を食いしばってきた。肉体だけでなく精神的にも鍛えてきた。
 だから、他人の命をかけられてしまうと、どうしたらいいかがわからない。
 アルベティーナの本能が危険だと囁いているにも関わらず、カップに手を伸ばした。
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