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12.後悔と真実(3)
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「離縁したいって、どういうことですか?」
言葉の節々ににじみ出ているのは怒りだろうか。
「どうもこうも、そこに書いた通り、俺たちは離縁しよう」
「意味がわかりません」
バンともう一度机を手のひらで叩く。崩れた書類の束が、さらにざざっと崩れた。
「お前も二十歳になった。他に好いた男の一人や二人、いるのではないか?」
「アーネストさまは、どうしてそう思われるのです?」
どうしてと問われても、十二年間も放置していたのが理由だ。彼女を巻き込みたくはないがために、何もしなかった。
それに、何よりも、オレリアとアーネストでは二十歳も年の差がある。
「逆に俺が聞きたい。お前はなぜすぐにこれにサインしなかった?」
「そんなの……」
彼女はたたき付けた書面をもう一度手にする。
「アーネストさまのことが好きだからに決まってるじゃないですか。わたし、別れる気なんてありませんからね!」
そう言って彼女は、離縁届をビリビリと真っ二つに引き裂いた。
「……オレリア、落ち着け」
「これが、落ち着けますか? 十二年間もアーネストさまが帰ってくるのを待っていたのに、それがこれですか? 二十歳になって初めて手紙が届いたと思ったら、離縁してくれって」
今度はバンと両手を机の上についた。上半身を乗り出してくる。
「アーネストさまにとっては、わたしは子どもだったかも知れません。ですが、わたしだって成人を迎え、さらに二十歳になったのです。いつまでも子どもではありません」
「ああ。だから、ここは別れるべきだと思った」
「わけがわかりません。どうして、わたしが大人になったら、アーネストさまと別れなければならないのですか!」
「それは……俺がお前にとって相応しい夫ではないからだ」
彼女は苦しそうに顔をしかめた。
「相応しくないって……どういう意味ですか?」
「そもそも、俺とお前では二十歳も年が離れている」
「それが何か問題でも?」
アーネストは、ひくりと片眉をあげた。何か問題かと問われると、何が問題なのか。まぁ、年の差だろう。年の差のものが問題のような気がする。
「二十歳も年の差があるんだぞ? お前はまだ二十歳だが、俺はもう四十だ」
「はい。アーネストさまの年齢は存じ上げております。ついでにいうならば、陛下は三十八ですし、マルガレットさまは三十二です。お義父さまは六十八になりまして、シャトランさまは六十五です。陛下たちの三人のお子様は……」
「もういい……」
アーネストを真っ直ぐに見つめてくるオレリアが眩しかった。
「一番の理由は……そう……俺は、お前を裏切った……」
やはりここまで言わないと彼女は引かないだろう。だけど、リリーは巻き込みたくない。
「俺は、ここに来て一人の女性と関係を持った……」
「それは……どういった……?」
「みなまで言わすな。少なくとも俺は、その女性に興味がある」
この言葉は偽りではない。
オレリアのふっくらとした唇は、わなわなと震え始めた。そうやって怒って、アーネストを見下して、嫌ってくれればいいのだ。
「……わかりました」
ふぅ、と彼女は小さく息を吐いた。それから小さなバッグから何かを取り出して、それを机の上に置いた。
「アーネストさま、忘れ物です」
彼女が机の上に置いたもの――それはアーネストがリリーの家でなくしたと思っていた勲章。
「なっ……」
アーネストはおもわず席を立つ。
「なぜ、お前がこれを持っている……」
「アーネストさま。お気づきになりませんか?」
いや、まさか。そんなことは……。
ぐわんぐわんと頭の中が音を立て、今までの記憶を呼び起こす。
「ごゆっくりどうぞ」
その声色は、アーネストがいつも食堂でリリーからかけてもらったものだ。
すべてがやっと繋がった。
彼女を初めて見たときの既視感。彼女を抱いたときに感じたオレリアの姿。
「り、リリーか?」
「はい。アーネストさま!」
