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「ティーナ、疲れたかい? 向こうで休もうか」
 アルベティーナはこれから起こるだろう縁談話を勝手に想像して、うんざりとしていただけなのに、心優しい兄がダンスの輪から連れ出してくれた。給仕に声をかけて、飲み物を貰う。
「ティーナ。俺たちはまた仕事に戻らなければならない。いいかい、絶対に父さんや母さんの側を離れてはいけないよ」
 グラスの中身を飲み干したセヴェリは、空になったそれを給仕に返した。アルベティーナは飲みかけだったにも関わらず、セヴェリによってグラスを奪われる。
「向こうに母さんたちがいるからね」
 どうやらセヴェリは、可愛い妹をアンヌッカに預けたかったようだ。こちらに気付いたアンヌッカは小さく手を振っている。アルベティーナはセヴェリと共にアンヌッカの元へと向かった。
「アルベティーナ、立派だったわよ」
 それは、先ほどの謁見の挨拶を言っているのだろうか。それとも、今のダンスのことを言っているのだろうか。
「お母さまとたくさん練習をしましたからね」
「母さん、ティーナを頼みますよ。ティーナをダンスに誘いたがっている男が、その辺にたくさんいますからね」
「ええ。任せておきなさい。どこぞの馬の骨かわからないような男性に、私の可愛いティーナを渡しはしませんよ」
「母さんのそれを聞いて俺も安心しました。では、戻ります」
 セヴェリも他の令嬢から声をかけられるより先に、そそくさとこの大広間を出て行った。
「お兄さまたちも、忙しいのにわざわざ来て下さったのね」
「そうね、あなたの晴れ舞台ですもの」
 アルベティーナがアンヌッカと話をしている間も、幾人かの男性が声をかけたそうに遠くから眺めている視線を感じた。だが、彼らが彼女に声をかけられないのは、その近くにコンラードがいて視線で威嚇していたからだ、との事実にアルベティーナ自身はそれとなく気付いていた。
「アルベティーナ嬢」
 そんなコンラードの威嚇にも負けずと声をかけてきた勇敢な男が一人いた。
「で、殿下……」
 その男はエルッキが護衛するシーグルード・ヴェイセル・グルブランソン王太子殿下――その人であった。金色の絹糸のような髪がシャンデリアの光によって反射している。彼が動くと髪もさらりと動いて、耳の先が見え隠れする。彼の口元が微笑むたびに、ダークグリーンの瞳も優しく輝く。
 そんな彼に気付いて、コンラードがさりげなくアルベティーナに近寄ってきた。だが声をかけるようなことはせず、少し離れたところから見守っているようにも見える。
「アルベティーナ嬢、どうか私と一曲踊っていただけないでしょうか?」
 まさか家族以外の男性からこのようにダンスを申し込まれるとはアルベティーナも思ってもいなかった。しかも相手はこの国の王太子殿下である。
(お父さま、お母さま、助けて――)
 その意味を込めて、アルベティーナがコンラードとアンヌッカの顔を見ると、二人は力強く頷いていた。つまり、踊ってきなさい、と両親は言っている。
 アルベティーナにとってコンラードの命令は絶対である。むしろ、ダンスに誘ってきた相手が相手であるため、ここで断る選択肢は無いだろう。頬を少しだけ火照らせたアルベティーナは、シーグルードの手をとった。
 その瞬間、周囲が「わっ」と盛り上がった様にも感じた。振り返れば、コンラードとアンヌッカ、そして少し離れたところにエルッキが立っていて、じっとこちらを見守っている様子。何か失礼なことをしでかしてしまったら、きっとあの三人がなんとかしてくれるだろうという気持ちが、アルベティーナにわけのわからない自信となった。
 豪勢なシャンデリアが光を反射してきらめく大広間で、アルベティーナは他のデビュタントたちよりも一際目立っていたかもしれない。何しろ、相手があの王太子殿下。兄たちと踊った時よりも、値踏みされているような視線がじっとりとまとわりついてくる。つまり、あの女性は王太子の相手として相応しいのかとの意味が込められている視線だ。少しでも失敗して弱みを見せれば、すぐさまシーグルードに相応しくない女性であると烙印が押されてしまうことだろう。
「緊張していますか?」
 身体が密着した時、シーグルード彼女の耳元で囁いた。その声すらアルベティーナをより緊張へと誘うことなど、この男は知らないのだろう。
「はい……」
「初々しいですね」
 張り詰めるような空気の中、アルベティーナは足がもつれそうになってしまう。それに気付いているのか、シーグルードのエスコートが踊りやすい。
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