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13.あきらめない気持ち(4)

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「十五周年記念式典ですか?」
「そうだ」
「建国を祝う式典だなんて、今まで開かれたことがなかったと思うのですが」

 それはトラゴス国との件があったためである。近隣諸国のトップを招待して、のんきに式典なんて開いている場合ではなかった。そこの警備に兵をまわして、ガイロの街の守りが薄手になれば、ここぞとばかりにトラゴス国は攻め入ってきたにちがいない。

 だからって式典の警備をおろそかにすれば、相手の思うつぼである。
 しかし、それをオレリアに伝えるつもりはなかった。

「そうだな。だから十五周年で盛大にやりたいのだろう」
「アーネストさまも出席されるのですか?」
「だからダスティンがこれを寄越したのだろうな」

 先ほどから何度目のため息かもわからない。肩を上下させてから、その手紙をぱさっとテーブルの上に置くと、オレリアがアーネストの顔を下から見上げてきた。

 ほんわかと甘い香りがして、あまりにもの至近距離にドキリとする。その顔は真剣そのもので、今までの幼さがすべて消えたような表情でもあった。

「アーネストさま。これからは一緒にいてくださいますか?」

 先ほども別れるつもりはないと、意思確認をし合ったばかりだ。となれば、一緒にいることになる。

「あ、あぁ……」

 戸惑いながら答えると、また彼女の表情はゆるんだ。

 しかし、アーネストとしてはまだガイロの街から離れる予定はなかった。それに、ダスティンからの手紙にも、式典には出席しろと書いてあるものの、拠点を移せとは記されていない。
 となれば、オレリアもガイロの街に滞在せねばならないのだが。

「いや、ダスティンに確認する必要がある。俺はまだ、ガイロにいなければならないからな」
「陛下もお義父さまも、アーネストさまのお側にいていいとおっしゃっておりましたよ?」

 その言葉に、引っかかった。いや、さっきから気になっていたのだ。

「お前はまだ、族長を義父と呼んでいるのか?」

 デンスはとっくにオレリアの後見人から外れている。ましてオレリアは娘でもなんでもない。となれば、周囲に合わせて族長と呼ばせるべきではないのだろうか。

「はい。お義父さまが、そう呼ぶようにと」
「族長は、その……俺のことを何か言っていなかったか? お前に離縁を申し出たことで」
「何か、とは?」
「いや、いい。なんでもない」

 族長がオレリアをかわいがっているのは、ダスティンの報告書からも読み取れた。いや、族長だけではない。ダスティンもだ。

 思い返せば、オレリアが幼い花嫁としてトラゴス国から差し出されたときも、ダスティンたちは彼女の味方だった。ただ一人、族長だけがアーネストのことを気にかけていたのだが、その族長がオレリアを気に入ってしまったのだから、アーネストの味方などいるはずがない。

 二人でのんびりとお茶を飲んだあと、アーネストはダスティンに手紙を書いた。

 建国十五周年の記念式典は、四ヶ月後。今から各国への招待状を準備する必要がある。それに、ハバリー国にとっては、初となる大々的な催しものであるため、気合いの入れ方が違う。
 アーネストも式典の一か月前には、首都サランへと戻るつもりであった。それまではガイロの街をもう少し住みやすくしておきたいものだ。

 オレリアもガイロの街にとどまり、今まで住んでいた居住区三区の家から、軍施設敷地内にある居住区へと移ってきた。

 ここはガイロの街に常駐している兵たちの家族が住まう場所。
 アーネストもここに居を構えているのだが、単身というのもあって執務室内に寝泊まりすることが多かった。

 だから、本来のアーネストの邸宅にオレリアを連れてきたときに、彼女は呆然と中を見回した。

「なんですか! ここ。アーネストさま、ここに住んでいらしたのですか?」
「いや、ここは荷物を取りにくるだけで……寝泊まりはほとんど向こうだ」
「片づけます!」

 ただの荷物置き場となっており、足の踏み場もなかった邸宅を、オレリアがせっせと片づけ始めた。

 トラゴス国の王女であれば、このようなことをしないだろう。すっかりとミルコ族の精神が身についたものだと感心して見ていたら「アーネストさま。何をぼんやりなさっているのですか!」と一喝され、アーネストも片づける羽目になったのだ。

 どうやらオレリアはシャトランに似てきたようだ。

 とりあえずその日は、寝る場所を確保したが、十二年の年季の詰まった荷物置き場を片づけるのは、そんなに容易くない。
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