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8.夫の葛藤(2)

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 アーネストはそっとその場を立ち去る。

『もう、お帰りになられるのですか?』

 見張りの兵に見つかった。ある意味、彼はきっちりと仕事をこなしていると言えるだろう。

『今日はこちらでお休みになられないのですか? オレリア様にはお会いになりましたか?』
『今日、俺がここに来たことは誰にも言うな』
『閣下?』
『いいな。絶対に、誰にも言うなよ』

 脅すように見張りの兵を睨みつけて、アーネストは賑やかなラフォン城を後にした。
 早馬を酷使しすぎたせいか、アーネストがガイロに戻ってきたときは、馬がヘロヘロになっていた。

『どんな無茶な走り方をしたんですか! それに、こんなに早く帰ってきて。奥様と喧嘩をなされたのですか?』

 副官であるジョアンがまくし立ててきた。彼は頭が切れるだけでなく、小姑のようにうるさい。

『うるさい。俺は疲れたから、もう、寝る』

 喧嘩ができるような状態でもなかった。なにより、アーネストが一方的に見ていただけなのだから。

 自室に戻ろうとするアーネストの背に、ジョアンが『おとなげない』とか『いくじなし』とか『ぽんこつじじい』とか、さんざん暴言を吐いたような気がするが、すべて無視をした。




 ――懐かしい夢をみたような気がする。

 厚手のカーテンの隙間から、細い光が差し込む。
 身体を起こすとズキリとこめかみが痛み、アーネストは顔をしかめた。

 昨夜は飲み過ぎたかも知れない。

 寝台から降り、テーブルの上に用意されていた水差しからグラスに水を注ぐ。半分ほど注いだところで、それを一気に飲み干した。からからに乾いていた身体にじんわりと水分が染み渡る。

 飲み過ぎた原因。それは自分でもわかっている。

 昨夜、ガイロに来てから初めてオレリアに手紙を書いた。

 彼女は毎月手紙をくれ、その手紙はアーネストの机の中に、大事に丁重にしまわれている。確か先日、百四十一通目の手紙が届いたところだ。

 初めての手紙は、アーネストがここに来て二十日後に届いた。族長がオレリアから『お義父さん』と呼ばれたがっているという内容を読み、アーネストのときも同じようなことを族長が言っていたのを思い出した。

 アーネストの父親はアーネストが生まれてすぐに、部族間のいざこざに巻き込まれて亡くなった。母親はアーネストをひとりで育てようとしていたが、族長が責任を感じたのか、引き取りたいと言ってくれた。

 しかし母親とてアーネストは息子、アーネストを手放したいわけでもない。母親はラフォン城で清掃員として働いていたため、そのままアーネストは族長夫婦も我が子のように育ててくれたのだ。

 族長夫妻の間にダスティンも生まれた。成長していくにつれ、アーネストは族長を支えられるような人物になりたいと、より鍛錬に励む。

 母親が再婚したのは、アーネストが六歳のとき。相手は同じようにラフォン城に勤めている兵士で、族長の部下のような男だった。
 そして二人の間に生まれたのがマルガレットで、マルガレットを一目見たダスティンが『この子をボクのお嫁さんにする』と言って周囲を驚かせた。

 生まれたときから決まっていた運命のような二人が結婚をした年に、母親と義父はラフォン城を出ていった。ハバリー国という新しい国ができ、部族間の垣根がなくなったことで、他の土地にも足を運びやすくなったのが理由だ。
 二人でのんびりと余生を楽しみたいというのを聞いて、どれだけ仲が良いのかと羨ましく思ったものだ。だけど、孫には会いにくるつもりらしい。

 そしてアーネストに転機が訪れたのは、それから二年後だろう。
 当時八歳であったオレリアと結婚した。アーネストに幼女趣味があるわけではない。

 国のためにこの結婚を受けた。それに、話を聞いたときには、花嫁は十八歳という情報だったのだ。だから、けして幼女趣味というわけではない。


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