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12.後悔と真実(1)
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アーネストは深く項垂れていた。
目の前には、例の夜間警備強化に関する資料が山積みになっている。素案を出してきたジョアンは、さらに夜間警備における予算案まで提示してきたのだ。
『閣下、こちらが人件費。それから、設備費ですね。あとは、どの地区にどれだけの人を割り当てるか。その比率を全部で三パターン出してみました。どれを採用しても費用対効果は同等ですので、これは会議にかけて、他のうま味が多いものを採用してもらうのがいいかな~なんて思ってます』
途中まではよかったのに、最後が残念だった。そこだけ減点と強くジョアンに言うと、不満そうに唇を尖らせて資料をどさりと置いて出ていった。
そして彼の資料に目を通し始めたのだが、途中でその手が止まった。
原因は間違いなくリリーにある。食堂で給仕として働くミルコ族の娘。
彼女のほうから迫られ、身体の関係をもってしまった。そこにアーネスト自身の意思がなかったと言えば嘘になる。
オレリアと結婚しガイロにやってきてからというもの、女は抱いていない。それは自身の立場を考えてのうえ。閨の場はどうしても無防備になる。いっときの享楽によって、命を落とすなんてことがあっては馬鹿らしい。
しかしアーネストだって聖人君子ではない。そんなときは、自身でちょいちょいと処理をしていた。
だからこそ、彼女との関係はまずかった。オレリアを裏切った。いや、彼女を裏切ったのは今に始まったことではない。恨まれても仕方ないことを隠している。
(やはり、首都まで行くべきか……直接会って、話をして、きっぱりと別れる……)
ここ数日考えていたのは、どうやってオレリアと別れるかであった。
不貞を働いたのはアーネストであって、オレリアに落ち度はない。
「……はぁ」
自然とため息も多くなる。ここにジョアンがいなくてよかった。ため息をつくたびに「辛気くさい」と冷たい視線を向けてくる。
もう一つ、ため息が多くなった理由がある。
例の食堂でリリーの姿を見なくなった。それはもちろん、あの日を境にして。
それもアーネストを悩ませている原因の一つであった。
(勲章……あの家に落としたのか……)
アーネストの軍服につけられていた勲章の一つがなくなっていた。あってもなくても、今のところさほど影響はない。式典までになんとかすればいいのだが、その式典も近く、予定されているものはない。
ただ、それを彼女の家にあるかどうかも確認したかった。だけど、リリーの姿が見えない。
客と給仕の関係であるのに「リリーはどうした?」だなんて、他の人に聞けるわけがない。あのジョアンでさえ「最近、リリーさん、見かけないんですよね~。どうしたんでしょう?」と言っており、さすがに理由までは知らないようだった。
あの日をきっかけに姿を消したとなれば、その理由に自分がかかわっているのではないかと思えてくる。
「……はぁ……」
何度目かわからないため息をついた。
「閣下! 辛気くさい。やめてください。僕の幸せが逃げるじゃないですか」
「なんだ、いたのか?」
「いたのか、って……ひどい……」
ジョアンは顔の前で手を大げさに振って、そこに漂う何かを散らすような仕草を見せる。
「僕、きちんとノックして部屋に入りましたからね。それに対して、閣下は『入れ』って言いましたからね」
ジョアンにそう言われても、実はアーネストに心当たりはなかった。オレリアとリリーのことを考えて、心ここにあらずだったのかもしれない。
「それで、なんの用だ? お前がおいていった書類は、今、確認している最中だ」
「そうは見えませんけどね。まぁ、いいです」
コホンと、ジョアンはわざとらしく咳払いをした。その様子を、アーネストは不審者を見るかのような冷たい視線を送る。
「閣下……お客様が来ております。お会いになりますか? 事前の約束は取り付けていないとのことです。つまり、アポなしです」
「……客、だと?」
