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11.大好きな人(2)

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 アーネストにきつく抱きしめられたまま、家の中に入る。
 あの男たちに触られたときは不快感しかなかった。
 アーネストは違う。

 もっと触れてほしい、もっと熱を感じたい、そして――

「抱いてください」

 それは紛れもなくオレリアの心からの気持ちである。あんな見知らぬ男に奪われるのであれば、アーネストに抱かれたい。

 どちらから口づけを迫ったのか、わからない。オレリアからかもしれないし、彼から求められたかもしれない。

 初めて重ねた彼の唇は、やわらかくてひんやりとしていた。外にいたから、夜風で体温を奪われたのだろう。

 オレリアの身体を弄るアーネストの手つきはやさしく、触れられてもまったく嫌悪感はなかった。どちらかといえば心地よく、もっと触ってほしい。

 長い口づけで息が苦しくなり、呼吸を求めるために軽く唇を開きかけると、その隙を狙って彼の舌が口腔内に侵入してきた。

 突然のできごとに驚き身体を引くが、逃げるなとでも言うかのように、頭の後ろを押さえ込まれた。

 結婚式の誓いの口づけは額に落とされただけ。

 初めて唇と唇を合わせたのに、それはとても深くて熱い。

 苦しくなって顔を背けようとしても、彼の力強い手はオレリアの頭を解放しない。
 もっと深く口づけをするためにアーネストが唇を離した瞬間に息をつくと、鼻から抜けるような甘ったるい声が漏れた。

「……ふぁっ……ん」

 くちゅりくちゅりと唾液の絡まる音が、頭にまで響く。
 恋い焦がれた相手との口づけが、身体が溶け出すほど気持ちのよいものとは知らなかった。腰が抜けそうになる。

「寝室はどこだ」

 熱のこもる声で低く問われ、オレリアは「あっち」と一つの扉を指さした。

「俺には……妻がいる。それを伝えないと、フェアではない気がした……」

 こんなところでも、彼は律儀である。
 その妻はわたしです、と言いたかったけれど、ぐっと堪えた。

「そのうえで、もう一度だけ聞く。本当にいいんだな?」

 潤んだ瞳で見下ろされ、コクリと頷いた。

 本音をいえばオレリアとして抱かれたい。けれども彼は、オレリアと別れたがっている。この場にいる女性がオレリアと知ったら、きっと彼は抱いてくれない。

 アーネストを騙すことに、チクリと胸が痛んだ。
 だけど彼と別れたとしてもこれを思い出として胸に刻んで生きていける。アーネストを好きだった気持ちは誇れるべき想い。

「あとから駄目だと言われても、やめられないからな。後悔、するなよ……」
「しません」

 答えるや否や、抱きかかえられて寝室へと連れていかれる。

 どさりと寝台におろされ、彼は手早く服を脱ぐ。衣擦れの音がする。真っ暗でよく見えないが、見えないほうがいいのかもしれない。少しずつ目が慣れてくる。

 目の前に影が迫った。
 恐ろしくなって手を伸ばせば、硬い人肌に触れた。

「おい」
「ひゃっ……ご、ごめんなさい。つい、珍しくて……」

 これが男性の胸板。暗闇に慣れた目によって、アーネストの胸元をわさわさと触れている自身の手が見えた。

「お前も脱げ。いや、俺が脱がせよう」

 こんな暗闇にもかかわらず、アーネストの手は的確にオレリアのブラウスの釦を、一つ一つ外していく。

「ほら、身体を浮かせ」

 まるで赤ん坊の着替えのよう。言われるがまま、されるがまま。
 手をあげ腰を浮かすと、すべてをするりと脱がされた。下着も脱がされ、くまなく裸体を彼の前に晒している。それでも、灯りのない室内がオレリアを大胆にさせた。

 胸を両腕で隠しつつ、目の前の男をじっと見る。

「初めてなので……やさしくしてください……」

 彼の身体がヒクリと揺れたのが見えた。暗くても、これだけ近くにいればその気配を感じるし、姿形もぼんやりと見える。

「初めてなのか? お前の夫は何をしていた? お前を抱かなかったのか?」
「……はい。結婚とは名ばかりで……」
「ひどい夫だな」

 同情するかのような眼差しで見下ろしながら、アーネストは優しくオレリアの頬をなでる。

「お前は……こんなにきれいなのに……」

 なぜか苦しげに言葉を吐き出す。

「わたし……旦那さまに見捨てられたのです……だから……」

 だから、あんな手紙を送ってきたのだ。

「そうか……だったら、俺も間違いなく妻に捨てられるだろう」

 足の間を割って、そこにアーネストが身体を滑り込ませてきた。

「これからお前を抱くからな……」

 それでもアーネストの目は、オレリアの目の向こう側を見ているように感じる。オレリアを通して、いったい誰を見ているのだろう。

 きっと、アーネストの想い人だ。やはり彼は、ここに来て好きな女性ができたのだ。

「あなたがわたしを通して誰を見ているかわかりませんが。今はその人の代わりでもいい。わたしをその人だと思って抱いてください」
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