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18.二度目の初夜(1)

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 アーネストと共に暮らしてもずっと寝室を分けていたのは、アーネスト自身の気持ちの問題であった。

 オレリアはそれをなんとなく感じ取ってはいたが、長い間離れて暮らし、あのような形で再会を果たしたのであれば、その気持ちもわからないでもない。
 なんとか互いの気持ちをはっきりと口にしたおかげで、二人を分かつ理由などもう何もない。

 しかし、それまでに二人の仲がなかなか進展しなかったので、オレリアはマルガレットにも手紙で相談はしていた。

 毎年、アーネストが誕生日プレゼントだけは買ってあって、それを十一年分まとめて贈ってもらった、と報告したところ、「我が兄ながら、わけがわからない」と返事がきた。そのプレゼントの内容を目録のようにして書いてみたら「リボンとかアクセサリーはわかる。だけど、ドレスに下着って、欲望がダダ漏れよね? こういうのをむっつりっていうのよ」とまで書いてあった。

 マルガレットから見たアーネストはむっつりらしいが、オレリアから見ればアーネストの不器用な気持ちをぶつけられて、少しだけ心がくすぐったかった。




 ガイロにある邸宅。オレリアに与えられた部屋は、一人で使う分には十分に広い。寝台だって一人で寝るには広すぎるほどであるし、ソファも机も必要なものは置いてある。隣には衣装部屋があるけれど、そこを埋めるだけの衣装は持ち合わせていない。

 白い壁紙には小ぶりの花柄が描かれていて、汎用性のある模様でもある。この部屋は、オレリアのためだけに用意された部屋ではない。空いていて、使い勝手のいい部屋を与えられただけ。
 だからアーネストの部屋と扉一枚でつながっているわけでもない。

 それなのに今夜、彼はここに来ると言う。それが何を意味するのか、わからないほどの子どもの時期はとうに過ぎた。

 控え目に扉が叩かれる。
 邸宅にはオレリアとアーネストの二人しかいないのだから、誰がやってきたのかだなんて名乗らなくてもわかる。

「俺だ。入ってもいいか?」
「は、はい」

 ソファに座って身を固くしていたオレリアは、ひどく緊張して口の中がカラカラだった。
 彼は銀トレイの上にグラスと何か液体の入った瓶をのせている。

「喉が渇いていないか?」
「はい。実は、緊張して喉が渇いておりました」
「まるで借りてきた猫のようだな。いつもは、みゃあみゃあ鳴いてかみつくような勢いなのに」

 アーネストが隣に座ったので、二人分の重みでふかふかのソファがぎしりと沈んだ。ガウン姿のアーネストからは、石けんのよい香りがふわりと漂う。

「わたし、そんなにうるさいですか?」
「いや、子猫のようにかわいいから、かまいたくなる」

 瓶からグラスに何かを注ぎながら、アーネストは答えた。

「果実酒だ。少しは、飲めるんだろ?」
「わたしだって、もう子どもではありません。お酒を飲んでもいい年になりました」
「そうだな」

 くすりと笑うアーネストが余裕じみていて、オレリアは少しだけ唇を尖らせた。

「ほら」

 透明なグラスに注がれた液体は、薄い紅色をしていながらも、向こう側が見えるほど透けている。

 二人でグラスを軽く合わせてから、オレリアは一口だけ飲んだ。
 口の中にふわっと甘い香りが広がり、後から酸味がきいてくる。喉を少しだけ刺激しながら、すとんと胃の中に落ちた。

「どうだ?」
「ちょっとだけ、口の中がピリピリしました」

 お腹の中がじんわりとあたたまってきて、頬も火照り始める。

「なるほど。お酒は飲めるが、強くはないようだな」

 アーネストの指が、朱に染まったオレリアの頬をなでながらも、視線は違うところを追っていた。

「……その服」
「アーネストさまからの贈り物にあったものです」
「そうか……」
「アーネストさまは、こういった服が好みなのですか?」

 襟にも袖にも、フリルがたくさんついた白のナイトドレスは、胸元をリボンで結ぶ形になっていた。

「お前に似合いそうかなと想っただけだ。不満か?」
「いえ……ですが。子どもっぽくないですか?」
「やっぱり、不満なんだな。他のを買ってやるから、今日はそれで我慢しろ」

 アーネストはグラスの残りを一気に飲み干した。

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