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10.気になる女性(1)

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 アーネストは久しぶりに食堂で食事をしたが、懐かしい味がした。

 あれはミルコ族の伝統的な野菜料理である。それをガイロの食堂で味わえるとは予想外だった。
 それだけ、部族間の壁がなくなってきたのだろう。喜ばしいことだ。

「閣下。やっとまともにご飯を食べるようになりましたね。僕が誘った甲斐があったというものですよ」

 相変わらずジョアンは調子がよい。

 だけど、ジョアンに誘われてからというもの、アーネストは食堂へ足を向けるようになった。
 オレリアのことは気になりつつも、返事がこないのだから進展はない。ダスティンに探りをいれてみたが、完全に無視をされている。先に、ダスティンに根回ししておくべきだったと、後悔した。

 しかしダスティンも、オレリアのこと以外は事細かに教えてくれる。首都の様子はもちろんのこと、王子のこととか王女のこととか、ただの子ども自慢になっているともいう。
 それでもオレリアについてだけは、まったく回答がない。彼女からも連絡がない。

 結婚したというのに、手紙も贈り物も届かなかったら、誰だって愛想を尽かすにちがいない。だからすぐに離縁に応じると思っていたのだ。

(これでは、オレリアの次の相手が決まらないのでは?)

 一夫多妻が認められていなければ、一妻多夫も認められていない。オレリアはアーネストと別れない限り、次の相手と結ばれることはないのだ。
 だから今、アーネストがオレリアを縛り付けている形になる。

「おまたせしました」

 女性の軽やかな声で顔をあげると、リリーが食事を運んできたところだった。

「こんな遅くまで、ここで働いているのか?」

 不意にアーネストの口から、そんな言葉が漏れた。
 この食堂は、一日中開いている。早朝でも真夜中でも。それは交代で任務につく兵のためでもある。
 そしてアーネストが遅い夕食のために訪れた時間帯は、子どもはすっかりと寝入っている時間であった。

「まだ、日が替わるまでには二時間ほどありますから」

 目を細くしてにっこりと微笑む姿に、アーネストの気持ちがなぜか高まった。

「だが、外は暗いし人通りもない。いつもこんな時間まで働いているのか?」
「いえ、今日はちょっと頼まれたので。次の担当の方がちょっと遅れるみたいで。その方が来たら帰ります」
「そうか」
「ごゆっくりどうぞ」

 彼女と話をするのは何度目かわからない。
 客と給仕、いつもはそれ以上の会話にはならない。しかし今は、こんな時間に食堂で働いている彼女が気になった。

 夜は男性が多く働いているし、女性であってももっと年配者が多い。やはり、若い女性がこんな夜遅くに一人でというのは、いろいろと不安な点がある。

 ガイロでは、まだこういった防犯の面に注力できていないのも理由の一つだ。やっとトラゴス国とスワン族のごたごたが片づいたところだから。

 ほくほくと白い湯気が立ち上るスープを一口飲むと、身体がじんわりとあたたかくなる。身体だけではなく、心も満たされる。このスープはどこか懐かしい味がする。
 いっとき、食事をするのも億劫になり、何を食べても味がせず、砂を噛んでいるような感じがしたときがあった。

 だけど今は違う。たった一口のスープなのに、具材のうま味が溶け込んでいて、スープ全体の味がしっかりと伝わってくる。

(美味いな……)

 今日のご飯は、やさしい味がする。
 ゆっくりと食事を堪能してから、席を立つ。会計に向かうと、その先にはリリーがいた。

「まだいたのか?」

 けして咎めるつもりはないのだが、つい口調が厳しくなってしまうのは、いつもの癖である。

「これが終わったら帰ります。次の人が来てくれたので」
「そうか」

 アーネストが紙幣を出すと、彼女はおつりを渡してきた。

「ありがとうございます」
「今日も美味しかった。特に、あのスープが」

 普段であれば、アーネストはこのようなことを言葉にしない。だけど、あのスープだけは懐かしくてほっこりしていて、胸がいっぱいになるような味だった。

「本当ですか? あのスープはわたしが作ったんです。よかったです」

 花がほころぶような笑顔を見せられ、アーネストの胸がぐずりと疼いた。

「リリー。あとはもう大丈夫だから。早く帰れよ」

 奥から男性の声が聞こえてきて、彼女は「はーい」と返事をする。

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