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 ルドルフは手を離すことなく、憂いを孕んだ目で彼女を見つめていた。アルベティーナもルドルフから目を離せない。彼の形の良い唇が、ゆっくりと動く。
「わかった……。お前がそこまで思い詰めているのであれば、俺がお前をもらう。まあ、あいつがお前に惚れているのは事実だからな。あいつからお前を奪うと考えれば、それはそれで面白いのかもしれない」
 くくっとルドルフは笑った。つまり彼は、シーグルードが好きな女性を奪うことに優越感を抱いているのだ。
「お前。三日後は遅番だよな」
「はい」
 ルドルフは団員一人一人のシフトまで覚えているのだろうか。警備隊だけでも何百人もいるのに、その一人一人の勤務状況を覚えているとは、さすがとしか言いようがない。
「夜勤の後、お前の気持ちが変わらなければこの部屋へ来い。セヴェリには俺から急な任務が入ったとか、適当なことを言って誤魔化してやる」
 アルベティーナは軽く頭を振ってから、視線を逸らした。自ら望んでルドルフに頼んだことであるのに、逆に彼から口にされてしまうと、なんて馬鹿げたことを言ってしまったのだろうという思いが込み上げてくる。それでも、シーグルードの婚約者になりたくない、彼と結婚したくないという気持ちは揺るがない。
 そもそもアルベティーナに王太子妃というものが務まるとは思っていない。辺境の領地で生まれ育ったため、窮屈な生活は苦手である。だからコルセットという身体を絞めつけるものが嫌いなのだ。
「わかりました。三日後、仕事が終わり次第、こちらへ参ります」
 そう答えるアルベティーナの唇は少しだけ震えていた。それを彼に気付かれないようにと顔を引き締める。
「お前が怖気づかないことだけを祈ってるよ。何よりも、金を払わなくても極上の女を抱けるんだからな」
 ルドルフの左手が、さわっとアルベティーナの胸元を撫で上げた。
(えっ……)
 突然の出来事に、アルベティーナも目を白黒させる。
(団長ってこういう人だったの?)
「怖気づいたか? 断るなら今のうちだぞ?」
 アルベティーナは力強く首を左右に振る。
「私……、団長が好きなので」
 そこで激しく音を立てて、アルベティーナは立ち上がった。
「逃げません。団長こそ、怖気づいて逃げないでくださいね」
 どすどすと絨毯を力強く踏みしめるように歩くと、バタンと乱暴に扉を閉めてアルベティーナはルドルフの執務室を後にし、騎士の間へと向かう。
 カツンカツンと足音を鳴らしながら、白い廊下を一人で歩く。執務室前の廊下は、天井がアーチ型になっており、一定間隔で並んでいる大きな窓が外から光を取り込んでくれる。これから警備隊の朝議を迎えるこの時間、廊下の隅々にまで太陽の光が入り込んでいた。
 騎士の間に近づくにつれ、アルベティーナは冷静になりつつあった。ルドルフの最後の態度に頭にきてしまっていたが、力を入れて廊下を踏みしめていくたびに、苛々としていた気持ちが穏やかになっていく、と同時に、彼女は気付いてしまった。
(あ、私……。勢いあまって、団長に好きって言った?)
 カツン、と足音が止まる。
(あぁっ)
 思わず叫びたくなるところを我慢して、アルベティーナはその場にしゃがみ込んだ。
(言った。団長に、好きって言った。どうしよう)
 両手で顔を覆いたくなる。
(あぁ……。どうしよう、どうしよう)
「アルベティーナ? どうした? 腹でも痛いの?」
 頭の上から聞き慣れた声が降ってきた。伏せていた顔をあげ、声がした方に視線を向けるとやはりイリダルだった。
「あ、いえ。ブーツの中にゴミが入ったみたいで……」
 ぱっと頭に思い浮かんだ言い訳。
「騎士の間まですぐそこじゃん。ブーツを脱ぐなら、そっちで座って脱いだ方がよくない? 我慢できないの?」
「そ、そうですね」
 すくっと立ち上がったアルベティーナはイリダルの横に並ぶ。そして、気づいた。
「あれ? イリダルさん、虫刺されですか?」
「ん?」
「首のとこ。赤くなってます。痒くないですか?」
「あ、あぁ……。そうだね」
 イリダルは戸惑いながら、指摘された首元を右手で触れていた。
「痒いなら、医務室から痒み止めの薬をもらってきましょうか?」
「あ、いや。大丈夫。そんなに痒くないし、我慢できるから」
「あまり掻かない方がいいですよ。傷になりますから」
「ああ、気を付けるよ」
 二人は騎士の間に向かって歩き出した。
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