上 下
4 / 6

しおりを挟む
 医務官から薬の注意点を確認したラウニは、急いでオリベルの執務室へと戻る。

 形だけのノックをして、すぐさま奥の部屋へと向かった。

 寝台に横たわっているオリベルは、やはり苦しそうに「うんうん」と唸っていた。だけど、ラウニが来ると平気な振りをするのだ。

 先ほどだって、水を飲んだだけで楽になっただなんて、ラウニを心配させないようにと振舞っていた。
 ラウニがそれに気づいたとしても、知らんぷりするのも必要だろう。

「オリベル団長……薬をもらってきました。飲み薬と、あとは塗り薬です」

 今だって苦しそうに唸っていたのに、ラウニが声をかけただけでその表情を少しでも引き締めようとする。

「身体、起こせますか?」

 支えるように手を伸ばすと、ラウニの助けなど不要だとでも言うように身体を起こす。

「君には……みっともないところばかり……見せているな……」
「怪我をして寝ているのは、みっともないところではありませんよ」

 まずは飲み薬を手渡した。黒い小瓶に入っている液体の薬だ。それを見ただけで、顔をしかめるオリベルが、少しかわいらしく見えた。

「この薬か……不味いんだよな……」
「良薬は口に苦しと言うじゃないですか。ほら、くいっといってください。くいっと」

 まるでお酒の一気飲みのようなラウニの言い方に、オリベルも心を決めたのか、一気にくいっと飲み干した。

「……不味い」
「お口直しの果実水です」

 すぐさま、さわやかな果実水の入ったグラスを手渡した。

「ありがとう」

 オリベルは、それも一気に飲んだ。

「はぁ……」
「では、傷口の手当てをしますね。出血は止まっているようですけれども、毒の中和をしなければなりませんから」

 手当をするために、ラウニはオリベルのシャツを脱がしにかかる。

「お、おい……何をするんだ」
「何って……手当をするんですよ? そのためにはシャツを脱がないと。団長、手もふるえているから、釦をはずすのが難しいのかと思ったのですが……」
「な、なるほど。そうか……だったら、お願いする……」

 いったい何を考えたのだろうか。
 そんな気持ちを胸に秘めて、チラリとオリベルを見やる。ほんのりと頬が赤く染められているのは、まだ熱が高いからだろうか。

 先ほど、新しいシャツに着替えさせたばかりだというのに、それもまた、汗でしっとりと濡れていた。

「先に、身体を拭きますね。汗をかいて気持ち悪いですよね」

 てきぱきと動くラウニを、オリベルは黙って視線で追っていた。
 それをどこか誇らしく感じたラウニは、余計に張りきって動き回る。

 オリベルは、ラウニを信頼している。それが感じられるからだ。
 桶にためてある温湯に新しい手巾を浸して、きつく絞る。

「まだ、身体はお辛いですか?」
「いや。あの苦い薬が効いてきた、ような気がする」
「それは、よかったです」

 ほっと安堵のため息をつき、今度は傷口に塗り薬を塗って、綿紗をあてた。そこをぐるぐると包帯を巻くのだが、場所が場所なだけに巻きにくい。どうしても、オリベルに抱きつくような形になってしまう。

 汗ばんだ肌からする雄々しいにおいにすら、ドキリとしてしまう。背中にまで手を伸ばして包帯を巻こうとすれば、その胸板の厚さに心臓が跳ねる。
 緊張のあまり、ゴクリと喉を上下させたがその音が彼に聞かれてしまったのではないか。

 だが、オリベルはされるがままだった。

「はい、オリベル団長。終わりました。こちら、新しいシャツです」
「ありがとう」

 それでもオリベルは着替えにくそうだった。ラウニが手を出すと、オリベルは驚いたように目を見開いた。

「オリベル団長。一人でできないときは、私を頼ってください。私だって、事務官なんですから」
「だが、事務官の仕事に俺の着替えの手伝いは入っていないだろう?」
「そう……かもしれないですけど? ですが、今さらですよね」

 他の事務官も、ラウニがオリベルを起こして、身支度を整えさせ、朝ご飯を食べさせ、仕事をさせているというのを知っている。

 むしろ、あのオリベルを扱いこなせるのはラウニしかいないのでは? と言われているくらいだ。
 ただでさえ、他の事務官たちは近づきたくない第五騎士団。
 そのなかでも、ラウニだけはどの騎士団に対しても平等に接していた。と、周囲からはそう見えるのだ。

 ラウニにとっては第五騎士団が贔屓の騎士団なのだが、他の事務官がまったく第五騎士団を気にとめないため、ラウニが贔屓して平等になるという扱いを受けている。

 とにかく事務官は、騎士らの補佐をするのが仕事。広義に解釈すれば、オリベルの着替えも事務官の仕事ととらえても問題ないのだが、それを大々的に認めてしまうと、第一騎士団に所属する彼らの貞操が危ぶまれる。

「細かいことは気にせずに、お休みください」

 ラウニはもう一度横になるようにと、オリベルを促した。

しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

外では氷の騎士なんて呼ばれてる旦那様に今日も溺愛されてます

刻芦葉
恋愛
王国に仕える近衛騎士ユリウスは一切笑顔を見せないことから氷の騎士と呼ばれていた。ただそんな氷の騎士様だけど私の前だけは優しい笑顔を見せてくれる。今日も私は不器用だけど格好いい旦那様に溺愛されています。

愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。 そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。 相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。 トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。 あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。 ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。 そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが… 追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。 今更ですが、閲覧の際はご注意ください。

王弟殿下の番様は溺れるほどの愛をそそがれ幸せに…

ましろ
恋愛
見つけた!愛しい私の番。ようやく手に入れることができた私の宝玉。これからは私のすべてで愛し、護り、共に生きよう。 王弟であるコンラート公爵が番を見つけた。 それは片田舎の貴族とは名ばかりの貧乏男爵の娘だった。物語のような幸運を得た少女に人々は賞賛に沸き立っていた。 貧しかった少女は番に愛されそして……え?

じゃない方の私が何故かヤンデレ騎士団長に囚われたのですが

カレイ
恋愛
 天使な妹。それに纏わりつく金魚のフンがこの私。  両親も妹にしか関心がなく兄からも無視される毎日だけれど、私は別に自分を慕ってくれる妹がいればそれで良かった。  でもある時、私に嫉妬する兄や婚約者に嵌められて、婚約破棄された上、実家を追い出されてしまう。しかしそのことを聞きつけた騎士団長が何故か私の前に現れた。 「ずっと好きでした、もう我慢しません!あぁ、貴方の匂いだけで私は……」  そうして、何故か最強騎士団長に囚われました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

×一夜の過ち→◎毎晩大正解!

名乃坂
恋愛
一夜の過ちを犯した相手が不幸にもたまたまヤンデレストーカー男だったヒロインのお話です。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

処理中です...