たいてい先触れを出してから訪れるというのに、突然の訪問者とはいったい誰なのか。
目の前には、例の夜間警備強化に関する資料が山積みになっている。素案を出してきたジョアンは、さらに夜間警備における予算案まで提示してきたのだ。
『閣下、こちらが人件費。それから、設備費ですね。あとは、どの地区にどれだけの人を割り当てるか。その比率を全部で三パターン出してみました。どれを採用しても費用対効果は同等ですので、これは会議にかけて、他のうま味が多いものを採用してもらうのがいいかな~なんて思ってます』
途中まではよかったのに、最後が残念だった。そこだけ減点と強くジョアンに言うと、不満そうに唇を尖らせて資料をどさりと置いて出ていった。
そして彼の資料に目を通し始めたのだが、途中でその手が止まった。
原因は間違いなくリリーにある。食堂で給仕として働くミルコ族の娘。
彼女のほうから迫られ、身体の関係をもってしまった。そこにアーネスト自身の意思がなかったと言えば嘘になる。
オレリアと結婚しガイロにやってきてからというもの、女は抱いていない。それは自身の立場を考えてのうえ。閨の場はどうしても無防備になる。いっときの享楽によって、命を落とすなんてことがあっては馬鹿らしい。
しかしアーネストだって聖人君子ではない。そんなときは、自身でちょいちょいと処理をしていた。
だからこそ、彼女との関係はまずかった。オレリアを裏切った。いや、彼女を裏切ったのは今に始まったことではない。恨まれても仕方ないことを隠している。
(やはり、首都まで行くべきか……直接会って、話をして、きっぱりと別れる……)
ここ数日考えていたのは、どうやってオレリアと別れるかであった。
不貞を働いたのはアーネストであって、オレリアに落ち度はない。
「……はぁ」
自然とため息も多くなる。ここにジョアンがいなくてよかった。ため息をつくたびに「辛気くさい」と冷たい視線を向けてくる。
もう一つ、ため息が多くなった理由がある。
例の食堂でリリーの姿を見なくなった。それはもちろん、あの日を境にして。
それもアーネストを悩ませている原因の一つであった。
(勲章……あの家に落としたのか……)
アーネストの軍服につけられていた勲章の一つがなくなっていた。あってもなくても、今のところさほど影響はない。式典までになんとかすればいいのだが、その式典も近く、予定されているものはない。
ただ、それを彼女の家にあるかどうかも確認したかった。だけど、リリーの姿が見えない。
客と給仕の関係であるのに「リリーはどうした?」だなんて、他の人に聞けるわけがない。あのジョアンでさえ「最近、リリーさん、見かけないんですよね~。どうしたんでしょう?」と言っており、さすがに理由までは知らないようだった。
あの日をきっかけに姿を消したとなれば、その理由に自分がかかわっているのではないかと思えてくる。
「……はぁ……」
何度目かわからないため息をついた。
「閣下! 辛気くさい。やめてください。僕の幸せが逃げるじゃないですか」
「なんだ、いたのか?」
「いたのか、って……ひどい……」
ジョアンは顔の前で手を大げさに振って、そこに漂う何かを散らすような仕草を見せる。
「僕、きちんとノックして部屋に入りましたからね。それに対して、閣下は『入れ』って言いましたからね」
ジョアンにそう言われても、実はアーネストに心当たりはなかった。オレリアとリリーのことを考えて、心ここにあらずだったのかもしれない。
「それで、なんの用だ? お前がおいていった書類は、今、確認している最中だ」
「そうは見えませんけどね。まぁ、いいです」
コホンと、ジョアンはわざとらしく咳払いをした。その様子を、アーネストは不審者を見るかのような冷たい視線を送る。
「閣下……お客様が来ております。お会いになりますか? 事前の約束は取り付けていないとのことです。つまり、アポなしです」
「……客、だと?」
たいてい先触れを出してから訪れるというのに、突然の訪問者とはいったい誰なのか。
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