「うぉおおおおおおお」
アーネストは、腹の底から低い声を響かせ、年甲斐もなく吠えた。
言葉の節々ににじみ出ているのは怒りだろうか。
「どうもこうも、そこに書いた通り、俺たちは離縁しよう」
「意味がわかりません」
バンともう一度机を手のひらで叩く。崩れた書類の束が、さらにざざっと崩れた。
「お前も二十歳になった。他に好いた男の一人や二人、いるのではないか?」
「アーネストさまは、どうしてそう思われるのです?」
どうしてと問われても、十二年間も放置していたのが理由だ。彼女を巻き込みたくはないがために、何もしなかった。
それに、何よりも、オレリアとアーネストでは二十歳も年の差がある。
「逆に俺が聞きたい。お前はなぜすぐにこれにサインしなかった?」
「そんなの……」
彼女はたたき付けた書面をもう一度手にする。
「アーネストさまのことが好きだからに決まってるじゃないですか。わたし、別れる気なんてありませんからね!」
そう言って彼女は、離縁届をビリビリと真っ二つに引き裂いた。
「……オレリア、落ち着け」
「これが、落ち着けますか? 十二年間もアーネストさまが帰ってくるのを待っていたのに、それがこれですか? 二十歳になって初めて手紙が届いたと思ったら、離縁してくれって」
今度はバンと両手を机の上についた。上半身を乗り出してくる。
「アーネストさまにとっては、わたしは子どもだったかも知れません。ですが、わたしだって成人を迎え、さらに二十歳になったのです。いつまでも子どもではありません」
「ああ。だから、ここは別れるべきだと思った」
「わけがわかりません。どうして、わたしが大人になったら、アーネストさまと別れなければならないのですか!」
「それは……俺がお前にとって相応しい夫ではないからだ」
彼女は苦しそうに顔をしかめた。
「相応しくないって……どういう意味ですか?」
「そもそも、俺とお前では二十歳も年が離れている」
「それが何か問題でも?」
アーネストは、ひくりと片眉をあげた。何か問題かと問われると、何が問題なのか。まぁ、年の差だろう。年の差のものが問題のような気がする。
「二十歳も年の差があるんだぞ? お前はまだ二十歳だが、俺はもう四十だ」
「はい。アーネストさまの年齢は存じ上げております。ついでにいうならば、陛下は三十八ですし、マルガレットさまは三十二です。お義父さまは六十八になりまして、シャトランさまは六十五です。陛下たちの三人のお子様は……」
「もういい……」
アーネストを真っ直ぐに見つめてくるオレリアが眩しかった。
「一番の理由は……そう……俺は、お前を裏切った……」
やはりここまで言わないと彼女は引かないだろう。だけど、リリーは巻き込みたくない。
「俺は、ここに来て一人の女性と関係を持った……」
「それは……どういった……?」
「みなまで言わすな。少なくとも俺は、その女性に興味がある」
この言葉は偽りではない。
オレリアのふっくらとした唇は、わなわなと震え始めた。そうやって怒って、アーネストを見下して、嫌ってくれればいいのだ。
「……わかりました」
ふぅ、と彼女は小さく息を吐いた。それから小さなバッグから何かを取り出して、それを机の上に置いた。
「アーネストさま、忘れ物です」
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「なっ……」
アーネストはおもわず席を立つ。
「なぜ、お前がこれを持っている……」
「アーネストさま。お気づきになりませんか?」
いや、まさか。そんなことは……。
ぐわんぐわんと頭の中が音を立て、今までの記憶を呼び起こす。
「ごゆっくりどうぞ」
その声色は、アーネストがいつも食堂でリリーからかけてもらったものだ。
すべてがやっと繋がった。
彼女を初めて見たときの既視感。彼女を抱いたときに感じたオレリアの姿。
「り、リリーか?」
「はい。アーネストさま!」
「うぉおおおおおおお」
アーネストは、腹の底から低い声を響かせ、年甲斐もなく吠えた。
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